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編集者:Fumitaka
編集内容:アーサー王伝説とコードギアスについて書き足しました。

アーサー王伝説において

 PendragonもしくはPen Draig(中期ウェールズ語pen{n} dreic, pen{n} dragonウェールズ語pen〔かしら、、上〕とdraig / dragon〔ドラゴン、戦士〕から成り立っている。ラテン語からの借用語。ブレトン語ではPenn Aerouant)文字通りには「たるドラゴン」もしくは「たるドラゴン」を意味するが、比喩的な意味においては「最高位の指導者」、「戦士たちの長」、「総司令官」、大元帥、もしくは「最高位の統治者」などを意味する(※1)(※2)。中世近代アーサー王文学におけるアーサー王の父ウーサーの称号であり、しばしば中世ウェールズ語の詩作では歴史的なウェールズの英雄たち、例えばロドリ・アプ・ロワイン・グウィネズなどにも適用される(※3)。

 アーサー王文学の最初期のひとつである『ブリタニア列王記』では、ウーサーだけが「ペンドラゴン」の姓を与えられている。著者のジェフリー・オブ・モンマスによって、文字通り「ドラゴンの頭」という意味であると説明が加えられている。

 ロベール・ド・ボロンの散文体文学『メルランマーリン)』の説明では、ウーサーの兄アンブロシウス・アウレリアヌスにパンドラゴン(ペンドラゴン)の名が与えられていたが、ユテル(ウーサー)は兄の死後、彼の名をユテル・パンドラゴン(ユーサー・ペンドラゴン)と改めている。

 C・S・ルイスの1945年の小説『サルカンドラ いまわしき砦の戦い』では、ペンドラゴンが数世紀にも及ぶ民族の闘争を続けてきたことになっている。その称号の所有者はカッシウェラウヌスウーサーアーサー、そしてエルウィン・ランサムを含むという。

 マーク・トウェインは『アーサー王宮廷のコネチカット・ヤンキー』で、「ペンドラゴン王朝」への辛辣な意見を述べている。実際には、その描写は後世のイギリスの王朝を嘲る意図を持っている。アンタル・セルブの『ペンドラゴンの伝説』は、ペンドラゴンと呼ばれるウェールズ貴族の家系をめぐる小説である。

※1 Geiriadur Prifysgol Cymru, University of Wales Press, Vol III, 1994, p. 2726-2739, "pen", "pendragon"; Vol I, 1963 p. 1081, "dragon".

※2 Bromwich, Rachel, Trioedd Ynys Prydein, University of Wales Press, 4th ed., 2014, p. 512–513

※3 Bromwich, Rachel, Trioedd Ynys Prydein, University of Wales Press, 4th ed., 2014, p. 513

『コードギアス』において

 ペンドラゴンは、神聖ブリタニア帝国帝都となっている都市。1860年からブリタニアの首都として機能している。帝都はタレイランの翼と呼ばれる一テロ組織が現れるまで攻撃を受けたことがなかった。タレイランの翼の目的は、ブリタニアの国体を体現するブリタニア法に反対することにあり、ブラック・リベリオン以後に初めて起こった内乱となる。攻撃はグリンダ騎士団により鎮圧される。結果として、ペンドラゴンは2018年のルルーシュ戴冠まで無傷だったことになる。帝都は国外のダモクレスからフレイヤ弾頭を用いたシュナイゼル・エル・ブリタニアによって破壊される。ブリタニア皇室の多くは、帝都の“St. Darwin Street”と呼ばれる地区に居住している。

 シャルル帝はペンドラゴン皇宮を皇居としている。この建物は、ルルーシュの治世下では彼の御所にもなる。帝都の他の居住区は、以下のものを含んでいる。

トリビア

 ダモクレスに表示される地図では、ペンドラゴンはバハ・カリフォルニアのちょうど北東に位置している。しかし『双貌のオズ』では、ペンドラゴンはタレイランの翼の攻撃時、東海岸にあったようにも描かれている。首都ペンドラゴンが比較的新しく建設されたもので、古い首都が東海岸にあったのか、それとも位置の設定自体が作り直されたのかは定かではない。

編集者:Fumitaka
編集内容:アーサー王伝説とコードギアスについて書き足しました。