概要
巡洋艦サラマンダーは谷甲州著のSF小説、航空宇宙軍史シリーズに登場する架空の宇宙船である。
第一次外惑星動乱時において外惑星連合軍が保有する唯一の正規巡洋艦であると同時に外惑星連合軍最強の宇宙戦闘艦であった。艦長はシュルツ大佐、所属はガニメデ宇宙軍。
開発経緯
外惑星連合軍にとって巡洋艦の保有は悲願と言えるものであった。仮想敵である航空宇宙軍艦隊の主力を務めるフリゲート艦に対抗するには外惑星連合軍の主力である商船を改装した仮装巡洋艦ではあまりにも力不足だったのだ。
特にエンジンの性能差は深刻で、単純な加速力だけでも仮装巡洋艦はフリゲート艦の半分程度しかなかった。お互いに相手の進路上に爆雷を投げ込み破片との相対速度のエネルギーで敵を破壊する、という一種のドッグファイトの体を成す場合の多いこの世界の宇宙戦ではエンジン性能が艦の戦闘力に直結していた。航空宇宙軍では二線級の戦力であった警備艦ですら加速力だけなら仮装巡洋艦に匹敵していた。
仮装巡洋艦だけでは中立国船籍に偽装して通商破壊作戦を行う事は出来ても航空宇宙軍の絶対的制宙権を脅かす事は出来ない、強力なエンジンを搭載し航空宇宙軍のフリゲート艦と互角に戦える力を持った正規巡洋艦が必要であった。
しかし、開戦の遥か以前から戦闘艦建造に転用可能な技術は強い規制を受けていた。特に戦闘艦用の高性能エンジンは開発も購入も無条件で禁止されており、この事がサラマンダーのみならず外惑星連合軍の戦闘艦開発において最後まで悪影響を与える事になった。
サラマンダーの開発は外惑星連合各国の分担で行われた。カリストが武装とセンサ類及び通信システム、ガニメデが船体、タイタンがエンジンの開発を担当し、そしてエンジンの開発が予想以上に難航した。
航空宇宙軍との緊張が高まりつつある状況でも完成の目処が立たず、各国軍の上層部では想定していた開発スケジュールを大幅に越えるだろうという見解で一致していた。
また、航空宇宙軍側の状況も計画の逆風になった。航空宇宙軍の最新鋭フリゲート艦ゾディアック級の性能が想像を超えて高い事が判明したためである。
従来のフリゲート艦とは一線を画す性能を持つゾディアック級が相手では計画通りに完成してもその時点で時代遅れとなってしまう可能性すらあった。
結局開発は開戦後も続けられたが更なる試練が計画を襲った。開戦より3ヶ月後にエンジンが未完成のままタイタンが降伏したのである。
降伏前に辛うじて試作されたエンジン1基が木星系に持ち込まれていたが、これは文字通り試作品であり量産型、つまり完成品には程遠い原型機であった。しかし、設計資料はあっても開発設備も無しにエンジン開発を続ける事は不可能でありこの未完成のエンジンを使って巡洋艦を建造するより他になかった。
この様な問題が続発したものの最終的にはサラマンダーはゾディアック級に匹敵する戦闘力を持った艦として就役した。(完成したとは言っていない)
2番艦以降は建造される事はなかった。エンジンは元より船殻を作る余裕も失われていた。
戦力化を急ぐあまり未完成のまま作戦行動をしており、本来の乗組員を削って武末中佐ら複数の造船官が乗り込んで頻発する故障や不具合の対処に当たらなければサラマンダーは身動きが出来なくなっていた。
実戦
サラマンダーの最初の作戦行動は輸送船団への攻撃であった。ゾディアック級フリゲート艦タウルスを旗艦とする強力な護衛艦隊が帯同していたが仮装巡洋艦艦隊がこれに攻撃を仕掛け陽動とし、その隙に輸送船団へサラマンダーが攻撃を行った。
これにより輸送船団は壊滅し、航空宇宙軍の早期終戦への期待はあっさりと潰れた。だが、推進剤補給のための無人タンカーが航空宇宙軍の傍受基地のメンテナンス要員による決死の攻撃で予定位置から移動してしまい邂逅に失敗し深刻な推進剤不足に陥ってしまう。
また、護衛艦隊の1隻である特設砲艦レニー・ルークが職人芸とも言うべき手法でサラマンダーの追跡をしており、その通報で太陽系中の航空宇宙軍戦闘艦が包囲を始めつつあった。
致命的なレベルではないもののエンジンも不調を訴えドック入りしないと完全な修理は不可能であった。ガニメデからのサラマンダーに過剰な期待を持った命令内容と、それを実行した場合に発生する外惑星連合にとっての不利益を考えたシュルツ艦長は中立国ジュノーに入港する事に決定、そこで情報収集船から推進剤補給を受けると自分以外の乗組員を下船させ何も無い天頂方向に全推進剤を使用して加速しサラマンダーを自沈処分した。
エンジン
サラマンダーの戦闘力の源泉であり様々なトラブルの大元でもある。
1Gという航空宇宙軍のフリゲート艦と同等以上の加速力をサラマンダーに与えるが前述した様に未完成品であるため性能はともかく使い勝手は非常に悪い。
四つのロケットモーターを束ねて作られているのだが、武末中佐によればこれは開発は簡単だが信頼性に欠けるらしい。作戦中にモーターの一つが推進剤の不完全燃焼を起こして推力が低下していたが、モーターの軸線が固定されているため噴射方向を動かして調整する事も出来ず他のモーターも出力を低下させねばならなかった様だ。
とにかく用兵側の事を考えておらず、タイタンの技術屋は無理をしてでも単一燃焼室のエンジンを開発するべきだったと武末中佐は愚痴っていた。
サラマンダーのエンジンは出港から帰港まで燃焼し続ける事を前提としており、限りなく出力を低下させる事は出来るが消火する事は無い。消火してエンジンが冷え切ってしまうと再点火に長い時間がかかったり最悪再点火出来ない事もある。
そのため作戦中はエンジンの内部に作業員が入っての修理という事が出来ず、中立国へ入港して修理という意見が造船官から出ていた。
小惑星帯各所の中立国には商船に偽装した情報収集船が抑留されており、それらの船から推進剤の補給を受けられる様にサラマンダーのエンジンは仮装巡洋艦と同じく民間船と同じ規格の推進剤を使用している。なお、これは中立国の中立や主権を侵す危険があるため最後の手段に近い。
第二次外惑星動乱
第一次外惑星動乱後、太陽系から離れるサラマンダーの搭載コンピュータからデータを回収しようと航空宇宙軍によるデータサルベージが何度か試みられたが、その度にオペレーターが発狂するため中止された。
その後、外惑星連合によってデータサルベージが行われ、そのデータは第二次外惑星動乱に投入された新型仮装巡洋艦開発に活かされたらしい。