概要
桃園(とうえん)書房の月刊雑誌〈小説倶楽部〉に1955(昭和30)年の一年間連載。
登場人物女性の一人称語り形式になっていること、掲載誌が大衆通俗雑誌だったこと(同書房はアダルト系出版物も多い会社だった)などから、「金田一耕助シリーズ」の他の本格長編作とはちょっとテイストが違う作品。
あらすじ
宮本音禰(作中では「私」)は親を共に亡くし、伯父の上杉誠也に引きとられている二十四歳(数え歳。以下年齢表記はすべてそれ)の女性。昭和三十年九月、そんな彼女に青天の霹靂となる大事が起きた。音禰にとって曾祖父にあたる佐竹善吉の弟、アメリカで成功した大富豪佐竹玄蔵が、高頭俊作という名の全く見知らぬ人物との結婚を条件に彼女へ百億という莫大な遺産を相続させるというのだ。
その翌十月に行われた伯父誠也の還暦祝いの席にて、今度は一転して陰惨な事件が起きた。音禰の母方の叔父建彦が呼んだダンサー笠原姉妹の妹・操がまず殺され、その同じ会場内で腕に「おとね×しゅんさく」と書かれた相合い傘の刺青をした高頭俊作と思われる男、そしてその俊作を探す依頼を受けていた私立探偵岩下三五郎の死体が発見されるという「三重殺人事件」が。
しかも音禰はその事件後、殺された俊作のいとこ高頭五郎と名乗る三十前後の怪しい男によってホテルの一室で無理矢理抱かれ、「お前はもう俺のものだ」との烙印を押される。
俊作が死亡したことで相続条件が変わり、佐竹家の子孫全員に遺産が等分される‥‥当然この中の誰かが死ねば生き残った者の取り分が増えることになり、その該当者音禰、建彦叔父、佐竹由香利、島原明美、笠原薫、根岸蝶子・花子の七名全員が黒川弁護士事務所で顔を揃える。だがその事務所にはあの「高頭五郎」を名乗った男が堀井敬三と別の名を使って調査員として参加しており、しかも武内潤伍という最初玄蔵老人の遺産を貰える筈だったが追い出された男がその復讐を誓っているという話も出た。潤伍は生きていれば四十五、六。関係者やその付添人の中にその年齢に該当する者が複数おり、この中の誰かがそれかも知れない。事実また次の事件が起き、新たな犠牲者が‥‥。
そしてこれらの事件に遠因する秘密と、百億遺産相続についての音禰達の運命に重大な影響を与える証拠はすべて玄蔵がある目的のために建てた「三つ首塔」という三重の塔の中に隠されているようなのだが、さてその三つ首塔はいったいどこに‥‥‥‥?
主要登場人物
「私」=宮本音禰
この物語のヒロインで語り部。昨年春に女子大を出たばかり。十三歳の時に親を相次いで亡くし、伯父の上杉誠也に引きとられている(が籍は入っていない)。容姿は本人曰く「ひとは私を美しいという」。三つ首塔に関する遠い記憶がうっすら残っている。
育ちのいい上品なお嬢様キャラで、これが普通の本格探偵小説作品ならば『獄門島』の鬼頭早苗(この話にも「鬼頭」姓の人物が登場するが勿論関係はない)のような正統派ヒロイン(?)となっていたかも知れないが、何度も濡れ場を演じさせられたり変なコスプレをさせられたり(「女賊オトネ」という妙なタイトルの節まである。詳細は本編で)と、その扱いはかなり不遇。
宮本節子
今は亡き音禰の実母。和子の妹で建彦の姉、佐竹善吉の孫のひとり。
上杉誠也
英文学者で某私立大学文学部長。音禰の実質的養父(作中では「上杉の伯父さま」と表記されることが多い)。音禰には優しく他人との交際も広いおおらかな性格の持ち主だが、ややそそっかしいところもある。
上杉和子
「上杉の伯父さま」の妻だが、一昨年に病気で死亡。節子の姉(つまり佐竹の血縁なのはこっち)。
上杉品子
