曖昧さ回避
概要
イラン神話に登場する英雄。
叙事詩『シャー・ナーメ』の登場人物で、イラン最大の英雄とされる。イランの最強の聖戦士であると同時に敬虔なゾロアスター教徒でもある。神話から伝説に時代が移り変わるところでいうと、伝説時代を代表する英雄とされる。彼の物語はヘラクレス、クー・フーリン、ヒルデブラントといった欧州の偉大な英雄達の物語との類似点があることからも海外では注目されている。
王書最大の英雄
ロスタムはイラン最大の叙事詩「王書』(シャー・ナーメ)を含むぺルシア文学の中でも、最も偉大な英雄であり、その栄光と悲劇に彩られた生涯は世界的にも有名である。
その知名度はイランとアフガニスタンだけでは収まらず中央アジア・インド・小アジアにまで伝わっている。彼の物語は七世紀にパー(サーサーン朝)で人気で早い段階に広まった。ロスタムの伝説は、ゾロアスター教の教典「アヴェスター」などの古い文献には登場しない。彼が登場するのはイラン史上最も有名な詩人であるフェルドゥスィーのまとめた「王書」であり、それ以前の伝承については散逸してしまっている。そのため「アヴェスター」とは別系統である東イランの英雄伝承を元にしたものであると考えられている。ロスタムの戦い方に不意打ちや騙し討ちなど反ゾロアスター的な描写が多いのはこのため。それでも、中世には彼の伝承を語り歩く王書語りという人々がいたという。現在でも輝きを留め、世界中に語り継がれている大英雄である。
ロスタムの物語
ロスタムは白髪の英雄ザールの子で、捨て子としてシームルグに育てられた父親と同様に、数奇な運命を経てこの世に誕生した。苦難の末に、敵国カブールの王女ルーダーベと結ばれたザールは、妻との間に子をもうける。しかし、この出産は難産で、放っておけば母子共に危うい状態にまで陥ってしまった。困窮したザールは、育ての親である霊鳥シームルグ(スィームルグ)に助けを求めるべくその羽根を燃やす。このサインを受けザールの元に駆けつけたシームルグは、「もうすぐ糸杉の身の丈と象の強さを持つ息子が生まれる」と彼をなだめ、ルーダーベに強い酒を飲ませ、腹を裂いて赤子を取り出すように告げる。この 帝王切開はうまくいき、ルーダーベが負った傷も、シームルグの羽根でひとなですると元に戻った。苦しみから解放された彼女は、「私は救われ(ロスタム)、悲しみは終わりました」と言い、そこから赤子の名前はロスタムと名づけられることになる。
ロスタムは、生後1日からすでに成人男性ほどの背丈があり、その成長も早かった。ロスタムは幼い頃からザールに軍人として育てられていた、少年時代に、ザールの狂った白象を牡牛の頭をかたどったメイスの一撃で倒したのを皮切りに、幼いながら軍事任務に送られ、それ以降も様々な武功を打ち立てていく。その身体もシームルグの予言通りに巨大であり、常人の8倍もの背丈を有していたという。無論、カや勇気、そして策謀も、イランで彼に並ぶものは無く、英雄としての資格を全て兼ね備えていた。特に武術の腕と投げ縄の腕は並ぶものなどいないほどとされた。しかし、ロスタムはその体躯ゆえの悩みを抱えることになる。並みの馬では彼の巨体を 支えることができず、すぐに潰れてしまうのだ。そこでロスタムは国中を探しまわり、巨大な斑毛の駿馬を捕まえる。この駿馬こそ、ロスタムと終生共に戦った名馬ラクシュであった。神がロスタムのために用意したこの名馬は、ロスタムの巨体を支える大きさを有するだけでなく、象と同じ力を持ち、ラクダの全速力と同じ速度で走ることができたという。また、勇敢さと知性も持ち合わせており、ロスタムを幾度となく危機から救っている。イランの守護者としてペルシャと敵対するトゥラン(トゥーラーン)やいくつもの怪物・悪鬼と戦い打ち倒した。象の如き巨躯を持ちその強さは獅子の如きと表現される。
