仮装巡洋艦
かそうじゅんようかん
戦時に、大型で搭載力・航洋性等に優れた商船に仮に武装して巡洋艦としたもの。
通常の巡洋艦を補い、仮装巡洋艦は船団護衛や海上封鎖なども行った。が、軽武装、鈍足、無装甲のため、多くの犠牲をだした。
元が商船だけあって、普通の商船を装って通商破壊を行ったものも多い。そのため、武器を船倉に隠したりしたものもある しかし、軍艦や航空機が充実し海上監視を強まると一掃されてしまった。
元は帆走軍艦時代、「安価な戦力をてっとり早く揃える」為に使用されていた。
軍艦に限らず、船と言うのは価格・維持費共に莫大な金額を必要とするため、平時に大艦隊を持つのは効率が悪い(国によっては政治的理由も重なる)。
しかし、建造に時間がかかるのもまた事実であり、戦争が始まりそうor始まった状態に陥っても急に軍艦の数を増やせるわけではない。
そこで既存の商船に武装を施すことで戦力の充実を図った。
これにより、下記のようなメリットがあった。
- 新規建造よりも速く、かつ安価に戦力をそろえられる
- その船の乗員もそのまま起用できる
- 戦争が終われば武装を解いて商船に復帰できるのでいちいち国が維持費を持つ必要がない
また、当時は軍艦と商船の間に構造・材質の決定的な違いがなく、それどころか海賊対策の為に最初から軽度の武装を施している商船もいた(と言うより海軍が海賊をしていた)。
やがて鋼鉄船の時代になり、軍艦の武装・構造が複雑かつ専門化すると、この様な武装商船の立場は大きく揺らいだ。
しかし、まだ航空機や無線技術がない、または未発達な時代においては海上の哨戒・警備・連絡などの雑務も艦艇に頼らざるを得ず、この様な「正規の軍艦を使うには非効率的だが、丸腰では危険な任務」を行う存在が仮装巡洋艦である。
特に19世紀末ごろまでは外海を長期間航行可能な軍艦は巡洋艦・戦艦しかなく、初期の駆逐艦も大して大きくなかったので長期間荒れ狂う外海で活動するのは不可能だった(潜水艦も同様)。
その点、元が商船である仮装巡洋艦であれば外洋航海は問題なく、寧ろ長大な航続距離と充実した居住性、そして大きな搭載能力を有する商船は、通商破壊、船団護衛、長距離哨戒、補給、艦艇母艦、遠隔地への機雷敷設と、戦闘以外の任務を手広くこなせる「万能艦」とも言える存在であった。よって海軍力の大小に問わず、多くの国が戦時に使用した。
下記ゼーアドラー号のように、「仮の武装」でなく、「商船に化ける」意味での仮装巡洋艦も多かったが、これは上記の理由が関わっている。
要は民間船と軍用船の違いが文字通り「軍に使われているか居ないか」ぐらいしかなく、民間船を装うのは国際法的にも問題なかったのである。
というかただの漁船が善意で敵機を監視していた、民間船に軍属や食料が乗っていた、とか言い出したらもはや非軍用なんて区別つけようがなかった。
現代にいたるまで規定された唯一の区別が「所属を示す標識(旗)と正規の軍人が乗っていること」という慣習法があったぐらいなので、襲撃直前に海軍旗を掲げればそれでよかった。
(ちなみに上記区別が国際条約として明記されたのが1960年代の話でそれまでは医療船や捕虜の規定と『慣習法』があったのみ。理由が仮装巡洋艦だけでなく貨物船や輸送船としても伝統的に民間徴用が常態化していたので、何を基準に区別するのかが全く不明確。2度の大戦時にはQシップやゼーアドラーのように敵味方どちらも偽装を常用し、民間船も避難船も容赦なく撃沈してきたので今更何を、という考えでもある。21世紀初頭にようやくマニュアルレベルができたが、それすら海軍関係者から反発されているレベル)
だが、技術が発達し航空機や駆逐艦・潜水艦の大型高性能化が進むと、それまで仮装巡洋艦が担ってきた任務はこれらの兵器で代替が可能になり、その存在意義は大きく失われた。緒戦では各国とも多くの仮設巡洋艦を投入したものの、多くが戦没し、生き残ったものは輸送艦に転用されていった。
