前説明
統治の根本規範となる基本的な原理原則に関して定めた法規範である憲法のうち、憲法典として制定されているものの9番目の条文を指す。
たとえば各国の現行の成文憲法においての第9条は、ドイツの憲法であるドイツ連邦共和国基本法では「(憲法の目的に反しない限りの)結社の自由」であり、イタリアのイタリア共和国憲法では「文化の推進および記念物の保護」、フランスのフランス共和国憲法では「大統領に関する事項(詳細不明)」、が定められている。
しかし日本においては特段の断りがない限り、現在日本国で施行されている憲法(日本国憲法)の第9条、すなわち「戦争放棄」を指す。
ここではそれに関して説明を行う。
概要
この条文は「国権の発動である戦争および武力の行使等の放棄」および「そのための手段の不保持」を定めたものであり、これは日本国憲法の三大原則の中のひとつとされる「平和主義」を示すものとされる( 他の二つの原則は「国民主権」および「基本的人権の尊重」 )。
条文
第九条
- 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
- 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。
ものすごく簡単に言うと
「今後ヨソにケンカは売りませんしそのためのエモノも持ちません」である。
政府解釈の変化
2011年時点での政府(内閣法制局)の解釈としては「前項の目的を達するためと条文にあるため、降りかかってきた火の粉を払わないというわけではありません」という解釈が行われている。
すなわち降りかかってきた火の粉を払うための実力組織( すなわちこの「軍のようなもの」は自衛等の目的であり、国際紛争を解決する手段としての陸海空軍その他の戦力、すなわち「軍隊」ではない )として自衛隊が設置・運営されている……ということになっている。
関連する憲法の条文
第十一条
国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与へられる。
第十三条
すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。
十一条は基本的人権の不可侵、十三条は個人の尊重と幸福追求権・公共の福祉による人権の制限に関する条文である。これらによって、他国からの攻撃に対して武力によって守られる国民の権利、平たく言えば
『降りかかってきた火の粉に焼かれない権利』は国民の基本的人権や幸福追求権に含まれるか?
という問いが生じる。
現在は、『降りかかってきた火の粉に焼かれない権利』はこれらに含まれることが多い。そして、国がそれを守るために、自国民を守るために火の粉だけを払う権利(いわゆる個別的自衛権)は行使できるとされている。
ちなみに……。
- 大日本帝国憲法の第九条は「天皇は各種目的で命令を出すことができる、ただし命令により法律を変えることはできない」という内容である。
- なおアメリカ合衆国の憲法であるアメリカ合衆国憲法の場合、本来の条文が8条までしか存在せず、のちに追加された条文には修正と付加されるため、実際には存在しない。ただし修正9条が存在する。
- 日本国憲法は占領下で国際連合、実際には日本国を実質支配した連合国軍最高司令官総司令部( 以下GHQ )に押し付けられたという「押し付け憲法論」という議論が存在する。
- 憲法九条の衆議院での審議に際しては、この条文の内容に関する修正が行われている。これより後に自衛隊が所有可能という解釈が生まれた。
- 第一項の日本国民は、正義と秩序とを基調とする国際平和を誠実に希求しという部分を追加し、第二項においては前項の目的を達するためという部分を追加している
- これは日本側の意向で付け加えられたものであることが明らかである( 帝国憲法改正小委員会の委員長であった芦田均、後に内閣総理大臣、の名前を取り芦田修正と呼ばれる)。
- 日本の軍事力保持を禁じた本条項は、日本国憲法前文との対立や国際情勢の変化などによりほどなくGHQの思惑と齟齬を生じた。そのため解釈の変更による実質改憲が行われた。
- 集団的自衛権の行使は憲法9条に抵触するという考えが憲法学者の中では優勢である( Yahoo!ニュース「なぜ憲法学者は「集団的自衛権」違憲説で一致するか? 木村草太・憲法学者」 )。
- ちなみにこの条文、世界に唯一の平和規定もしくは交戦権否定の規定というわけではない。
- イタリア共和国憲法第11条は「イタリアは、他人民の自由に対する攻撃の手段としての戦争及び国際紛争を解決する手段としての戦争を放棄する」とする。芦田修正後9条と同じく条件付きの交戦権否定である。
- ドイツ基本法では26条「諸国民の平和的共存を阻害するおそれがあり、かつこのような意図でなされた行為、とくに侵略戦争の遂行を準備する行為は、違憲である。これらの行為は処罰される。」こちらは国際紛争解決手段としての戦争を否定していない。その代わりに議会によって交戦権を事前確認する規定が115a条にある。「連邦領域が武力で攻撃された、またはこのような攻撃が直接に切迫していること(防衛事態)の確認は、連邦議会が連邦参議院の同意を得て行う。」
- ちなみに、イタリアでは集団的自衛権そのものは憲法学的に概ね容認されているが、湾岸戦争やコソボ紛争など個々の政府による出兵が本当に自衛権の発動といえるのかは、しばしば大きな議論を起こした。
- 2015年には憲法9条に関する議論を主題とした恋愛アドベンチャーゲームが発売予定と発表。
- 9条2項については与野党の議員や学者などからも『対米従属』や国際法違反の指摘があり、井上達夫や伊勢崎賢治等、リベラル派でありながら削除や国際法違反すると述べた言論人もおり度々、問題視される。
- 9条の改憲は石破案(自民案)の9条2項削除、安倍案の自衛隊明記、山尾案の立憲的改憲の3種類がある。主に自衛隊の役割や集団的自衛権容認か個別的自衛権のみに制限させるなどの違いがある。