概要
1937年に公布された昭和12年内閣訓令第3号によって日本政府による公式の表記法として定められた日本語のローマ字転写方式。
それまで日本語のローマ字転写方式としては英語の表記をベースとした「ヘボン式」と日本語の音韻論に基づいた「日本式」の2種類の表記法があり、どちらを日本語のローマ字表記として公式に取り入れるべきかという事で議論となっていた。そこで第一次近衛文麿内閣下で調査の末採用されたのが日本式ローマ字をベースとした、いわゆる「訓令式ローマ字」であった。
ただし戦後GHQが日本を占領統治した際、英語圏出身者が進駐軍の大多数を占めていた事もあってか各種標識類に英語話者にとって理解のしやすいヘボン式をベースとしたローマ字表記を併記するよう通達が出されており、再度ヘボン式ローマ字が世の中に出回るようになってしまった。そのため、1954年の内閣告示第1号により、訓令式にも代替表記としてヘボン式(および日本式のうちwoのような旧訓令式に取り入れられなかったもの)と同様の綴りを一部取り入れた現在の方式に改められることとなった。1989年にISO 3602として日本語のローマ字転記法の国際規格が定められた際にも、この訓令式が採用されている。
なお、本来訓令式ローマ字は「一般に国語を書き表すのに用いる」第1表と「国際的関係その他従来の慣例をにわかに改めがたい事情にある場合」にのみ使用可能な第2表の2種類の規定があるものの、実際には政府の公文書であっても特段の事情なく第2表の表記を多用した(ヘボン式に準じた)綴りを用いる事も少なくない。また、長音記号なども省略されがちであり、純粋に第1表のみを用いた日本語のローマ字表記はごく少数派というのが現状である。
現在ではその外国人があまり使わないという性質を逆手に取り、ハッシュタグを作る際にスパムへの悪用を防止する名目で使われることがある。
特徴
訓令式第1表、並びにその母体となった日本式ローマ字では、イ段および開拗音(小書きのヤ行が続くような音)とそれ以外で子音の書き方を変えないという特徴がある。これは日本語のイ段や開拗音の発音では「口蓋化」と呼ばれる舌の面と上顎との距離が狭まる現象が顕著に起こりやすいという現象が起こりやすいためで、「イ段・開拗音とそれ以外での子音の違いは口蓋化しているかどうかだけである」という解釈のもとこうした表記となったとされる(もっとも、ツとフの音だけはこれでは説明がつかないため、若干の例外感は否めないが)。
こうした表記は英語のような西欧の言語ではあまり見られないため違和感のある人も多いかもしれないが、同じヨーロッパでも日本語同様に口蓋化の顕著なポーランド語やリトアニア語、ルーマニア語などといった東欧の言語ではしばしば見られる方式である。
一方、日本式ローマ字では五十音に基づいて各行にいつも同じ子音を当てるという書き方をしており、仮名とローマ字が一対一で対応していた。これに対し訓令式ローマ字第1表ではあくまで「発音とローマ字が一対一で対応すること」を重視していたため、標準発音の基準とされた東京方言(山の手言葉)で発音が区別されない「じ」と「ぢ」、「ず」と「づ」、「お」と「を」などはそれぞれ同じローマ字で書くという決まりになっている。
訓令式第2表は、前述の通り戦後再び普及したヘボン式の綴りを代替表記として取り入れるのが目的のひとつであるが、ヘボン式にない綴りも含まれているのは訓令式第1表では区別がつかない仮名を日本式の書き方を用いて区別できるようにするという目的もあってのものである(もっとも、現代仮名遣いに取り入れられていない「ゐ」と「ゑ」については第2表にも代替表記が規定されていない模様)。
訓令式ローマ字の規定
以下、表内のローマ字は基本的に訓令式第1表に準じたものであるが、第2表に代替表記の規定がある場合は、括弧書きで補うこととする
a | i | u | e | o | ya | yu | yo | wa | wi | we | wo | |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
∅ | あ | い | う | え | お | や | ゆ | よ | わ | ゐ | ゑ | を |
a | i | u | e | o | ya | yu | yo | wa | i | e | o (wo) | |
k | か | き | く | け | こ | きゃ | きゅ | きょ | くゎ | |||
ka | ki | ku | ke | ko | kya | kyu | kyo | (kwa) | ||||
g | が | ぎ | ぐ | げ | ご | ぎゃ | ぎゅ | ぎょ | ぐゎ | |||
ga | gi | gu | ge | go | gya | gyu | gyo | (gwa) | ||||
s | さ | し | す | せ | そ | しゃ | しゅ | しょ | ||||
sa | si (shi) | su | se | so | sya (sha) | syu (shu) | syo (sho) | |||||
z | ざ | じ | ず | ぜ | ぞ | じゃ | じゅ | じょ | ||||
za | zi (ji) | zu | ze | zo | zya (ja) | zyu (ju) | zyo (jo) | |||||
t | た | ち | つ | て | と | ちゃ | ちゅ | ちょ | ||||
ta | ti (chi) | tu (tsu) | te | to | tya (cha) | tyu (chu) | tyo (cho) | |||||
d | だ | ぢ | づ | で | ど | ぢゃ | ぢゅ | ぢょ | ||||
da | zi (di) | zu (du) | de | do | zya (dya) | zyu (dyu) | zyo (dyo) | |||||
n | な | に | ぬ | ね | の | にゃ | にゅ | にょ | ||||
na | ni | nu | ne | no | nya | nyu | nyo | |||||
h | は | ひ | ふ | へ | ほ | ひゃ | ひゅ | ひょ | ||||
ha※ | hi | hu (fu) | he※ | ho | hya | hyu | hyo | |||||
b | ば | び | ぶ | べ | ぼ | びゃ | びゅ | びょ | ||||
ba | bi | bu | be | bo | bya | byu | byo | |||||
p | ぱ | ぴ | ぷ | ぺ | ぽ | ぴゃ | ぴゅ | ぴょ | ||||
pa | pi | pu | pe | po | pya | pyu | pyo | |||||
m | ま | み | む | め | も | みゃ | みゅ | みょ | ||||
ma | mi | mu | me | mo | mya | myu | myo | |||||
r | ら | り | る | れ | ろ | りゃ | りゅ | りょ | ||||
ra | ri | ru | re | ro | rya | ryu | ryo |
ん | |
---|---|
通常 | n |
ア行・ヤ行の前で | n' |
※助詞として使用する際は通常「は」をwa、「へ」をeと表記する。ただし発音ではなく表記を区別する必要がある場合はこの限りではない。
- 促音(「っ」、つまる音)は直後の子音字の1文字目を重ねて書くことによって表す(例:切符→kippu)。
- 長音は母音の上にサーカムフレックス(^)をつけて表す(例:ローマ字→rômaji)。ただし大文字で書く場合は母音字を重ねて書いてもよい(例:大阪→ÔSAKA, OOSAKA)。
- 文頭および固有名詞の語頭は常に大文字で書く。それ以外の名詞についても、語頭を大文字で書いてもよい。
- 上記にない特殊音(ファ、ヴィなど)の書き表し方は自由。