ラクシュを得てからのロスタムは、獅子奮迅の活躍を見せ、多くの偉業を成し遂げた。ある時など、自分を捕虜にしようとした悪魔アクワーン(アクヴァーン)により海になげ込まれながらも、無事に生還を遂げている。
こうした彼の冒険の中で特に有名なのは、悪魔に因われた主君、カーウース王を救うべく行った「ロスタムの七道程」と呼ばれるものだろう。この冒険の中で、ロスタムは獅子の襲撃や砂漠の渇きに襲われながらも、80尺に及ぶ龍や媚惑的な魔女を討ち果たす。さらに黒鬼と称される英雄ウーラードを倒し、カーウース王の居場所を聞き出したロスタムは、悪魔の司令官アルザンクを打ち倒し、王と配下の勇者たちを救出する。しかし、彼らは 長い牢獄での暮らしにより盲目となっていた。彼らの目を癒すには、アルザンクをも束ねる白鬼と呼ばれる悪魔の脳と心臓の血が必要だという。そこでロスタムは白鬼が眠りにつく日中に奇襲をかけ、これを討ち果たした。
輝かしい栄光を誇るロスタムでも、多くの英雄がそうであったように、悲劇的な運命を辿っていく。その始まりは、ロスタムと敵国トゥーラーンの領土サマンガーンの王女タハミーネに恋することであった。ある時、トゥーラーンとの国境近くに狩りに出たロスタムは、不注意から愛馬ラクシュとはぐれてしまう。嘆き悲しんだ彼は、サマンガーンまでその姿を追い求めて行く。音に聞こえた英雄の到来を聞いたサマンガーンの王は彼を温かく迎え入れ、ラクシュの捜索を約束した。この逗留中、ロスタムは1人の美女の訪問を受ける。王女タハミーネである。彼女の知性溢れる言葉と美貌に惹かれたロスタムは、彼女と夫婦の契りを結ぶと、生まれる子に渡すようにと宝石を散りばめた腕輪を授け本国へと帰還した。
タハミーネから生まれた子供は、その歓喜に満ちた表情から「赤い輝き」を意味するソフラーブと名づけられる。彼は当時の成人年齢である15歳にもならぬうちに無双の勇士に成長するが、ずっと自分の父を知らずにいた。そこで母に出自を尋ねると、自分 の父がロスタムであること、それをトゥーラーン王アフラースィヤーブに知られてはならないことを伝えられる。
ソフラーブは自らの誇らしい血筋を喜んだが、それと同時に父と共にイランとトゥーラーンの王になろうという野心を抱き兵を集め始めた。これを耳にしたアフラースィヤーブは、彼とロスタムを同士討ちにしすることを画策する。策略に乗ってしまったソフラーブは、白城と呼ばれるイランの要所を攻め落とし、女勇士グルド・アーフリードを倒すという活躍を見せ、イランを混乱に陥れた。一方、イラン側はロスタムとカーウース王が仲違いするなど足並みが揃わない。さらにロスタムは 敵の勇士が自分の息子と気づかぬまま戦い、彼の叔父で唯一面識のあったザンデ・ラムズを殺してしまう。怒り狂ったソフラーブはカーウース王の陣地を襲撃し、親子は皮肉な 出会いを果たす。
息子と対峙したロスタムは、彼の無双の活躍を褒め称えた。その姿に心を動かされたソフラーブは彼がロスタムかと尋ねるが、年老いたロスタムはこのような若者に敗れて名誉を失うことを恐れて正体を隠してしまう。かくして、親子は素性を知らぬままに戦いを始めた。若いソフラーブの方が力で優りロスタムを何度となく追いつめるが、三日間の戦いの末、ロスタムはどうにか彼を捻じ伏せるとその腹に短剣を突き立てる。