また、その頃には商船・軍艦ともにそれぞれの分野に特化した構造や鋼材になりそれぞれの仕事を代行するのは不可能かそれに近い状態になった(鼠輸送や北号作戦は軍艦が商船の役割を代行した例だが、輸送効率はかなり悪い)。
第二次大戦期ごろまではこの様な例があったが、いずれも結果として状況がひっ迫した時の一時的措置としかならず、すでに時代に即していなかったことが窺える。
現在でも何らかの武装を持つ商船はいるが、あくまで自衛目的程度の軽装であり、内容も放水銃などの非殺傷兵器が主である。無論、これらは仮装巡洋艦には含まれない。
日本
日本の場合、公式分類は『特設巡洋艦』となる。
多くの特設艦艇を使用した日本海軍において、特設巡洋艦は主に長距離哨戒任務に充てられていた。
- 西京丸:日本郵船の貨客船。日清戦争において徴用をうけ、巡洋艦代用として連合艦隊付属となり、戦況視察として軍令部長を乗せて黄海海戦に参加した。非装甲の本艦は戦闘を避け、主戦場から距離をとって戦況視察を行うはずであったが、乱戦の中、低速の本艦は敵中孤立する形となり、北洋艦隊からの攻撃が集中した。定遠あるいは鎮遠の30.5センチ砲をうけ操舵不能に陥るも、最終的に12発の命中弾をうけながら生還した。
- 信濃丸:日本郵船の貨客船であるが、最も有名なのは日露戦争における日本海海戦での活躍だろう。しかも敵艦隊のど真ん中から無傷で生還と言う雪風もびっくりな幸運の持ち主である。太平洋戦争にも輸送船として従軍し、かの有名な漫画家水木しげるを運んでいる。因みに彼女はこの戦争でも生き残り、戦後復員作業に従事。1951年に解体され、50年余りの波乱の生涯を閉じた。
- 報国丸級:大阪商船が南アフリカ航路に投入するために建造した貨客船。他に類を見ない「設計段階から特設巡洋艦となることを前提とした商船」である。報国丸、愛国丸、護国丸の三隻が計画された。優秀船舶建造助成施設の適用を受けて建造資金を助成される代わりに、有事の際には直ちに徴用され、設計も特設巡洋艦への改装を前提としたものとなった。これは海軍がドイツにならって仮装巡洋艦を用いた通商破壊を行うため、強力な専用艦を用意しようとしたためであり、三隻は日本海軍史上類を見ない強力な特設巡洋艦として就役した。報国丸のみ、一時商船として就航したものの、愛国丸は竣工翌日に徴用、護国丸に至っては建造中に改装が決定し、商船として完成することすらなかった。そして仮設巡洋艦としても戦果は振るわず、撃沈トン数は三隻合わせても僅かに3万1400トンであった(撃沈とは別にタンカーや商船を拿捕する戦果も挙げている)。日本が満を持して投入した強力な特設巡洋艦隊は、時代や戦場が違うとはいえ結果的に下記のゼーアドラー一隻を僅かに超える程度の戦果しか挙げることはできなかった。報国丸級は輸送任務も行っており、戦争後期には兵装なども取り外し輸送船として運用されていた。
ドイツ
ドイツの仮装巡洋艦は全艦が通商破壊を目的としており、貨物船だと油断した敵国商船に接近して拿捕、撃沈することで大きな戦果を挙げた。
- ゼーアドラー:第一次大戦で活躍したドイツの仮装巡洋艦。見た目は古めかしい帆船だが、ディーゼル・エンジンを積んでいる。フェリクス・フォン・ルックナー伯爵指揮の下、わずか半年余りの間に15隻の連合軍艦船を拿捕・撃沈し「海の悪魔」と恐れられた。太平洋で活動中に停泊したモペリア環礁で津波を受け座礁。ルックナー伯爵は脱出用の船を奪いに訪れたワカヤ島で逮捕された。船員たちは救助に来たリュティス号を拿捕して南アメリカへ向かったがイースター島近海で難破して島民に救助され、終戦までチリに潜伏した。モペリア環礁に下ろされたリュティス号のスミス船長らは救援を呼ぶためトゥトゥイラ島(サモア)に行き、船員らは日本海軍の防護巡洋艦「筑摩」に救助された。ルックナー伯爵は騎士道精神の体現者であり、敵船の乗員を無意味に殺害せず、ゼーアドラーが活動中の死者は僅か1名であった。捕虜とした後も武器庫などを除き船内で自由に行動させていた。
