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熊徹

くまてつ

映画『バケモノの子』の登場人物。九太の育ての親。
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「おめぇ…俺と一緒に来るか?」
「俺は…半端者の馬鹿野郎だが、それでもあいつの役に立ってやるんだ!あいつの胸ん中の足りねえものを俺が埋めてやるんだ!それが…それが半端者の俺にできるたった一つのことなんだよ!!」

概要

CV:役所広司

細田守のアニメーション映画「バケモノの子」の主人公の一人。
人間とは相対する「バケモノ」という存在で、その名の如く熊の趣がある容姿をしており、在住している「渋天街」で屈指の武芸の達人。

「渋天街」の長・「宗師」の次期候補者の一人だが、武芸の強さは勿論、高潔な品格と素行などといった徳の高さが求められている宗師に対して、粗暴で傲岸不遜且つ手前勝手な態度が多いことから同じ次期候補者である猪王山と比べるまでもなく住民達からの支持を全く得ておらず、おまけに弟子を取ってもすぐに逃げられてしまう日々が続いていた。

そんなある日、友人の一人である猿のバケモノの多々良と人間の街・渋谷を散策した際、一人の人間の子供との出逢いが彼の人生に大きな起点となる。

街の中央広場からは少し離れた丘の上に「熊徹庵」という1LDK程度の広さのやや古びた小屋に住んでいる。武芸の師匠として成功する以前は、薪割りや塗装、茶摘みなど様々なバイトを掛け持ちしていた。

茶摘み熊


劇中ではその場面は描かれなかったが、pixivではその様子を想像したイラストがいくつか投稿されている。

上記の様に粗暴で傲岸不遜、且つ身勝手な性格だが、他のバケモノと違いバケモノとは対を成し且つ劣った存在と見なされている人間を一切蔑視していないという一面を持つ。物欲も然程なく、再三記述する様に渋天街の宗師の次期候補の一人だが、実際は宗師という立場には一切執着はなく、実のところただ単に猪王山との争いに勝ちたいという矮小なものである。また中盤で多数の弟子を抱え彼らから支払われる月謝でかなりの収入を得る様になってからも、豪邸へ引っ越したり自宅を改築するというようなことはせず、生涯熊徹庵で暮らし続けた。

対人関係としては、基本的にその性格と態度ゆえ渋天街の住民からは嫌われ者だが、多々良や百秋坊など幼い頃からの付き合いを持つ友人も少なからずおり、現宗師である卯月からは幼少期の頃から何かと気にかけられていた。また猪王山とは宗師の座を争うライバル同士ではあるものの、関係そのものは良好であり、物語終盤でとある共通点を抱えていたことが判明する。

来歴

幼き頃から親のいない天涯孤独の身であり、宗師以外は誰からも相手にされておらず、時には「言うことを聞かない面倒な奴」と周囲から嫌がらせを受けたこともあった。やがて渋天街屈指の武芸の達者となるも、その腕を誰にも師事せずに独学で極めたため、武芸のノウハウや自身がその能力を身に付けた経緯は知らないままであった。

そんなある日、現宗師がその座を辞し神への転生を宣言しその次期候補に立候補するも、その粗暴といい加減な性格と態度から住民達からは全く支持されていなかった。

しかしある日の夜、多々良と共に人間の街・渋谷を散策した際、高架下で一人のみすぼらしい人間の子供を目にすると彼に弟子入りを持ち掛ける。

結局はその場を後にするも、渋天街へ帰った際に広場で自分たちを追ってきたその子供と再会し、彼を自宅に招き入れたのち名前を尋ねるも個人情報の保護を理由に明かさなかったことから、年齢に因んでその少年を「九太」と名付ける(本名は「」)。

翌日の朝、九太を朝食に誘うも彼が嫌いな生卵を食べるよう強要したことから言い争いとなり、追いかけっこになったのち九太がその場から逃走。それを追う形で広場に寄ると猪王山に遭遇し、彼と人間の九太を弟子に取るか否かで対決になる。開始早々果敢に攻め入ったものの、相手を見くびっていたことから反撃を許しその後も次々と攻撃を食らってしまう。

それでも退くことはなく攻撃を止めることはなかったが、結局敗北を喫する。しかしその直後、宗師がその場に現れ九太を弟子に迎え入れることを許可し、帰宅後には九太から「もしあんたといて強くなれるなら、俺あんたの弟子になってやってもいいぜ」と言われた後、懸命に卵かけご飯を食べる様子を見て感銘し、本格的に彼を自らの弟子として育てることを決意する。

しかしそれまで師事や指導の経験がなかったことから、技の説明は非常に大雑把かつ漠然であり、稽古初日は思い通りにならない苛立ちから九太に「勘が悪い」と言い捨て踏ん反り返りそのまま指導を放り投げて帰ってしまう。さらにその後、九太から自身と猪王山との品格に対する雲泥の差を聞かされ落胆してしまう。

だが九太が渋天街以外の各地の宗師を訪ねる旅によって強さの意味を見出したのに加え、日常的に熊徹の動作を観察し真似し続けたことによって足さばき程度なら自身を遇らうことができる程度の身のこなしが身に付いたのを機に本格的な修行が始まることになる。その結果、二人で協力し合いながら武芸の腕を磨いていき共に精神的な成長を遂げることになる。