死に瀬したソフラーブは、自分がロスタムの息子であることを打ち明けた。驚愕したロスタムは証拠はあるのかと尋ねる。それに応えた息子が見せた物は、彼が妻に授けた腕輪に他ならなかった。ロスタムは髪をかき乱し、血涙を流して号泣する。そして、王に彼を生き返らせるために死者を蘇らせる霊薬を求めたが、王はロスタムが息子と共に自分を王の座を奪おうとすることを恐れ、その申し出を断ってしまう。その後、絶望したロスタムはイランを去り、故郷であるザーブリスターンに帰っていった。
ロスタムの祖父の世代から英雄の寿命が非常に長くなっていると言及されており、同様にロスタムの寿命は700年とされる。700年生きたロスタム最後の戦いは無敵の英雄イスファンディヤール王子との戦いである。
ロスタムはこの若き王子と戦って返り討ちにあい、重傷を負って一度撤退するも、彼を倒す手段を手に入れ再び彼の前に立ちはだかる。ロスタムはイスファンディヤール唯一の弱点である目をタマリスクの矢で射ることで倒すことに成功する。しかし、この戦いはロスタムの名誉を傷つけ、それを恥じたロスタムはイスファンディヤールの遺児バフマンを引き取った。
あらゆる戦いを生還したロスタムだが、ザールが美しい女奴隷との間にシャガードという息子をもうけたことから雲行きが怪しくなる。シャガードは美しく成長したが、心はねじ曲がっており、異母兄弟である兄ロスタムが徴税を緩めなかったことに腹を立て、「カブール王に叛意がある」という嘘でロスタムを誘き出し、猛毒の槍でいっぱいの落とし穴にラクシュごと落とした。致命傷を負ったロスタムは最後の力を振り絞りシャガードを弓矢で射ると、シャガードは身を隠していた老木ごと矢で刺し貫かれ絶命する。そして、ロスタムも息を引き取りその長い人生の幕を下ろすことになる。
ロスタムを失ったザーブリスターンは、偉大なる王に成長したバフマンによって滅ぼされ、英雄の血(ナリーマン一族)は絶え果てた。
竜馬ラクシュ
ロスタムの愛馬。巨体で怪力のロスタムでは普通の馬は耐えられないため象と同等の大きさを誇るラクシュが選ばれた経緯を持つ。その力はすさまじく七道程の第一道程「獅子との戦い」はラクシュが獅子と戦う内容である。神の加護により異常に長生き。
バブレバヤーン(パランギーナ)
ロスタムが使用していたコート。火・水・武器に耐性を持つ。
武器
シミター(剣)、メイス、グレイブ(薙刀)、槍、短剣、弓矢、タマリスクの矢(双頭の矢)、投げ縄など。タマリスクの矢以外に銘のある武器はないが、様々な武器や道具を扱う。
家族
ザール:父
ルーダーべ:母
サーム:祖父
ナリーマン(ナリーマーン):曾祖父
カリーマン(カリーマーン):高祖父
シャガード(異母弟)
- 子
ファラーマルズ
バーヌー・グシャスプ:娘
ジャハーンギール
ソフラーブ(ソホラーブ)
- 孫・曾孫
ビージャン(バーヌー・グシャスプの子)
ボルズー(ソフラーブの子)
シャフリヤール(ボルズーの子)
英雄の一族ナリーマン家の出身。父や祖父、子孫達も英雄として名を馳せている。
母はあのザッハークの曾孫であり故にロスタムはザッハークの玄孫でもある。
父方の先祖には英雄ガルシャースプ(クルサースパ)がいるとされる。
主な冒険
- 七道程(ハフト・ハーン)
- 悪鬼アクワーンとの戦い
- ソフラーブとの一騎打ち
- 死者蘇生の霊薬探し
- 王子イスファンディヤールとの戦い
『七道程(ハフト・ハーン)』
ローマ字:Haftkhān
成長したロスタムは、曽祖父ナリーマンの敵討ちのためスィパンド城を攻略し、またたびたび侵略してくるトゥーラーンを幾度となく撃退し、名を挙げる。そんななか、イラン国王カーウースが白鬼と戦争をし、苦境に陥る。この救出のために旅に出たロスタムはその道程で7つの試練に立ち向かうことになる。
