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概要編集

アニメ作品を手がけている。SF作品やサンライズのロボット作品を多く手がける一方で、漫画原作者としての活動もあった。


脚本家になる以前はトミー(現:タカラトミー)の社員であった。トミーで新たなアニメ製作に関わるだろうと見越して入社。そして企画部に入りアニメ会社との接点を持って、うまくアニメ製作の世界へ移行しようと考えていたという。しかじ現実には製作に関わらない営業部となり『絶対無敵ライジンオー』等玩具の販売促進をしていた。3年間勤めていたトミーを退社後、知り合いの紹介で『熱血最強ゴウザウラー』の文芸として作品作りに参加。この作品の総集編で川瀬敏文監督との連名で脚本家デビュー、さらに第46話「拳一はロボット人間!?」で単独デビューとなる[1]。翌年の1994年制作の『機動武闘伝Gガンダム』から本格的に脚本家としての活動を開始する。

勇者シリーズなどさまざまな作品を経て、2002年、『激闘!クラッシュギアTURBO』で五武冬史の降板に基づいて初のシリーズ構成を任されるようになり、さらに同作品で初めて劇場版も担当する。その後も引き続き、『ケロロ軍曹』などサンライズ作品を中心に主にサブライターとして活動する。


エピソード編集

熱血最強ゴウザウラー』の46話で単独デビューしたきっかけは先輩筋にあたる荒木憲一の推挙によるものである。もともとローテーションに就いていた荒木が46話を担当するつもりだったのだが、北嶋といっしょに映画を見に行ったときに北嶋がアピールしたところ、「北嶋君、やりたいの?じゃあ次のぼくのローテーションでやりなよ」と荒木がプロデューサーの高森宏治に進言したのだという[1]。

1997年、『勇者王ガオガイガー』で平野靖士が序盤部分で降板し、代わりに北嶋がローテーションとして携わることになる。さまざまな重要エピソードを多数任され、続編の『勇者王ガオガイガーFINAL』でほぼメインライターに近い役割を果たしている。

『勇者王ガオガイガー』で脚本を書くとき、かなり欲張ってネタを多く詰めながら書くと監督の米たにヨシトモから「詰めすぎ」だと厳しく駄目だしされることがあった。

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