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日本国憲法

にほんこくけんぽう

昭和21年に公布され22年に施行された日本国における現行憲法。
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日本国憲法(にほんこくけんぽう)とは、日本国における現行の憲法の名称である。
 以下、断りがない限り「憲法」と表記されたものは、日本国憲法のことを指す。

概要

 この法律は昭和22年5月3日に施行された。
 形式的には、大日本帝国憲法の改正という経緯を経ているものの、内容は著しく異なる。
 日本は昭和20年のポツダム宣言の受諾(太平洋戦争の降伏)にあたり、連合国側から「民主主義的傾向の復活強化」、「基本的人権の尊重の確立」、「平和的傾向を有する責任ある政府の樹立」を求められ、憲法改正を迫られることになった。
 日本政府が作成した憲法改正案、いわゆる松本試案(国務大臣であった松本烝治を委員長として成立した試案、天皇が統治権を総攬するという大日本帝国憲法の基本原則は変更されていなかった)の試案のひとつを毎日新聞がスクープした、それを見た連合国軍最高司令部(GHQ)の考えは大日本帝国憲法とあまり変わらないという評価であり、ためにGHQはこのまま政府に憲法制定を任せておけばソビエト連邦などの介入を招く恐れがある(特にGHQが恐れたのは天皇制の廃止を要求されることであった)と危惧し、コートニー・ホイットニー民政局長が中心となって日本国憲法草案(いわゆるGHQ草案)を作成した。当時の日本では民間、あるいは政党からも憲法試案が多数出されていたが、ホイットニーは鈴木安蔵を中心とする学者が起草した「憲法草案要綱」を特に高く評価し、この法案に欠けていた憲法の最高法規性、違憲法令(立法)審査権、最高裁裁判官の選任方法、刑事裁判における人権保障などを加え草案としてまとめた。
 しかし最終的に国会で議決された日本国憲法はGHQ草案そのものではなく、議会を二院制に改めたり、外国人に対する法の平等を求める条項を削除したりと、日本側の判断で改変が加えられたものである。
 こうして定められた日本国憲法法案は、帝国議会で審議された後、枢密院による審議で全会一致で可決、昭和21年11月3日に公布された。
 昭和天皇は、日本国憲法公布に際して以下の勅語を渙発した。
 「本日、日本国憲法を公布せしめた。この憲法は、帝国憲法を全面的に改正したものであつて、国家再建の基礎を人類普遍の原理に求め、自由に表明された国民の総意によつて確定されたものである。即ち、日本国民は、みづから進んで戦争放棄し、全世界に、正義と秩序とを基調とする永遠の平和が実現することを念願し、常に基本的人権を尊重し、民主主義に基いて国政を運営することを、ここに、明らかに定めたものである。朕は、国民と共に、全力をあげ、相携へて、この憲法を正しく運用し、節度と責任を重んじ、自由と平和とを愛する文化国家を建設するやうに努めたいと思ふ。

性質

  • 成文憲法 - 憲法が文章によって示されている。たいしてイギリスなどでは議会法などの主要な法律、憲法判例、憲法慣習、憲法習律の総体が実質的な憲法として機能している。
  • 硬性憲法 - この憲法は典型的な硬性憲法、すなわち改正が困難な憲法であり、96条において、改正には各議院の総議員の3分の2以上の賛成で国民に提案し、特別の国民投票などで、その過半数の賛成を必要とすると定められている。通常の法律などに比べ、改正における手続きを経なければならないとされている。なお、前身となる大日本帝国憲法と同様、憲法公布・施行後、1度も改正されたことはない
  • 日本国における最高法規(98条) - 日本の法令は憲法に基づいて成立・公布・施行・改正される。憲法に反する法令は違憲となり無効となる。
  • 公務員の憲法尊重擁護義務(99条) - 天皇及び国務大臣、国会議員その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負うとされている。なお、この規定に一般の国民は含まれていない

具体的内容

第一章 天皇

 第1条から第8条までは天皇に関するものであり、天皇の地位が定められている。第1条では特に「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であって、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。」とうたい、国民主権を定めている。

