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越後庄太夫

えちごしょうだゆう

シャクシャインの娘婿となり、蜂起の参謀を担ったという和人。
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出身地、年齢、そのほとんどが謎に包まれた人物。鷹待の庄太夫とも呼ばれる。

確かなことはシャクシャインの娘の夫であったこと、シャクシャインに蜂起を促したこと、シブチャリ籠城戦のあとに処刑されたことである。

“越後”は苗字ではなく出身地または屋号と思われる。松前軍総大将の松前泰広が幕府へ提出した『渋舎利蝦夷蜂起ニ付出陣書』に“越後之庄太夫”という記述があることからそのように呼ばれる。

彼の仲間に、最上の助之丞(または助之進)、尾張の市左衛門、庄内の作右衛門が居たといい、シブチャリ籠城戦後に彼らも松前軍に捕らえられ、処刑されている。

出身地と職業

記録によってばらつきがある。
松前泰広の『渋舎利蝦夷蜂起ニ付出陣書』では出身地を越後、職業は鷹待とする一方で、佐藤権左衛門季信に同行したという通詞(通訳)からの聞き取りをした『蝦夷筆談記』では出身地を出羽国仙北、職業は金堀としている。

後世、江戸末期の聞き取りによる記録、松浦武四郎の『蝦夷日誌(上)』では出身地を秋田、職業は秋田藩藩士、藩の再興をもくろむ家臣より蝦夷地に送られ、松前転覆を謀った人物とさえ書かれている。

庄太夫に関しては軍談による伝聞もあることから、当時から離れるにつれさまざまな人物像が描かれたものと思われる。

鷹待と金堀について

鷹待

鷹の販売を主とする職業。
蝦夷地では黄鷹を取り、それを販売していた。松前藩にはアイヌとの交易と同等の収入があったという。主な産地は日本海側、石狩地方。

金堀

砂金掘りを主とする職業。
当時の蝦夷地に金山は太平洋側に多くあり、その金山労働者は三万とも五万とも居たといい、その労働者には本州からの出稼ぎ者、罪人、キリシタンなどがいたという。
シブチャリでも1633年に金山が採掘され、三つの金山があった。
松前藩の砂金による収入は鷹やアイヌとの交易以上であったといい、シブチャリの蜂起後、松前藩が国縫に柵を設け、防御に当たったのは国縫に主要金山があったためという見方もある。


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