- ヴォルフ:第一次世界大戦で活躍したドイツの仮装巡洋艦。1916年11月、本国から単艦太平洋までを往復する通商破壊作戦を行った。16ヶ月におよぶ航海の中、少なくとも29隻19万トンを撃沈する大戦果を挙げた。その中には日本郵船の常陸丸も含まれており、常陸丸の乗員乗客の中からは拿捕の際の戦闘で16名、拿捕後に自決した船長と合わせて17名の死者を出した。
- アトランティス:第二次世界大戦で活躍したドイツの仮装巡洋艦。ベルンハルト・ロッゲ大佐を艦長として1940年3月11日にキールを出撃してから1941年11月22日に英重巡洋艦デヴォンジャーに撃沈されるまで大西洋とインド洋を股にかけて活躍し、22隻(145968t)の商船を撃沈・捕獲し、一回の出撃の戦果では第二次世界大戦でのドイツ仮装巡洋艦中、最大の戦果を挙げた。
- ピングウィン:エルンスト=フェリックス・クリューダー大佐を艦長として南極海・南大西洋で活躍し、特に捕鯨船団に対して戦果を挙げた。1941年5月8日、英重巡洋艦コーンウォールにより撃沈された。戦果は33隻を撃沈・拿捕(136000t)で、排水量ではアトランティスに及ばなかったが隻数ではそれを上回る戦果を挙げた。
- トール:二度の出撃で22隻を撃沈・拿捕(152000t)と総計では第二次世界大戦でのドイツ仮装巡洋艦の戦果ではトップを誇り、その他には英仮装巡洋艦一隻を撃沈、二隻を撃破した仮装巡洋艦キラーとしての活躍でも有名。1942年11月30日に寄港していた横浜港にてウッカーマルク号の爆発事故に巻き込まれ沈没した。艦長は最初の出撃時はオットー・ケーラー大佐、二回目はギュンター・ガンプリック大佐。
- コルモラン:通商破壊に従事中の1941年11月29日、豪軽巡洋艦シドニーの臨検を受け、それと刺し違えた海戦で有名。艦長はテオドール・デトマース中佐。
イギリス
- ラワルピンディ:1939年11月23日、フェロー諸島北方を哨戒中に、大西洋で通商破壊中のドイツ装甲艦アドミラル・グラーフ・シュペー支援の為の牽制として出撃していたドイツ巡洋戦艦シャルンホルスト、グナイゼナウと交戦し、圧倒的な敵に対し勇戦するも撃沈された。
- ジャービス・ベイ:HX84船団を護衛中の1940年11月5日、ドイツ装甲艦アドミラル・シェーアの襲撃を受ける。戦力差は隔絶していたがジャービス・ベイは果敢に迎撃し、力戦の後に撃沈された。だが、ジャービス・ベイが時間を稼いだお陰で船団は散開できたうえに日も暮れた為、シェーアの船団への戦果は五隻に留まった。
- 商船改造空母:既存の商船、或いはその設計を流用して建造された空母。広義では水上機母艦などもこれに含まれる。仮装巡洋艦の発展ともいえる艦種で、主な使用も商船護衛などであるが、中には日本の飛鷹型の様に主戦力の一角に据えられた場合もある。
- 防空基幹船:日本陸軍によって運用された戦時輸送船。陸軍部隊の輸送のために徴用された商船には、陸軍船舶砲兵部隊によって必要な武装が施されていたが、初期には大量に徴用された輸送船に対して人員も装備も不足しており、全船舶に武装を施すことは難しかった。よって船団のうち、特に大型で高性能の船舶を選び、これに対空砲を満載、特設の防空艦として船団の防空を行わせた。
- CAMシップ:こちらも航空機を搭載してるが、積んでいるのは戦闘機1機のみであり、飛行甲板もない。爆撃機による通商破壊に対抗したものだが、これだけでも分かる通り、発進後は近くの基地に着陸するか、不時着するしかない。ただ、意外と戦果がある。因みに、紳士の乗り物である。
- MACシップ:CAMシップでは対潜警戒ができないので新しく考案された特殊艦船。見た目はまともな空母だが、物資輸送能力も残している点で空母とは異なる。船籍や乗員も民間のままで、軍人は航空要員のみ。護衛空母が大量導入されたのに伴い順次元の商船に戻された。
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