概要
競走名 | 創設年月日 | 前身競走名 |
---|---|---|
東京優駿(日本ダービー) | 1932年4月24日 | 東京優駿大競走 |
天皇賞(春) | 1937年(前身は1905年) | 帝室御賞典 |
天皇賞(秋) | 1937年(前身は1905年) | 帝室御賞典 |
優駿牝馬(オークス) | 1938年11月23日 | 阪神優駿牝馬 |
菊花賞 | 1938年12月11日 | 京都農林省賞典四歳呼馬 |
桜花賞 | 1939年4月9日 | 中山四歳牝馬特別 |
皐月賞 | 1939年4月29日 | 横浜農林省賞典四歳呼馬 |
有馬記念 | 1956年12月23日 | 中山グランプリ |
の8つの競走を指す。
有馬記念を除く7つの競走はいずれも第二次世界大戦終戦前に始まっており、長い歴史と伝統を持つことから、1984年にグレード制が導入されるまでは最も格の高い競走であった。
なお、3歳(旧4歳)限定の5つの競走は「5大クラシック」と呼ばれる。
これらの他、1960年創設の宝塚記念、1976年創設のエリザベス女王杯、1981年創設のジャパンカップを含めて、一部では(春秋の天皇賞を1つにして)「十大競走」という呼び名もされたが、直後にグレード制が導入されたこともあって浸透しなかった。
1984年にグレード制が導入されてからは、すべてGⅠに格付けされている。
現在では呼ばれることの少なくなった名前だが、馬主や調教師、騎手などの競馬関係者にとってはこれらの競走を勝つことは誉れ高いため、現在でも他のGⅠレースより特別視されている。
八大競走に関する記録
競走馬
牡馬は桜花賞と優駿牝馬には出られない上に、天皇賞は1980年まで勝ち抜け制度が敷かれていたため、最高で5つ獲れる。これを達成したのはシンザンで、「五冠馬」と呼ばれた。
ちなみにシンザンは宝塚記念も勝っているが、「六冠馬」とは呼ばれないことが多い。
1981年から天皇賞が優勝馬でも再出走が可能になったことから6つとなったが、シンボリルドルフは天皇賞(秋)が2着だったため勝てず、ディープインパクトは天皇賞(秋)に出走したことがなかったため、2018年現在でもクラシック三冠と春秋天皇賞と有馬記念の6つを勝った競走馬はいない。
種牡馬
ヒンドスタン(シンザンの父)、パーソロン(シンボリルドルフの父)、サンデーサイレンス(ディープインパクトの父)が種牡馬として八大競走完全制覇を達成している。
また、戦前の名種牡馬トウルヌソルは戦後誕生した有馬記念を除く7つの競走を勝った馬の父になった。
騎手
騎手では保田隆芳と武豊の2人だけが完全制覇を達成している。
惜しくもあと1つ勝てなかったのは5人いて、加賀武見と安藤勝己が皐月賞、柴田政人が優駿牝馬、河内洋が天皇賞秋、岡部幸雄が桜花賞を勝てなかった。
現役騎手では、横山典弘が桜花賞、蛯名正義が東京優駿を勝てば完全制覇となる。
調教師
調教師では、「大尾形」こと尾形藤吉とシンザンを管理した武田文吾が完全制覇を達成している。
馬主
同じ名義ではサンデーレーシングが達成。
金子真人は個人名義とホールディングス名義を合わせて完全制覇を達成している。