ダービースタリオン
だーびーすたりおん
説明
日本の中央競馬を舞台にした(ただし主催団体はJRAではなく製作者にちなむSRA)競走馬育成シミュレーションゲーム。通称『ダビスタ』。製作者は薗部博之。発売元はアスキー→エンターブレイン。
1991年にファミリーコンピュータで第1作『ベスト競馬 ダービースタリオン』が発売。その後シリーズとして様々なハードで発売されている。
SFC版『ダービースタリオン96』までのパッケージはファミ通の表紙でお馴染みの松下進が担当していた(『96』から数えて四半世紀弱後のNintendo Switch版のパッケージも担当している)。
競走馬の育成に重点を置いており、新作が発売されるたびにどのような血統を構築すれば強い馬が作れるかという配合理論から研究が行われていた。そこで生み出された競走馬は調教やレースを重ねて、対戦モード「ブリーダーズカップ」(実在のレースとは無関係。以下BC)で勝敗を競いあった。なおライバルとなる競走馬は実在馬(初期は変名)で、年齢がループするためオリジナル馬はプレイヤー生産の馬のみである。
プレイステーション版ではテーマごとのブリーダーズカップの出走馬やオリジナル繁殖牝馬データなどを付録CDに収録した月刊誌「ダビスタマガジン」(メディアファクトリー刊)が発売されていたこともあった。
なお、製作者の薗部はバランスオブゲームなど競走馬を実際に所有する馬主でもある。
馬名・騎手名
当初から種牡馬については実名、繁殖牝馬については仮名(モデル馬は実在だが、競走馬と異なり名前にほぼ繋がりはない)だったが、騎手とライバルとなる現役競走馬についてはスーパーファミコンの『III』までは仮名が用いられていた(騎手はおたべ→小田部・たき→滝など。競走馬はアグリキャップ・メジロマッコイーン・ミソノブルボンなど当時の野球ゲームのように一部を変更させていた)。
『96』で騎手と競走馬が実名化されたが、それぞれ「騎手名の無許可使用およびランク付け」(96では実際にはランクは表示されていなかった)と「競走馬のパブリシティ権」(『ギャロップレーサー』でも同様の裁判が行われたが、本作と合わせて最高裁で棄却)で問題となったため、騎手名については1997年発売のPS版第1作では騎手名が仮名に戻され、2001年発売のNINTENDO64版で再度実名となった。
実在の競走馬。皐月賞馬ハードバージの弟として種牡馬入り。種付け料無料であったことからゲームでも同様に無料の種牡馬として登場。種牡馬リストの最後に唯一「無料」と表示されていたことから注目を集めた。とある繁殖牝馬との濃いインブリード(近親交配)で爆発力のある馬が産まれることでも知られた。同様の扱いの種牡馬にカリスタグローリやムーンライトパレスがいる。
「今週のクリスタルカップに登録しています」
クリスタルカップとは、かつて存在した3歳(当時の馬齢表記では4歳)のGIII(重賞=通常のオープン戦より格の高い競走)の一つで、現在のファルコンステークスの前身に相当する。短距離馬が春のスプリント戦線の1つに選ぶレースで、史実での主な勝ち馬としてはダイタクヘリオスやサクラバクシンオーが挙げられるが、当ゲームにおいては藤枝調教師(モデルとされているのは藤沢和雄調教師)に調教をお任せした場合、さらに格の高いクラシック競走の第1冠である桜花賞や皐月賞を無視してこのレースに出走させることが多い(しかもお任せ調教が初登場したSFC版はお任せ調教の場合は自分でレースに登録できない上に手動調教への切り替えも不可)ことから、藤枝調教師の無能ぶりを表すキーワードとして、またみんなのトラウマとして定着している。
未勝利馬は格上挑戦できない?
