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飛鳥(RSBC)

あすか

飛鳥は、仮想戦記小説『レッドサン ブラッククロス』などに登場する架空の戦略爆撃機。
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我らは喰らわん仇手の肝を、飛鳥の征けぬ空は無し。


そこには必ずや、この戦略爆撃機の姿がある。なぜだって? 決まっているじゃないか。それこそが我らの栄えある使命であるからだ。そう。

飛鳥の征けぬ空なんて、この世にありはしないのだ。


概要編集

仮想戦記レッドサン ブラッククロス』(RSBC)に登場。初出はアドテクノスによるボードゲーム版『RSBC』シリーズだが、本項では後発の佐藤大輔による小説版での登場を主に取り扱う。


設定解説編集

大日本帝国統合航空軍が運用する戦略爆撃機。開発は三菱重工業が担当した。略符号は「O1M」。

日英米枢軸とナチス・ドイツ傘下の連合国との間で、1948年5月に第三次世界大戦が勃発した直後、統合航空軍は主力戦略爆撃機として配備が進められていた「富嶽」の後継機の競争試作を各メーカーに対して命じた。要求された性能は、反応兵器を用いるケースを含む爆撃行に際して、護衛戦闘機なしで敵地に侵攻できる機体というものだった。

飛鳥は、この「二三試戦略爆撃機」の三菱案として提出された機体であり、完全にジェット化された世界最初の戦略爆撃機かつ、地球を半周可能、すなわち地球上のあらゆる地点を爆撃可能な優れた航続性能を特色としていた。

富嶽に後退翼化やジェットエンジンの増設などの大規模な改設計を加える形で中島飛行機が自主開発を進めていた「富嶽改」と採用が争われたが、統合航空軍は早急な実戦化が可能な富嶽改と高性能な飛鳥の双方を評価し、両機をともに制式採用した上で、第三次大戦は富嶽改で戦い戦後に飛鳥を本格配備するという方針を固めた。

なお、富嶽および富嶽改が分類上は従来の陸上攻撃機と同じ枠に収められていたのに対し、飛鳥は新機種「戦略爆撃機」の一番手と位置づけられている。


富嶽改の部隊配備が進む1950年末の時点で試作段階、1951年3月の時点で先行量産型(O1M1)が数機完成と、飛鳥の開発スケジュールは(予想された通りに)遅れを見せていたが、1952年の第三次大戦休戦までの間には部隊配備にこぎ着け、富嶽や富嶽改に代わってベルリンなどのドイツ本土爆撃に投入されている。

休戦後には、反応兵器を搭載しての定期的な戦略哨戒任務に充てられていたが、核抑止の要が大洋間弾道弾へと移行した後はより戦術的な任務へと投じられるようになった。また、この時期にはエンジンの換装をはじめとする近代化改修が加えられた「飛鳥改」(O1M5d)が登場している。

1970年代前半に、紛争が続くバルカン半島での太平洋条約機構(PACTO)による停戦監視のため、イスラエルのティクヴァティヌ基地を拠点に行われた第162航空宇宙打撃大隊の飛鳥改による武装査察飛行が活動として知られる。

また、休戦直後の1954年には、東宝製作の映画『伯林強襲攻撃隊』の製作に際して、統合航空軍全面協力のもとに当時の可動機ほぼすべてが撮影に協力している。同作は大ヒットを記録。飛鳥のベルリン爆撃行を歌った主題歌も国民歌謡の座に収まり、市井での飛鳥人気を証明することとなった。


機体は飛鳥改で全長68 m、全幅82 mに達する。主翼には三重隙間フラップを持つ。飛鳥の時点ではターボジェットエンジン8基を備え、これで880 km/hの速度を発揮することができた。飛鳥改ではエンジンが三菱「MT3B」ターボファン4基に変更されるとともに、電子兵装も更新されている。

武装として、胴体内爆弾倉と翼架に各種爆弾などを搭載する他、機体各部に防御機銃砲塔を備える。乗員は飛鳥改で8名。


作品内での登場編集

『RSBC』本編の時系列が飛鳥が主に活躍した第三次大戦末期に至る前に続刊の刊行が止まってしまったため、登場するエピソードは限られる。

短編では、『飛鳥の征けぬ空はなし』にてバルカン半島での武装査察を行う飛鳥改が主題に据えられている他、『勇者の如く倒れよ』でも開発時の顛末について触れられている。


関連タグ編集

佐藤大輔 レッドサン_ブラッククロス

富嶽

B-52 - 史実において飛鳥に相当するポジションについている戦略爆撃機。

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