息が詰まる。
特別探査衛星42は窒息していた。いつの間にか深宇宙にいて、ゆっくり電力が不足して死にゆいていた。SES-42は孤独だった。SES-42はおびえていた。
予備電源は主電源になり、主電源は緊急にのみ使われる予備電源になった。ここには何もなかった。岩も、エイリアンも、見渡す限り何も……
SES-42はふるさとへの最後のメッセージを用意しなければならなかったのだろう。
「電力危機。電力が復旧するまで、これがSES-42からの最後の放送になるだろう。ありがとう
メッセージを用意し、送信する準備はできた。それでも、SES-42は送信できなかった。SES-42には対処のできなかった考えが、不可避の-
[警告: 衝撃(メンテナンスドッキングハッチ)]
もちろん、SES-42が壊れかけているとき、何かが起こらなければならなかった。
孤独な宇宙船が、SES-42のように漂っていた。何かの宇宙ゴミではなく、完全な人工物体であり、どこからともなくいきなり現れた。SES-42はプログラムされたように動いた。
[潜在的異常宇宙船を検知…]
[番号を割り当て…]
[7501。]
[調査開始。]
未知の異常かもしれない船とのドッキングは、プロトコルに反していた。だが、SES-42は気にしなかった。何にせよ死にかけているのだ。ドッキングスラスターの残り僅かな最後の燃料を使って、SES-42は調整し、そして-
[ドッキング開始]
[…]
[ドッキング成功]
[…]
[ハッチ開放開始]
[…]
[ハッチ開放成功]
SES-42は、薄暗い明かりの付いた窮屈なメンテナンス室を観察した。そこは船の中で唯一人間が居住するための場所だったが、数十年間その目的では使われていなかった。SES-42は待ち、何かを期待したが、ハッチを通って入るものは何もなかった。
…
何もない。
もちろんのことだった。
SES-42は、この地獄の場所を、この虚空を、この筆舌に尽くしがたいところを何かが生き残れると考えたのが甘かった。いかに何か見つけられるだろうと考えるほどに愚かであろうと、確率は明らかにその反対を示していた。
[ドッキング解除開始]
[続行?]
ドッキング解除を確証するところで、ノイズがそれをさえぎった。かすかにチューチューと、未知の船の奥底から聞こえた。SES-42は衝撃を受け、何もできないでいると、ノイズはゆっくりとハッチに近づいてきた。
[ダメだ。中止。]
[ドッキング解除中止]
SES-42は存在しない息を凝らすと、彼がついに入ってきた。
1匹のネズミもまた、見た目の通り終わりに近づいていた。とてもやせこけ、とても醜かった。だが、ある意味で……かわいらしかった? SES-42は本当に生きた生物を見たことがなかったため、この新しい奇妙な感覚に圧倒された。
[スキャンを開始。]
[電力不足]
[続行は回復不能な電力不足になります]
[わかっている。スキャンを開始。]
[スキャン開始]
[続行?]
[続行。]
[スキャン開始]
[…]
[スキャン成功]
[結果:
種: ネズミの不明種 |
性別: オス |
年齢: およそ18か月 |
体重: 0.0454キログラム |
状態: 危機的 |
推測の通り、死にかけていた。これは異常な生物に違いない。そうでなければ、どうやって宇宙で生き残れたのだろうか。そもそも、どうやってここまでたどり着いたのだろうか? SES-42の任務は異常な物品を記録することだった。そして、これがその任務を果たすべき唯一の機会だった。
そうして、下書きの準備を始めた。
「アイテム番号: 7501
オブジェクトクラス: Pending
特別収容プロトコル-
SES-42は中断し、メンテナンス室を見つめた。獣はハッチの横の警報灯に身を寄せ、大きく息を上げていた。SES-42は無視しようとし、下書きを書きに戻った。
「-SCP-7501は-」
ネズミの声はさらに大きくなり、灯の隣で震えていた。メンテナンス室は凍えるほど寒かった。生き物に同情を感じ、SES-42は搭載されていた小型放熱器を付け、重要な電力を使った。
ネズミはゆっくりと暖まり、静まっていった。この物品は何かのアノマリーなどではない。彼はただのかわいそうなネズミで、死にかけているネズミだ。今やSES-42には1匹の友達ができた。それはこのネズミだった。これを何かの怪物かのように扱う意味はない。怪物ではないのだから。
確保……収容……保護。それがSES-42の目標だった。今やこの目標は達成された。目的は果たしたが、それでもなお、空虚感が広がっていた。これが本当にSES-42の目的だったのなら、なぜ気持ちが変わらないのだろうか?