第二章 戦争放棄

 第9条は戦争の放棄に関して記述されている、詳細は憲法9条を参照。

第三章 国民の義務および権利

 10条から40条までは国民の定義、権利および義務が記述されている。
 11条において基本的人権の保障が定められている。大日本帝国憲法においては存在しない。
 具体的な基本的人権の尊重とは、生命の尊重、自由の尊重・幸福追求の尊重が13条にて定められている。いわゆる新しい権利(プライバシー・肖像権など)については明記されていないが、憲法13条の定める幸福追求権を根拠に認めるのが憲法学上の通説である。

思想・良心の自由

 19条において、思想・良心の自由が認められている。大日本帝国憲法においてはこれらの規定は存在しなかった。

信教の自由

 20条において信教の自由が認められている。大日本帝国憲法においては信教の自由においては制限が寧秩序ヲ妨ケス及臣民タルノ義務ニ背カサル限ニ於テと制限がかけられていたいかなる宗教団体も国家から特権を受けることを認められていない(20条2項)。また、89条において、公金その他の公の財産を宗教上の組織及び団体の使用・便宜・維持のために支出することを認めていない(政教分離)。
 なお政教分離に関しては『津地鎮祭訴訟』(津市が体育館を建設する際地鎮祭を行い公金から支出したのは憲法違反に当たるものではないのか?という訴訟、判例)の判例が有名で、最高裁判所が「目的効果基準」に従って国の宗教的活動の違憲性を判断するべきと示し、この訴訟に関しては、体育館建設起工式において神式地鎮祭を行い公金を出すことは、「目的が宗教的意義をもち、その効果が宗教に対する援助、助長、促進又は圧迫、干渉等になるような行為をいうもの」ではないと解され、合憲となった。

表現の自由

 21条において、一切の表現の自由を保障され、検閲および通信の秘密の侵害も禁止されている。大日本国憲法においては法律ノ範圍内ニ於テおよび法律ニ定メタル場合ヲ除ク外とされていた。
 ただし憲法の制定された占領期においてGHQは30項目にも及ぶ検閲基準を作成、占領軍の行う検閲に対する批判は封じられた。占領軍の検閲基準の内いずれかの項目または数項目に該当すると判定された記事、作品論文等は、その一部の書き直し、もしくは全体の発行禁止を命じられた(戦前の日本当局は伏字を命じたので検閲を受けた出版物はそれが明らかであったが、占領軍は書き直しを命じたので検閲が行われた事を知らない人が多かった)。GHQにとって都合の悪い外国人兵士犯罪の報道や原爆に関する報道、認められていない戦争に関する報道出版ができるようになったのは、占領終了後のことである。現在も、アメリカ政府は、対日外交において自国の利益に役立てるため在日米軍基地を拠点に通信傍受を行い(日本政府日米同盟への配慮からこれを黙認し)、日本国内の通信の秘密を侵しているとみられている(これはいわゆるエシュロンと言われる国際通信傍受システムのことである)。
 表現の自由においてよく議論に出るのは、性的内容の表現の規制である。刑法175条のわいせつ物頒布罪が憲法21条1項が憲法に反しないかという点であるが、判例においては合憲としている。
 代表的判例として挙げられるのは、『チャタレイ事件(チャタレー事件)』(デーヴィッド・ハーバート・ローレンスの小説チャタレイ夫人の恋人を翻訳した作者と出版元がわいせつ物頒布罪に問われた事件、わいせつ物頒布罪は憲法21条に反しないとされた。 判例)で、以下の3要件をわいせつの判断基準としている。

  1. 徒らに性欲を興奮又は刺戟せしめ、
  2. 且つ普通人の正常な性的羞恥心を害し
  3. 善良な性的道義観念に反するものをいう
 後に起きる『悪徳の栄え事件』(マルキ・ド・サド悪徳の栄え翻訳者および出版社がわいせつ物頒布罪に問われた事件、芸術的・思想的価値のある文書であってもわいせつ物となることがあるとして、裁判官により判断がねじれた。また「知る権利」が憲法から導き出されることを認めたことでも知られる。判例)、『四畳半襖の下張事件』(永井荷風作と伝えられる「四畳半襖の下張」を雑誌に掲載したとして編集長および社長がわいせつ物頒布罪に問われた事件、これによりさらに新たな基準が生まれた)もこれを基準としている。
  1. 当該文書の性に関する露骨で詳細な描写叙述の程度とその手法
  2. 右描写叙述の文書全体に占める比重
  3. 文書に表現された思想等と右描写叙述との関連性
  4. 文書の構成や展開
  5. 芸術性・思想性等による性的刺激の緩和の程度、
  6. これらの観点から該文書を全体としてみたときに、主として、読者の好色的興味にうつたえるものと認められるか否か
 またこれに関連して、『悪徳の栄え事件』において否定された相対的わいせつ概念が『メイプルソープ事件』(写真家ロバート・メイプルソープの日本で出版された作品集を海外に持ち出し日本に持ち帰る際税関にてわいせつであるとして没収された件に関し出版社の社長が訴訟を起こした裁判、判例)にて一部酌量された。

