風見しんご
かざみしんご
1962年10月10日生まれ。広島県出身。
成蹊大学在学中に東京ビクトリークラブに入団し、芸能界デビューの足がかりを掴む。当時は哀川翔に面倒を見られていた。1982年「欽ちゃんの週刊欽曜日」でテレビデビュー。欽ちゃんファミリーの中でもアイドル的な人気を集め、翌1983年には歌手としてデビュー。4thシングル「涙のtake a chance」では激しいダンスパフォーマンスで女性のみならず男性のファンを多く獲得、特に独学で修得したブレイクダンスは日本でブレイクダンスが市民権を得る切っ掛けになったと評価されている。
長女を2007年1月17日に通学中の交通事故で亡くしており、各地で交通事故や命の大切さについて語る講演に登壇するなど、交通安全キャンペーンに精力的に参加している。
なお長女が亡くなる6日前には元モーニング娘。の吉澤ひとみの弟がアルバイト先から自転車で自宅に帰る途中交通事故で亡くなっていた。
娘を喪う3年ほど前、認知症となった父親と車のキーを巡って父を羽交い締めにしてキーを取り上げるほどの大喧嘩になった。後に「あの時、キーを取り上げたことは正しかったと思う」とコメントしている。
ウルトラシリーズとの関わり
『ウルトラQ ザ・ムービー 星の伝説』(製作は円谷エンタープライズ)の出演を皮切りにウルトラシリーズの劇場作品には度々出演しており、『ウルトラマンコスモス THE_FIRST_CONTACT』、『ウルトラマンコスモス2 THE BLUE PLANET』、『ウルトラマンコスモスVSウルトラマンジャスティス THE FINAL BATTLE』、『大決戦!超ウルトラ8兄弟』の4作品でメガネがトレードマークのキド役として出演しているのはファンには馴染み深いだろう。
『ウルトラマンタイガ』では佐倉警部役でテレビシリーズデビューを果たしている。
本人もウルトラシリーズの第1世代であり、幼少期は友達とウルトラマン談義で盛り上がったようで、カラーテレビを買う為に稼ぐ事を決意させたなどのエピソードがある(『全ウルトラマン大投票』より)。