概要
プロ野球には一軍と二軍があり、その中で二軍では好成績を残すが上に上がるとてんで駄目でまた二軍落ち、そして二軍で活躍し……を繰り返す選手の事を「二軍の帝王」と呼ぶ。
もちろん歓迎されるものではなく蔑称の類であるが、中には二軍の帝王から一軍での主軸となった選手もいる。ただ「二軍の帝王」が一軍戦力になった話はあまりなく、やはり蔑称と言えるかもしれない。
悲しき二軍の帝王の一例
俺達……もっとも有名な西武の「二軍の帝王」。当該項目を参照。
大森剛……1989年の読売ジャイアンツドラフト1位。二軍では3度ホームラン王になるも1軍通算29安打。ただし引退後スカウト業で……
金剛弘樹……中日ドラゴンズに在籍。ウエスタンリーグで歴代最多登板(282試合)、3度のセーブ王に輝くも1軍での活躍はなかった……。
王柏融……台湾・CPBLで2016年に最多200安打を放ち、鳴り物入りで日本ハムに入団。2020年は打率.684を記録!……イースタンリーグで。
一軍の帝王となった元二軍の帝王たちの一例
畠山和洋……メイン画像。1年目(2001年)から二軍で活躍するがブレイクしたのは2008年、本格的に存在を示したのは2011年からであり、それまでは「二軍の帝王」だった。
山崎武司……1986年中日に入団。レギュラーと呼べるようになったのは9年目の1995年であり、それまでは8年間で一軍通算本塁打11本だった。
杉本裕太郎……2年目・4年目とも二軍では打撃成績上位ながら1軍ではひとケタ安打だったが、2021年本塁打王となった。
「妖精」
二軍の帝王に類する呼称に「妖精」がある。
これは「二軍でもさしたる成績を残していないのになぜか現役でいる選手」を指す言葉であり、主に捕手(キャッチャー)が多い。著名な例は広島東洋カープに在籍し「由宇の妖精」と呼ばれた鈴衛佑規、白濱裕太。
捕手は常に不足しがち(2023年の阪神タイガースの場合7名。ポジションの数の差を加味しても内野手(15名)や外野手(13名)の半分程度しかいない)であり、試合を成立させるためにも捕手は必要不可欠なのである。