概要
発売は1992年。
同じフィアット系列でシャーシの共用化が図られ、兄弟車にランチア・デドラとフィアット・テムプラがいる。
駆動方式はFFと4WDで、エンジンは2リッターの直4と2.5リッターのV6が用意された。
本場である欧州では販売不振だったが、逆に日本では好調なセールスを記録した。
このため2020年時点でも中古車が比較的多く出回っている。
尚、トランスミッションはMTしか存在しない。
ハンドル位置も左ハンドルのみで、日本向けも例外ではない。
(輸入車のローカライズが進んでいない当時としては当然の仕様であったが)
1998年に販売終了し、後継の156に後を託した。
モータースポーツ
155の存在を今日まで有名にしているのが、ツーリングカーレースへの参戦である。
特に、1993年から参戦したDTM(ドイツツーリングカー選手権)では、420馬力を発生する2.5リッターV6エンジンに、ランチア由来の4WDで武装した155V6TIが参戦。
メルセデス・ベンツ、BMW、オペルといった本場メーカーを一蹴し、22戦中13勝という圧倒的な戦果で同年のメーカータイトルを獲得。
ライバル・観客双方に衝撃を与えた。
翌1994年からはライバル勢も反撃してタイトル争いが激化。
相変わらずの強さを発揮したものの、タイトルはメルセデス・ベンツに奪還されてしまった。
1995年からは、ITC(国際ツーリングカー選手権)も新設され、並行して参戦することになったが、この頃になると度重なるレギュレーション緩和により、もはや市販車とは別物のプロトタイプカー同然の形態となった。
当然ながら開発費の高騰を招き、各チームが付いていけなくなった結果、翌1996年をもってDTM・ITC双方のシリーズ終了という結末を迎えた。
155の登場はメーカー競争を加速させる起爆剤とはなったが、最終的には戦場の消滅という幕引きをももたらしたのである。
尚、「レギュレーション変更により開発費高騰→各チームの脱落によりシリーズ終了」という流れは、かつてグループCでも起こっている。
1990年代のアルファロメオのレース活動の象徴として、今なお155は高い人気を誇っている。
また、1993年のワークスマシンの一台が高知県の自動車博物館に保存されている。