鉄道院・鉄道省・国鉄
5200形蒸気機関車
現在の山陰本線にあたる京都鉄道が2両をアメリカのピッツバーグ社へ発注したテンダー式機関車。京都鉄道では早々に除籍となり、山陽鉄道へ譲渡され26形を名乗った。
山陽鉄道国有化後に国鉄制式の5200形となり米子、王子、五条の各機関庫を転々とし、1922年に国有鉄道で除籍。除籍後は2両とも播州鉄道へ譲渡。1両は廃車となったが、もう1両は播州鉄道の戦時買収時も生き残り、1947年に廃車となった。
タキ5200形貨車
1955年に製造されたメタノール専用のタンク車。
日本瓦斯化学工業・住友化学工業・東洋高圧工業・日本石油輸送・三菱鉱業・日産化学工業・三菱商事・協和ガス化学工業・三井物産・日本陸運産業が所有する私有貨車として製作され、車籍は国鉄→JR貨物に有した。2002年までに全廃。
タサ5200形貨車
1960年から65年にかけて製造された酢酸専用のタンク車。
昭和電工、電気化学工業が所有する私有貨車として製作され、国鉄に車籍を有した。1985年までに全廃。
チキ5200形貨車
1979年から81年にかけて、余剰となっていたコキ10000の車体とコキフ50000の台車を利用して25mレールを運搬する長物車として製造された。
運転時は2両1組で使用される。
JR発足時には四国を除く旅客各社と貨物へと継承され、東海を除く各社で使用されている。
ホキ5200形貨車
この貨車は初代と2代目がある。
初代はカーバイド輸送用に1960年から62年にかけて製造されたホッパ車で、1963年の称号規程変更によりホキ5600形に改められた。
2代目ホキ5200形は鉱石・石灰石輸送用に1958年から61年にかけて製造されたホキ1800形が1963年の称号規定変更でホキ5200形に改められたもの。JR貨物にも一部が引き継がれたが、1992年までに全廃されている。
小田急電鉄5200形電車
5000形(初代)の6両固定編成のグループに対する通称。正式には5000形(初代)の一部。
名古屋鉄道ワム5200形貨車
国鉄ワム50000形貨車の同型車として製造され、名鉄線から国鉄線に直通できる連絡直通貨車として運用された。晩年は救援車として須ケ口、喜多山などに待機していた。
東京都交通局5200形電車
都営浅草線の輸送力増強用として、1976年に6両編成2本を製造した。
5000形をベースに車体をセミステンレス製に変更するなど大規模な変更が加えられ、5000形の5200番台(5000形6次車)として区分された。冷房準備車として設計されたため、1988年と89年に冷房化改造が行われ、結果として母体となった5000形よりも長く生き延びることにつながった。
1996年に編成組み換えが実施されたことで6両編成2本が8両編成1本へ組み直された。余剰となった4両は廃車され、残った8両は主要機器の更新と冷房装置のオーバーホールが実施。その後2000年に5200形へ形式が変更された。(車番の変更はなし)
車両運用が1本削減されたことから、2006年に廃車・形式消滅となっている。
富士急行5200形電車
小田急電鉄から1977年に1900形を譲り受けたもの。形式名は昭和52年に譲り受けたことにちなむ。1984年全廃。
広島電鉄5200形電車
5000形「GREEN MOVER」、5100形「Green mover max」に続いて2019年に登場した全長30mの5車体連接車。愛称は「Green mover APEX」。5000形・5100形とは異なり、モノトーン基調にグリーンのアクセントが加えられたデザインとなった。