経済活動の自由

 22条1項において、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由が保障されている。大日本帝国憲法においては法律ノ範圍内ニ於テ居住及移轉ノ自由ヲ有スとのみある。また、2項は外国移住および国籍選択の自由である。

学問と教育

 23条において、学問の自由、26条において教育を受ける権利が保障されている。大日本国憲法では記述は存在しない。
 具体的な学問の自由とは、研究・発表の自由教授の自由大学の自治が含まれるとされる。大日本帝国憲法下においては、滝川事件(京都帝国大学、現在の京都大学教授であった滝川幸辰が講義の内容で批判され、後に発生した裁判所の裁判官などが当時非合法であった日本共産党などに所属していた事件で採用担当であったため、大学を追放すべきとした事件、結局数名の教授が追放されたが、彼らのほとんどは立命館大学に採用された)や天皇機関説(「日本国家は法律上ひとつの法人とみなされ、そうすると天皇はひとつの機関とみなしうる」という考え。立憲君主制を支持する考えとして大正〜昭和初年には法学界の主流説だった)が政争と絡められ攻撃の対象となり、憲法学者であり貴族院議員であった美濃部達吉は釈明の演説を行い、貴族院はそれで納得したものの軍部および右翼は納得せず、貴族院を辞任、著作は発禁となった)などで、国家権力によって学問の自由が侵害されたため日本国憲法において明文化された。

夫婦

 大日本帝国憲法下では存在しなかった規定として夫婦に関するものがあり、結婚は「両性の合意」を原則としている(24条)。
 旧来の家制度では男尊女卑の原則が貫かれ、戸主が家族の支配権を持っていたため、結婚は戸主(いわゆる家長、大抵は年長の男性だが女性の戸主も存在した)の合意が必要だったが、日本国憲法では個人の尊厳と男女同権の理念に基づいてこれを否定し、夫婦二人の合意があれば良いとしたものである。

第四章 国会

 第41条から64条までは国会の規定である。これにより衆議院および参議院による二院制を採用しており、直接選挙により定められることを定める。

第五章 内閣

 第65条から第75条までは内閣の規定である。これにより首相および大臣が定義されている。

第六章 司法

 第76条から82条までは司法、すなわち裁判および裁判官に関する規定である。これには特別裁判所の禁止や裁判の公開が義務付けられている。

第七章 財政

 第83条から第91条までは財政、国の収入および支出に関して定めたものである。88条には「すべて皇室財産は、国に属する。すべて皇室の費用は、予算に計上して国会の議決を経なければならない。」という項目が存在し、89条には宗教的な団体や組織、公の支配に属しない慈善、教育若しくは博愛の事業への支出が禁止されている。

第八章 地方自治

 第92条から第95条には地方の自治に関する条文である。これにより地方議員や長は直接選挙により決定される。また、住民投票に関しても定められている。

第九章 改正

 この項目は第96条のみが存在する。
 憲法第96条1項は、「この憲法の改正は、各議員の総議員の三分の二以上の賛成で、国会が、これを発議し、国民に提案してその承認を経なければならない。この承認には、特別の国民投票又は国会の定める選挙の際行はれる投票において、その過半数の賛成を必要とする」と規定している。

第十章 最高法規

 第97条から第99条は憲法の最高法規性について規定している章であり、最高法規、条約及び国際法規の遵守や憲法尊重擁護の義務に関して記述されている。第97条は第11条と重複しているようだが、意味合いは異なる。「基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であ」り、人権がある日突然降って沸いたものではなく、長い歴史の中で人類が自ら獲得したものであることを強調するものとして、特に付け加えられたものである。

第十一章 補則

 第100条から第103章は補則である。これはこの憲法が施行されるにあたり、従来の法律・制度との整合性を取るためのものである。

関連項目

憲法 日本国 大日本帝国憲法
憲法9条

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