トルコ風呂
とるこぶろ
トルコで経営されている公衆浴場の形式。トルコ語ではハマム(hamam)。
本来は「トルコ式 浴場」である。
蒸し風呂主体の浴場に、日本で言うところの三助のような世話係がおり(男風呂ではおっさん、女風呂ではおばさん)、背中を流したり垢擦りしたり、色々してくれるというものである。
もとは古代ローマの風呂が発祥と見られており、イスラム帝国の征西に伴ってトルコにも輸入された。礼拝所と並んで隊商宿にはつきものの施設であり、街の中心地にあることが多い。
入り口に番台があること、脱衣所に衣服を預けること、浴場に壁画があること(偶像崇拝禁止の理由から嫌う所もある)、しばしば規則を破って洗濯を始める不届き者がいること等など、日本の銭湯とも共通面がいくつか見られる。
ただし、男湯・女湯は入り口で客を分けるのでなく、施設自体が別個に独立していることが多い。
世話係はアカスリの他、腋毛などの脱毛も重要な仕事であった。中東は衛生上の理由で剃毛が好まれており、千夜一夜物語にも浴場の脱毛剤を描写したシーンがある。ただし脱毛剤と言っても現代のように毛を溶かす薬などなく、粘液に毛をからめて抜き取るという痛いやり方が主流だった模様。
私邸に風呂を備える王侯貴族などは女奴隷に三助させることもあったが、前述の通り一般的には混浴が厳禁であった。
しかし、ペストで入浴文化の廃れた中近世の西欧から見ると奇異に映ったらしく、トルコをよく知らない画家によって、実態とかけ離れた猥褻画が数多く描かれた。ハーレムとの混同もあり、次第に「女が体を洗ってくれる東洋の悪所」という歪んだイメージが広まっていく。トルコとの行き来が容易になった近世以降はこの誤解も次第に解かれていくが、このイメージが思わぬ所に波及をする。
なんと昭和期の日本で風俗産業の一つとしてこの名称が採用され、一時期は娼婦をトルコ嬢と呼ぶほど浸透してしまった。しかし上述のように本来は同性でしか入れないため誤用であること、よりによって「トルコ大使館」を名乗る不埒な風俗店が現れたこと、その風俗店への間違い電話が本物のトルコ大使館にかかったことから国際問題化し、現在はその手のお風呂屋さんはソープランドという名称になっている。しかし年配の方は今でも「トルコ」と呼ぶ傾向にある。
日本の影響かは不明であるが、東アジアの非イスラム教圏でも、つい最近まで性風俗がトルコ風呂と呼ばれていた。こちらも近年に入ってトルコ政府からの抗議を受け、順次呼称を変更している。
ヴィクトリア朝期のイギリスでもトルコ風呂はあったらしく、『シャーロック・ホームズ』では、「ホームズも私(ワトソン)も、トルコ風呂ときたら大好きだ」という描写がある。なお、そのわずか二ヶ月前にホームズが「ワトソンはだるくて贅沢なトルコ風呂などやめてイギリス式の風呂に入ればいい」とぼやいているのだが、見事になかったことに。
前述のように、古代ローマから中世ヨーロッパにかけても同じようなサービスがあった。皮肉にも本家のこちらでは、誤用するまでもなく元から風俗まがいの施設が横行しており、感染症の巣窟であるとして風当たりが強くなっていった。
余談だが漢語でローマは「肉麻(ろーまあ)」のため、ローマ風呂は「肉麻風呂」という妖しい響き。