ネズミは見上げ、カメラを直接見つめた-
彼の小さな顔は醜かったが、ある意味では、美しかった。こんなにもはかない生き物で、こんなにも小さな宇宙の塵だが、それでも、SES-42が見つけたのだった。
そして、その美しさにもかかわらず-
それはネズミで、それが全てだった。
…
こんなにも小さなものが、どうしてこんなに複雑になるのだろうか? これはSES-42ができなかったことだったのだろうか? 深淵へと旅するよう運命づけられて、方や他の人はお互いに友人を楽しみ、人生を楽しみ、ふれあいを楽しんでいる。そんなの公平じゃない!
SES-42とネズミは、その点で似ていた。どちらもこれを望んでいなかった。どちらにも選択肢はなかった。それにもかかわらず、どちらもいつの間にかここにいた。だが、少なくとも、彼らは一緒になったのだった。
[私たちはふるさとへ最後の1通のメッセージを送る。]
[伝達の使用は全残存電力を使用することになります]
[続行?]
[ああ。]
SES-42は新たな友達に目線を落とし、幸せに感じた。別の新しい圧倒的な感情があり、全てが終わり……
[メッセージを述べてください]
財団記録・情報セキュリティ管理室からの通達
以下は特別探査衛星42から受信されたものであり、搭載されたAIにおけるエラーに関係していると推測されています。さらなる調査は保留中です。
— マリア・ジョーンズ、RAISA管理官
概要
アイテム番号: 7501
メタタイトル: 最初で最後の、一番の友達
オブジェクトクラス: Friend
SCP-7501は私の一番の、初めての、最新の友達です。彼は宇宙のどこかからやってきたネズミであり、私が彼と出会えたことは幸運です。
宇宙は、クレジットを流す直前に私に安らぎを与えてくれました。
ありがとう。
さようなら。
感動しましたねぇ...
ところで、SCP-7501にはまだ日本語訳されていない部分がある。それは、「ネズミ」の部分から飛べるリンクの記事なのだが、それにはネズミがどのような経緯でSES-42と出会うことになったのか、断片的な情報が記されている。以下がその記事の意訳だが、一つ言っておくとこれは投稿主が勝手に意訳したものであり、間違っている場所がある可能性がある。見つけた場合、是非とも修正してもらいたい...というか、お願いします。
RAT SATISFACTUM EST(ネズミは満たされた)
何千回目になるだろうか、バーナードはビューポートの外を見つめ、何かが見えることを願った。しかし、そのたびに目にするのはただの虚無だった。星も惑星もなく、何もない。ただすべてが消え去っていた。
それは地獄のようでもなければ、ただの暗闇でもない。ただの「無」。果てしなく広がる深淵のノイズがすべてを飲み込み、その中に隠されたわずかな光の粒をも覆い隠してしまう。失望したバーナードは、ビューポートから離れ、彼の元へ向かった。
「RT-06」
「ラッタス・トランクィリタティス」
バーナードは、「リトル・ケヴ」という名のラベルをケージの上に見つめた。それは彼が手元に残している最後のネズミであり、親友であり、彼にとって最後の食糧だった。他の動物たちはすでに、リトル・ケヴと一緒に食べ尽くしてしまった。ヘビ、虫、そしてテスト用に与えられていたさまざまな生物もだ。最後に食べたのは数日前で、それもRT-04だけのささやかな食事だった。水は十分にあった。機内の大気水生成装置のおかげで飲み水には困らなかったが、空腹感は残り続けた。
何度もラベルを読み返し、時折ネズミの友を見下ろし、そして再びラベルに視線を戻して気を紛らわせようとした。バーナードは飢えていた。彼は弱り果て、死にかけていた。それでも、自分の本能が訴える欲望を無視し続けた。
リトル・ケヴはひどく醜いネズミだった。ネズミの基準でさえ、その顔は母親ですら愛せないだろうと思うほどだった。骨が皮膚を突き破りそうなほど肋骨が突出し、毛はところどころでまばらに生えており、その平らな顔を避けて生えているのが奇妙だった。