現実の世界では、3歳未勝利戦終了時に未勝利だった馬は、その後の中央競馬平地戦への出走がローカル場の500万下条件戦(現在の1勝クラス)以外は実質不可能であったが、ダービースタリオンではシリーズを通じてそれができない。つまり、3歳未勝利戦終了時に未勝利だった馬は「もう出られるレースがありません」と調教師に言われ、引退せざるを得なくなる。
シリーズ作品(一部)
- ダービースタリオン全国版:FCで発売。2作目。栗東トレーニングセンターが登場し、関東と関西の両方で育成・レースの出走ができるようになった。
- ダービースタリオン(PC98版):当時あったパソコン「PC-9800シリーズ」向けに発売。牝馬が生産できるようになり、繁殖牝馬として世代を重ねることができるようになった。またブリーダーズカップ(本作での呼称は「ステークスレース」)が導入されプレイヤーが育てた馬同士で対戦ができるようになった。
- ダービースタリオンII:SFCで発売。コンシューマー機向けの作品としては初めて牝馬の生産とブリーダーズカップが導入された。配合では「ニックス」が追加された。(ただし後年の解析によるとIIではニックスの効果が働いていない不具合があるのではないかという疑惑がある。また後述のダビマスやNintendo Switch版ではニックスは廃止されている。)
- ダービースタリオンIII:SFCで発売。おまかせ厩舎が初登場。札幌・函館の両競馬場の追加。配合ではインブリードの効果が強化され上述のマチカネイワシミズのブレイクにつながった。
- ダービースタリオン96:SFCで発売。基本システムはIIIと同様だが、レーシングプログラムを1996年版に変更。サテラビュー対応。パスワードで種牡馬が登場したり、繁殖牝馬・産駒をセリ市に出せる。競走馬・騎手の実名化(上述)。配合では「面白い配合」が追加された。
- ダービースタリオン(PS版):PS第1作。調教のおまかせと手動の切り替えが可能になり、おまかせのまま出走レースの選択・取り消しが可能になった。配合では「ニトロ理論」が追加された。
- ダービースタリオン98:SFCで発売。ニンテンドウパワー対応。基本システムはIIIと同様。PS版第1作とBCパスワードの互換性がある。
- ダービースタリオン99:1999年発売のプレイステーション第2作。フルゲートが18頭となった一方で、競馬場は基本的にはプレステ版第1作と共通である(特に小倉競馬場は、発売年である1999年に改修されたが、プレステ版では第1作、第2作共に改修前のものが収録された)。
- ダービースタリオン04:2004年発売のプレイステーション2専用ソフト。この作品では当時、まだ外回りコースが無かった阪神競馬場や、まだ小回りコースだった中京競馬場などが収録されている。
- ダービースタリオンP:2006年発売のPSP専用ソフト。基本的には04の移植版であるため、発売年である2006年に外回りコースが新設された阪神競馬場は外回りコース設置前のままだった。
- ダービースタリオンマスターズ:スマートフォンアプリ。
- ダービースタリオン(Nintendo Switch版):2020年に発売された、現時点における最新作。この作品では、某短波局のアナウンサーによる実況も実装されている。
奇跡のダービー制覇
ドキュメント型バラエティ番組『ゲームセンターCX』に主演する有野課長こと有野晋哉が初代ダビスタに挑戦した際、「ゲーム中に登録されている12のG1レース(1991年当時)完全制覇」に挑戦したものの、たかだか半日程度でクリア出来るような代物であるはずもなく、収録時間の都合によるプロデューサー裁定で「G1最高峰の日本ダービー優勝を目指す」に挑戦の成否を委ねる事にした。
この時点で残っていたお手馬2頭のうち、本命としていたカタヤウマが課長の悪ノリの影響を食って調教中に骨折してしまい出場断念。全ての運命はカンバに託されたのだが、当初からカタヤウマを推していた有野はカンバの騎乗依頼をおがわ(騎手唯一の騎乗ランクE)に出しており、カタヤウマの欠場によって日本ダービー優勝の期待を一身に背負う羽目になったカンバの騎手変更をするか悩み抜いた末、「不遇のベテランジョッキー」「馬が大好き」などキャラクター設定を作り込んでいた『おがわイサム(58) 騎手人生最後の晴れ舞台』とするべく騎乗を打診。
結果は清々しいほどの大惨敗に終わったが、締めのコメントで
「馬主さん…。馬主さん。ワシやっぱり、馬のケツさ叩くの苦手だぁ」(有野)
「伝言ですけど、おがわさんの奥さんから『ありがとうございます』」(菅)
という微笑ましい珠玉のやり取りを披露して幕を下ろした。かに思われた。
後日、番組10周年企画の1つ『ゲームセンターCX 有野の挑戦 in 武道館』で行われた生挑戦「リベンジ5番勝負」唯一のシークレットソフトとして有野の前に出現。
サポートを担当したAD松井(当時)がこの日のためにカンバと同じ血統から練り上げたブドウカンバに騎乗するのは、もちろんおがわイサム。観客席から挑戦の様子をこっそり見ていた薗部の助言に耳を傾け、会場に詰めかけた番組ファンに後押しされつつ注意深く調教を行い、出走登録・下馬評確認・騎乗指示(3枠出走、評価:▲○▲・3番人気、指示:とにかくにげろ=大逃げ)を終えた然る後、スターターを務めた元AP東島の振る赤旗に合わせて誇らしく奏でられるファンファーレを7000人の手拍子が追いかけるという東京競馬場さながらの熱気に包まれた武道館で、一世一代となる運命の火蓋が切って落とされた。
出走してからは指示通りの先行逃げ切りを目指す果敢な走りで先頭馬群に留まり、勢いを落とすことなくあれよあれよと最終コーナーを抜けるも、ここで同じく大逃げを狙って競り合っていたこじまが騎乗するサクマチヨノオー(6枠、2番人気)が猛追、逆転。ブドウカンバの伸びが今一つ無い様子に2着の絶望すら覚えた7000余人の溜息が場を支配せんとしたその時、有野はおろか園部すら予想だにしなかった爆発的な末脚でサクマチヨノオーを一気に抜き返してゴールに駆け込んだ。
「大失態と同じ数だけ奇跡を起こす男」と呼ばれる有野の真骨頂を遺憾無く発揮した瞬間であり、ナレーション役で音声ブースからこの顛末を見届けた菅プロデューサーを絶句させる5番勝負最大の見せ場を作った。
「優しいおがわが、鬼の形相で馬のケツ叩いたんですよ!」(有野)