そしていつしか二人の存在は渋天街で評判になり、熊徹はついに渋天街の住民達から次期宗師候補者と認められそれまでの偏見は消え失せ、彼の元に多数の弟子入り希望者が押し寄せるようになった。

8年が経ち、次期宗師候補者として順風満帆な日々を送り九太とも些細なことでいがみ合ってはいたものの師弟として、果ては親子として良好な関係と絆を築いていた。

しかし九太は青年に成長し自尊心と好奇心が身に付いた影響から次第に自らの管理下を離れて自主稽古などの自主行動をするようになり、心配性から未だに彼を一人前と認められないことからそれに苛立ちを募らせていた。

そんなある日、九太の寝床から人間界の数学の教科書を発見したことで彼が人間界に関心を抱いていることを知り、その日の夜に帰宅した九太をそれに関して問い詰めた結果、自分を一人前と認めないと悟った彼と不和が生じてしまい、一方的に別れを告げられ不本意のまま九太と決別してしまう。

そして傷心のまま次期宗師を正式に決定するための闘技試合を迎えることになってしまい、動揺と自暴自棄から試合開始早々から自分のスタミナを省みない無理な攻撃を猪王山に敢行。当初は善戦するも、隙を突かれ反撃に転じられ猪王山の猛攻を立て続けに受けた挙句ついに戦意喪失しその場に倒れ込んでしまう。

軍配が猪王山に上がろうとしたその時、突如会場に迷いを振り切った九太が現れ、彼から喝破される形で背中を押されると果敢に立ち上がり再び猪王山に攻め入る。そして九太に指示を受けながら猪王山と激しい熱戦を繰り広げ、ついに隙を突いてカウンターの右ストレートを渾身の力で彼の顔面に叩き込む。そのまま猪王山はダウンし10カウントを過ぎてなおも立ち上がらなかったことから勝負は熊徹の勝利に終わり、次期宗師に熊徹が就任することが決定したのであった

試合終了後、すぐさま九太の元に歩み寄り、いつものように憎まれ口を叩き合いながらも彼とハイタッチを交わす。

しかしその時、試合の結果を不服に思った猪王山の長男・一郎彦によって鞘の抜かれた猪王山の剣を背後から突き刺され、一命は取り留めたものの瀕死の深傷を負い昏倒しまう。

その後、宗師庵で介抱を受けた後目を覚ますと、多々良と百秋坊の口から一郎彦が九太と同じく人間であること、そして九太が強大な”闇”の力を用いて暴走した一郎彦を止めるために彼と闘っていることを聞かされると、すぐさま自らの状態を省みず宗師の元へ直行し、自分が現宗師であることを利用して九太を救うために自らを神に転生させるよう彼に頼み込む。

そして燃え滾る大太刀の姿をした付喪神に転生すると、人間界で一郎彦と闘う九太の前に現れ彼と一体化する。九太はそれに涙するも、彼の胸の中からそれを喝破し九太を元気付け、彼と共に剣を構えて一郎彦に斬りかかるタイミングを待つ。そしてタイミングを見極めると、果敢に一郎彦に攻め入り彼の胸にある”闇”を切り裂く。そのまま”闇”は消滅し、一郎彦は気を失ってその場に倒れ込んだ。

翌日の早朝、一郎彦との決着の舞台となった代々木体育館の一角で九太と何気なく語り合った後、自分のやることを胸の中から見守るよう九太に伝えられると、「おう、見せてもらおうじゃねえか」と笑いながら答えるのであった。

その後九太は渋天街の住民達から「バケモノ界を救った英雄」として盛大に祝われたのち、街を去って人間界で実父と共に暮らし始めた。そして宣言通り、人間界で暮らす九太をいつまでも彼の胸の中から見守り続けるのであった。

備考

  • 物語序盤で多々良が百秋坊に「仮にあいつ(熊徹)が転生してもせいぜい付喪神がいいところさ」と語っていたが、これは後に熊徹が付喪神に転生することを示す伏線となっている。


  • 実は物語が最終局面に差し掛かる次期宗師を決める闘技試合のシーンは多くの観客から疑問を持たれている。熊徹が次期宗師に就任することが決定する重要なシーンであるが、実はこの試合のカウント係を勤めた審判長は熊徹がダウンした後九太が試合に乱入した際に、どういうわけかそのままそのカウントを8で数えた段階で止め熊徹が立ち上がったのを機に何事もなかったかのように試合を再開させ、猪王山が倒れた際にはきちんとカウントを10まで数えて熊徹の勝利と判定している。どう考えても訝しいこの上なく、その後一郎彦が凶行に及んでしまうのもより頷けてしまう(まあ仮に正当な手段で勝ったとしても同じ展開にはなっただろうが)。この不審点に関しては、映画版の疑問がある程度補完された小説版ですらなんの説明もない。しかし試合のルールの一つに「十拍の間失神したものは負け」というのが設けられている。この時の熊徹のダウンは失神ではなく戦意喪失によるものであり、それを見るとこの熊徹のダウンはルールには当てはまらないと言える(それでもレフェリーは普通にカウントしているが、九太が来た際に熊徹が失神していないことに気付いたのであればある程度は納得がいく。そもそも戦意を取り戻して復活した際には、九太の後押しもあったとはいえそれまで以上に機敏に動けていた)。逆に猪王山のダウンは完全に失神によるものである。そのため多少の違和感は感じられるものの、熊徹の勝利はどの道正当なものであると言える。

関連イラスト

熊徹
熊徹


バケモノの子
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