自力で7つの試練を突破しているイスファンディヤールと違い、ロスタムの場合はラクシュや牡羊などに助けられたお陰で試練を乗り越えられたところがある。ただ、イスファンディヤールの場合は家来がいたり、前もって試練の内容が分かっているなど常に正面から迎え撃てる状況であったのに対して、ロスタムの場合は連れがラクシュしかおらず、道程のうち2つが寝込みを襲われるなど状況が異なる。
- 第一道程:ラクシュと獅子の戦い
- ロスタムは旅の途中、2日かかる道を1日で進んだこともあり疲労と空腹に襲われ、一度休みたいと思っていた。そして、シマウマで一杯の平原に着くとロスタムは投げ縄でシマウマを捕まえて、それを火で焼いて食べた。そして、牧草地にベッドを作りロスタムは眠った。しかし、ロスタムが眠りについて数刻経つと一匹の獅子がやってきた。ロスタム達を襲おうとした獅子に対し、ラクシュは獅子の頭を蹴り飛ばし、背中に噛み付いて地面に倒し、引きちぎる。
- 第二道程:灼熱の砂漠
- 砂漠でロスタムは死にかけ神に祈る。すると荒れ狂う太陽の中、ロスタムは羊が通り過ぎるのを見て、善きことの前触れとしてそれを歓迎する。立ち上がって剣を手に握り、牡羊を追いかけ、噴水にたどり着き九死に一生を得る。そして、ロスタムは神の加護に心から感謝した。
- 第三道程:ロスタムと龍の戦い
- 真夜中に、巨大な龍が現れる。ラクシュは眠っている主人を尻尾を振り、蹄で地面を叩いて起こすが、ロスタムが起きたときには姿を消しており、また眠りについてしまう。しかし、再び龍が現れたのでこの忠実な馬は眠っている主人を怒らせて起こす。ロスタムが再び起きたときには龍はまた姿を消しておりロスタムはラクシュを怒鳴り、三度目の眠りにつく。そして、龍は咆哮する、ラクシュは地面を蹄で叩き主人を起こす、ロスタムは再びラクシュに怒るが今度は龍を視認することに成功する。ロスタムは帯から剣を抜く、その鋭い剣は、春の雲のように雷鳴を上げ、戦いの火で大地を満たした。龍を相手に剣で戦うロスタムにラクシュも加勢し、肩を噛みライオンのようにその皮を引き裂いた。そして、ロスタムは龍の首をグレイブで切り落とし殺害する。(余談だが、この龍は人の言葉を普通に話せる)
- 第四道程:ロスタムと魔女
- 一人の美女がロスタムのもとにやってきた。意気投合する二人だったが、ロスタムが神の名を口にすると女は顔色を変えた。これを怪しいと感じたロスタムは投げ縄を投げ、女を拘束するとたちまち女は醜い老婆の正体を現したので、ロスタムは剣で魔女の胴を両断した。
- 第五道程:ロスタムがウーラードを捕らえた方法
- 星も月も無い、闇の世界に入り込んだロスタムは、ラクシュに手綱をまかせて進むことで、ようやく陽の当たる世界に出ることに成功する。ここでロスタムはこの地方の領主ウーラードを捕虜にし、以降の道案内をさせることになる。
- 第六道程:ロスタムと悪鬼アルザングとの戦い
- 悪鬼の陣営を発見したロスタムはラクシュに騎乗し、大音声を挙げて悪鬼の指揮者アルザングに突撃する。そしてロスタムはアルザングを捕まえると力任せにアルザングの頭と胴体を引きちぎる。そのまま、ロスタムは指揮者を失った悪鬼の群れを蹴散らし、カーウース王を救出する。
- 第七道程:ロスタムと白鬼の戦い
- なんとか王を救出したロスタムだったが、王は牢の暗闇のために失明していた。これを治すためには、敵の親玉である白鬼の脳と血を飲ませなければならない。ロスタムは日が登るのを待ち、白鬼との対決に臨む。序盤、ロスタムは剣で白鬼の片腕、片足を切断するが、白鬼は衰えることなく攻撃してくるので、やがて素手での格闘になる。さすがのロスタムも死を覚悟するが、白鬼を投げ技で地面に叩きつけ、短剣でとどめを刺す。
余談
ロスタムの話は『まんが日本昔ばなし』でも取り上げられている。