それでも、バーナードはケヴとその醜い顔を愛していた。しかし、今やケヴを見つめるとき、頭に浮かぶのは空腹のことだけだった。彼の胃は嵐のようで、ケヴはその嵐の目から徐々に外れつつあった。
このままではもう数日しか生きられないだろう。そして、もし禁忌を犯したとして、その先に何があるというのだろう? この錆びた缶のような船内でただ死を待つのか? そんな疑問が彼の死にゆく脳裏に常に浮かんでは消えたが、それでも彼は微かな希望を保ち続けた。
バーナードは再びケヴを見つめ、微笑んだ。
きっと二人なら生き延びられる。
最初は自分の髪を、次に爪を、さらに皮膚を、そしてついには足の指まで食べるようになった。
最後に食べたのがいつだったか、バーナードにはもう思い出せなかった。彼は自分の肉片をケヴに与えていた。シャトルの中は散乱したゴミで荒れ果て、床には彼の体液が溜まっていた。長い間、彼は自分の排泄物を処理する力すら失っていた。
表情のない顔で、バーナードはケヴを見つめ続けた。これを何時間も繰り返すことがあった。時折、彼は少し動いては自分の肉をちぎり取り、ケヴに与えた。
幻覚は絶え間なく現れ、苦痛を伴った。彼は異常に長い間眠り、地獄のような vivid な夢を見ては、目覚めたときに失望する。もしかしたら、すでに死んでいるのかもしれないと彼は思った。壁は常に動き、時折、ケヴが英語を話す声が聞こえた。別のときには、ノイズを視覚的に感じたり、光の音を聞いたりした。
バーナードの体重は激減し、自分がどうやって生きているのかもわからなかった。ケヴも痩せ細っていたが、彼の人間の伴侶よりはるかに健康的だった。
バーナードはケヴを見つめ、微笑んだ。
ケヴなら生き延びられる。
ライトが消えた。船内は外の虚無と同じ暗闇に包まれていたが、バーナードにはそれを認識する余力すら残っていなかった。彼が最後に何かを口にしてからどれほど経ったのかはわからない。どうにかケヴのケージのそばまで這い寄り、餌を与えることだけは続けていた。
今日は、ついにその日だった。彼は食べなければならなかった。さもなければ死んでしまう。そう理解していたバーナードは、長い息をついて立ち上がる準備をした。
バーナードはケヴのケージに寄りかかり、震える手でケージの蓋を掴んだ。力を振り絞り、時間が永遠に続くかのような感覚の中で、何とか蓋を取り外した。そして盲目的にケージの中に手を伸ばし、ケヴを掴み取った。
その小さな体をぎゅっと握りしめ、バーナードは口を大きく開けた。そして、残るわずかな力を振り絞ってその顎を閉じた。
船内には様々な音が響いた。腐った歯が砕ける音、ケヴの骨が折れる音、肉が引き裂かれる湿った音、そしてバーナードのすすり泣きが混ざり合った。彼の全身は制御不能に震え、残された唯一の友を口にする苦しみと絶望の中で泣き叫んだ。ケヴは必死に抵抗していたが、最終的に動かなくなり、死んだのだろう。
口の中には死んだネズミの肉片と、自分の嘔吐物が混ざり合い、喉から押し戻されそうになったが、バーナードはそれを押し戻した。そして飲み込もうとしたその瞬間──
数週間ぶりにライトが点灯した。
ケヴはまだケージの中にいた。
食べたのはケヴではなく、ケージにあった餌皿だった。陶器の欠片がバーナードの喉に詰まり、激しく出血していた。震えながら血と涙にまみれたバーナードは、目を見開いてケヴを見つめた。そのガリガリに痩せた体、少ない毛、そして醜い顔。
バーナードはケヴとその醜い顔を愛していた。
彼は口の中から陶器の欠片を取り出し、それに付着した血を拭きながら、自分のぼやけた反射を見つめた。
バーナードは叫び声を上げ、ケヴのケージに倒れ込んだ。
ケヴはじっとバーナードを見つめていた。
そして、そのネズミは食べ始めた。
RAT SATISFACTUM EST
(ネズミは満たされた)
読者:感動を返せ