道嶋嶋足
0
みちしまのしまたり
道嶋嶋足とは奈良時代の武官。
天平勝宝5年(753年)に丸子姓から牡鹿連に改姓した、天平勝宝9歳の時の橘奈良麻呂の乱では乱の関与者賀茂角足に誘われ酒宴に参加した、後に従七位下、授刀将曹となる、天平宝字8年(764年)の藤原仲麻呂の乱では駅鈴争奪戦において孝謙上皇側として坂上苅田麻呂と共に仲麻呂の三男訓儒麻呂を射殺した、この功によって従四位下に昇格し宿禰に改姓した、天平神護元年(765年)に近衛員外中将となり後に道嶋姓に改姓、神護景雲4年(770年)に中衛中将、後に上総守、播磨守となる、延暦2年(783年)に死去。
関連記事
親記事
兄弟記事
コメント
コメントが未記入です