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偉大なる首領様編集

金日成(キム・イルソン、김일성)

1912年4月15日〜1994年7月8日

朝鮮半島の抗日運動家・革命家で、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の政治家、軍人。


満州において中国共産党に入党。朝鮮の独立を目指して抗日パルチザンを指揮した伝説の将軍として知られ、第二次世界大戦後はソビエト連邦の支持の下、北朝鮮に朝鮮民主主義人民共和国を建国した。だが、解放後民衆の前に姿を現した金日成は弱冠33歳の若者であり、あまりの若さに、ソ連による替え玉という噂が広まった。金日成将軍は韓国併合前から抗日闘争を率いていたという伝説が広まっていたためであるが、実際のところ抗日パルチザンの指導者金日成と、北朝鮮の建国者金日成が同一人物であるという証拠はなく、現在も根強い替え玉説がある。ソ連に全権を委ねられた金日成は、1960年代までに労働党内の対立勢力を粛清して独裁的権力を掌握する。以後、死去するまで同国の最高指導者の地位にあり、1948年から1972年までは首相を、1972年から死去するまで国家主席を務めた。また、同国の支配政党である朝鮮労働党の党首(1949年から1966年は中央委員会委員長、1966年以降は中央委員会総書記)の地位に、結党以来一貫して就いていた。死後、長男の金正日が後継者の座についた。


称号編集

称号は朝鮮民主主義人民共和国大元帥・朝鮮民主主義人民共和国共和国英雄(三回受章しており「三重英雄」と称される)。

北朝鮮においては「偉大なる首領様」などの尊称の下に神格化され、崇拝されている。彼の死後1998年に改定された朝鮮民主主義人民共和国社会主義憲法では「永遠の主席」とされ、主席制度は事実上廃止された。現在、遺体は平壌近郊の錦繍山記念宮殿に安置・保存されている。



『永遠の主席』編集

1912年4月15日、朝鮮の平壌に生まれた金日成は、日本の朝鮮統治が終了し、朝鮮半島北部がソ連軍政下におかれると、統治機構内で権力を持つ。朝鮮半島北部に朝鮮民主主義人民共和国が建国されると同国の最高指導者となった。 最高指導者として、国家に於いては「国家主席」「内閣首相」。軍に於いては「最高司令官」。党に於いては「中央委員会委員長」「総書記」の役職に就いた。個人崇拝を行う全体主義的な統治をおこなった。


その他編集

女優の山口淑子こと「李香蘭」のファンであった。その為、「こんにちは北朝鮮」という番組で彼女がインタビュアーとなった時はインタビューに応じたという。


孫にあたる金正男が隠し子として表沙汰になった時は可愛がっていたとされるが、一方の正男とは異母兄弟である金正哲金正恩兄弟は何故か認めていなかったらしい。


謎に満ちている北朝鮮の国家主席ゆえに死亡説が流れた事もある。


パルチザン活動を行うにあたり、ソ連領内で軍事教育を受けている。このため、ロシア語は母国語レベル、中国語も日常生活レベルのトライリンガルであり、幼少期の金正日へロシア語教育を行っていたとされる。


抗日パルチザン活動の最中に、同じくパルチザンであった金正淑と結婚しており、金正日が生まれた。


別名・表記ゆれ

金日成 キム・イルソン Kim Il-sung きんにっせい


関連タグ編集

金日成 朝鮮労働党 朝鮮民主主義人民共和国

主体思想 国家元首

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