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ジョン・ディーコン

じょんでぃーこん

イギリスのミュージシャン。バンド「Queen」のベーシストとして知られる。
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概要

1951年8月19日イングランドのレスターシャーはオードビーに生まれる。

幼少期から音楽のみならず、機械類にも親しんでおり、大学も電子系の学校に進学。
Queenのベーシストに選ばれたはもこうした機械類の強さも一因だったとされる。

Queenでの活動

歌が得意ではなかったためにボーカルにあまり参加しなかったことや、ベースというドラムやリードギターと比べてやや地味なポジションであったことから、他のメンバーと比べて若干影の薄さは否めないかもしれない。しかし、彼の存在なくしてQueenは成り立たなかったと言っても過言ではなく、バンド内では非常に重要な存在であった。

楽曲方面では、全米トップを記録した「地獄へ道連れ」、メンバー全員が女装するというPVで話題となった「ブレイク・フリー」など数々のヒット作を生み出しており、作曲に関しては他のメンバーにまったくと言っていいほど引けを取っていない。

ブライアン・メイのためにギターアンプを作成したこともある。ブライアンはこのアンプを長く愛用し、あの独特のサウンドを生み出していったとされる。他にもエフェクターやアンプの製作・改造も行っており、持ち前の機械類への造詣の深さを生かして技術面からもバンドを支え続けた。

また、謙虚で温厚な性格であり、メンバー間の衝突などが原因で解散の危機に陥ったQueenを何度も救ってきた。

あまり表には出てこないが、影からバンドを支え続けた縁の下の力持ち
それがジョン・ディーコンなのである。

フレディの死後。

1991年フレディ・マーキュリーが死去した後は、追悼コンサートと一部の楽曲製作に携わっただけで、Queenのメンバーとしての活動は行っておらず、音楽業界からは事実上引退している(これはブライアン・メイロジャー・テイラーも認めている)。

ジョンはフレディを1人のアーティストとして尊敬しており、「クイーンのヴォーカルはフレディーしかいない」という考えを持っていた。そのため、フレディが死去したことで彼はQueenのメンバーとしての活動にピリオドを打ったと考えられる。他にも、もともと表舞台に出るのが苦手であり、音楽業界の慌ただしさや狂騒に対してストレスを感じていたことも理由として挙げられる。

ただ、ブライアンやロジャーは「今も彼がQueenの一員であることに変わりはない」と話している。
ジョン自身も、現在でもファンを大切にしており、SNSの1つであるMySpaceに一時マイページを設けていたり、時折ファンサイトに書き込みをするなどして、ファンとの交流を図っている。

関連項目

Queen
フレディ・マーキュリー ブライアン・メイ ロジャー・テイラー

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