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蔦屋重三郎

つたやじゅうざぶろう

蔦屋重三郎(1750~1797)は、18世紀後半に活動した、江戸の出版業者。
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概要編集

近世江戸出版業者。新吉原の住人の子として誕生。

本名・喜多川柯理(からまる)。通称・蔦重・蔦十。

江戸新吉原に本屋耕書堂を開業。日本で作家原稿料を支払うことを最初に行った出版元。黄表紙洒落本錦絵などを版元として刊行した。寛政の改革において、山東京伝の作品を出版していたことが原因で財産の半分没収等の処分を受けた。これは大衆への見せしめの意図で行われたが、これが大きな痛手となり、店は急速に衰退し、自身も大病(脚気とされる)で亡くなる最期を遂げた。子を成さなかったため、店自体はその後も細々と続いたようだが、幕末の四代目の頃に廃業したという記録が残っているが、その後を継いだ五代目が明治初期まで小売専門の本屋を続けたが、五代目の後継者が出ずに廃業したとも言われる。


人物像・エピソード編集

作家や浮世絵師を積極的に保護しており、例えば東洲斎写楽の浮世絵は、この版元から出版されている。また自身は狂歌師として蔦唐丸(つたのからまる)の名で活動しており、大田南畝ら江戸の狂歌師と親交があった。


自宅に一時期、喜多川歌麿十返舎一九曲亭馬琴が寄宿していた。


関連タグ編集

江戸時代

寛政の改革

山東京伝

出版


べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~


TSUTAYA:創業者である増田宗昭の祖父の屋号である「蔦屋」にあやかって命名した。その祖父は重三郎に憧れて同じ屋号にしたという。

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