「上杉の伯父さま」の実姉。元芸者で、弟雅也の育ての親的存在。和子の死後、弟の面倒を見るため同居した。音禰をとても可愛がっている。六十八歳になるが上品で達者で、音禰曰く「それはそれはきれいなかた」。
佐竹建彦
和子節子の弟で音禰の叔父。事件当時四十五歳。元は大学出の優秀な商事会社員だったが戦争にとられたことが原因で人間も眼つきも変わり、復員後の今は闇ブローカーのようなことをしている。独身。
笠原薫
その建彦が誠也の還暦祝い会に連れてきたアクロバット・ダンサー姉妹の姉。芸名はナンシー笠原。実は佐竹彦太の曽孫(ひまご)。建彦との関係はワケアリ気味。
笠原操
薫の妹。芸名はカロリン笠原。一番最初の三重殺人事件の犠牲者の一人。
島原明美
佐竹彦太の曽孫にあたる、新宿のバー「BON・BON」のマダム。四十女。音禰曰く「脂肪のかたまりのような女プロ・レスラー」。
古坂史郎
その明美の情人。明美のことを「ママ」と呼ぶ。男らしいところが微塵もない二十歳前後の色白美少年。
佐竹由香利
佐竹彦太の玄孫(やしゃご。曽孫の子供)。佐竹家の嫡流(本家筋)にあたる。年齢十六・七で器量は悪くないがみすぼらしい身なり。池袋の見世物小屋オリオン座の曲芸師。
鬼頭庄七
由香利の養父。角刈り頭のいかにもソレっぽい、四十五、六の大男。やはりオリオン座の出演者。
根岸蝶子・花子
彦太の曾孫で双子の姉妹。年齢は音禰と同じくらい。浅草六区のストリップ小屋紅薔薇座の踊り子。芸名は姉の蝶子がヘレン、妹の花子がメリー。美しいが痴呆的で生気が欠けている。
志賀雷蔵
紅薔薇座のマネージャーで、蝶子・花子姉妹の愛人。四十五、六の精力的な男。
佐竹彦太
佐竹玄蔵の長兄で、佐竹由香利、笠原姉妹、島原明美、根岸姉妹の祖。すでに没。
佐竹善吉
佐竹玄蔵の次兄で、建彦叔父と音禰の祖。すでに没。
佐竹玄蔵
アメリカに渡って成功を収めた大富豪で、百億の遺産を残そうとしている人物(百歳近いがまだ存命中、ただしボケていて自分が深く関係した筈の「三つ首塔」についてはほとんど忘れている)。
武内潤伍
その玄蔵が最初遺産を譲ろうとしたが、箸にも棒にも掛からず追い出された人物。復讐を誓う三年前の脅迫状を最後に消息不明。生きていれば四十五、六歳になるはずで‥‥。
高頭俊作
音禰がこの人物との結婚を条件に遺産を贈られることになっていた素性不明の人物。いきなり殺されたが‥‥。
高頭五郎
その俊作のイトコを名乗る謎の男。年齢三十前後、長身でがっちりした体格の男ぶりのいい青年だが、どこかすさんだ雰囲気。「堀井敬三」「山口明」など幾つもの変名、変装、声色、言葉遣いを使い分け、強引にモノにした音禰を様々な試練や窮地や冒険へと巻き込む。
岩下三五郎
金田一と同業者の私立探偵。「上杉の伯父さま」が高頭俊作を探すために雇ったが、読者の前へ姿を現す前に三重殺人事件三人目の犠牲者に。
黒川
丸の内に事務所を構える弁護士。音禰に佐竹玄蔵の百億遺産相続の話を最初に知らせてきた人物。五十前後の紳士。
等々力
警視庁の警部。本シリーズではお馴染みの、今回の事件も捜査責任者。
今回の事件の謎も解く名探偵。ただし出番は少なめ。
余談
作者横溝正史自身は1976~77年に連載したエッセイ『真説 金田一耕助』の「私のベスト10」の中でこの作品を8番目にあげているが、7位までは自ら理由をつけて選んでおり(ちなみに『獄門島』『本陣殺人事件』『犬神家の一族』『悪魔の手毬唄』『八つ墓村』『悪魔が来りて笛を吹く』『仮面舞踏会』の順)、8位以降の三作『三つ首塔』『女王蜂』『夜歩く』は「文庫本の売れ行き」で決めたもの。