概要
第三次世界大戦の発生以後に起こるとされる戦争。おおむね二つの意見が存在するがどちらも皮肉・警鐘に近いものである。
また創作において重要な意味がある場合がある。
アインシュタイン
石と棍棒から始まる戦争とされる。これはいわゆるアインシュタインの予言と呼ばれるものの、もう一つのもの( いわゆる「日本が世界の盟主となる」という有名なものはドイツ人法学者ローレンツ・フォン・シュタイン氏の発言の伝聞の伝聞という内容であるらしく、最初に記述した人の偽作および後の人の取り違えが濃厚 )である。
どういうことか簡単に説明すると、現代以降第三次世界大戦が勃発した場合、恐らく核戦争あるいは「その先のさらにえげつない兵器を利用した戦争」となるはず( 未来予想は天才でも困難 )である。
その結果の文明崩壊が発生、その次に起こるであろう第四次世界大戦は原始人同士の争い( もしくは北斗の拳のモヒカン的なもの )に逆戻りするであろうという皮肉・警鐘である。
そもそも第三次世界大戦の時点で人類どころか地球が滅亡する可能性もあるため人類が多少なりとも生き残ってる仮定というだけマシなのかもしれない。まあそもそも世界大戦なんてする動物は人間だけなんだが。
第三次世界大戦とは
ただ、第一次世界大戦と第二次世界大戦は単一の戦争であるとみなす説もある。これは第一次世界大戦の結果、ドイツにワイマール体制を押し付けた時点で再燃するのは確実だったからである。
この説に則れば第三次世界大戦とはすなわち第二次太平洋戦争である。前回やったときには国力差1:30でも3年半に渡って粘られ、アメリカも小なりとは言え本土攻撃を受け、その終結には史上唯一の核攻撃を必要とした。そして、今の両者の較差は2倍もない。
大規模な闘争は根本的に違う相手同士より、一見近しいがゆえに相容れない相手との間で起こる。すなわち第三次世界大戦とはアメリカ・リベラリズムとジャパン・リバタリアニズムの最終決戦となることになる。そして第二次世界大戦の時と異なり、世界の富の過半がこの2国に集中しているのが現状である(お互いにやると全世界がメチャクチャになってしまうのが解っているので控えているが、この2国のどちらか片方でも本気で市場操作をすれば他の国は防戦すらできない状態)。
そしてこのことは、古くは卑弥呼からアドルフ・ヒトラー、サダム・フセイン、そして先に上げたシュタイン氏と紀元前から近世に至るまで多くのカリスマ的権力者・学者が予言しているものである。
アメリカは建国以来真の意味での存続と従前の価値観の崩壊の危機にさらされるし、日本もまた先の戦争では緒戦で手心を加えた結果が全面敗北だと思い知っている。とすれば 各々自国以外の全てを滅ぼす覚悟の戦争になるのは確実だろう 。
そして、もし第四次世界大戦があるとすれば日本が勝った場合である。日本はなんのかんの言って自分に懐いてくる相手(現状では台湾やインドなど)には甘いため、完全に自分たちの流儀だけを押し通すことは不可能だからである(郷に入りては郷に従え )。その代わり某半島のように一度裏切れば絶対に許さないのはもう確実である。
アメリカが勝利したのであれば、二度と日本のように牙を剥く存在の存続を許さないのは確実である。
言葉のあやとして
もう一つの意味としては、冷戦を第三次世界大戦とみなす立場からは現代において発生している対テロ戦争と呼ばれる「正規軍対ゲリラあるいはテロ組織という非対称な戦闘行為」を第四次世界大戦と呼ぶことがある( Wikipedia )。
創作など
一方、各種創作においては重要な要素として用いられることがある。特にSF系やロボット系のものに対し相性が良く、一例を挙げればVARIANTAS( この世界ではすでに人類は地球以外の惑星に進出しているが、地球圏で主に発生し西暦2080年に発生し、2186年に終了 )、『重装機兵』シリーズ( 重装機兵ヴァルケンや重装機兵レイノスなど、この世界では2101年に発生し同年に終了 )、マシーネンクリーガー( 西暦3000年以前に発生し汚染をまき散らしたとされる戦争 )など、各種この設定は存在する。
ここで一考しておかねばならないのが、上記の世界ではどんな形であれ第三次世界大戦が勃発し、その後終戦あるいは休戦と呼べる比較的平和な世界が到来していなければ「第四次」世界大戦とは呼べない。
つまりこの「第四次世界大戦」という語彙は、核やABC兵器、その他大量破壊兵器の使用不使用を問わず「どれだけ自分達の撒いた種で苦しもうとも人間は懲りないし学ばない」という実に希望の無いニュアンスが含まれているが、同時に「どれだけ苦しむ事になろうとも人間は悪夢を乗り越えられる」とも解釈できる。
劇中で「第四次世界大戦」という単語がどちらを意味するかは造り手の意図次第だろう。