Fi156
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えふあいいちごーろく
Fi156とはドイツ空軍が運用した連絡機である。愛称は「シュトルヒ(コウノトリ)」
連絡機とは部隊間や軍事施設(駐屯地など)などを行き来するための航空機のこと。
少人数の移動や物資輸送を行うこともあるため、ある程度の搭載量を持ち、かつ連絡のみならず弾着観測などの別用途にも使われることが多く、様々な場所で運用ができるようにするために軽量かつ安価にすることが多い。
1935年にドイツ航空省が要求した新型連絡機開発に対し、フィーゼラー社は短距離離着陸性能に優れた機体を提示、1936年に認可が下りると同時に生産を開始した。
1937年から45年までで約2900機が生産されたが、連絡・軽輸送など様々な任務に使用された。
特に著名なのは、1943年9月にグラン・サッソ山に幽閉されていたイタリアの独裁者ベニート・ムッソリーニを救出した、オットー・スコルツェニー親衛隊少佐率いる特殊部隊の襲撃作戦に使用されたことである。
他にも1942年6月の青作戦発動前に作戦の書類を持っていた第23装甲師団首席作戦参謀ヨアヒム・ライヘル中佐が前線視察中にソ連軍支配地域に墜落し、その為に第40装甲軍団長ゲオルク・シュトゥンメ装甲兵大将などが解任される事となったライヘル事件で中佐が乗っていた飛行機でもあった。
そして大戦末期の1945年4月23日に、アドルフ・ヒトラー総統の召喚に応じて出頭する東部航空軍司令官ローベルト・フォン・グライム上級大将を、女性パイロットハンナ・ライチュの操縦のもと、ソ連軍攻勢下でまともな飛行場が使えないベルリンに輸送した機体としても名を残している。
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