概要
本名:坪井令夫(1949年4月18日~)
1949年、中島郡今伊勢町(現在は一宮市)に誕生。
愛知大学を卒業するが就職に失敗し、1970年、「本願寺ぶるーす」(スリー・ステップ・トゥ・ヘブン)でデビュー(すぐ放送禁止となる)。
1972年、「ミッドナイト東海」(東海ラジオ)のレギュラー以降、本格的にDJとして活躍する。
同年、元スリー·ステップ·トゥ·ヘブンの奥山敬造、桑原宏司と「欲求不満フォークソング・ボーイズ」を結成。2年後に脱退しソロとなるが、音楽活動も本格化する。
数々の放送禁止楽曲を世に送り出した奇天烈シンガーソングライターの一面を持つ。発売20日で放送禁止になりながら今なお広く歌われているぎなた読みの歌「金太の大冒険」が代表作。
「名古屋はええよ!やっとかめ」は同じ愛知県出身の山本正之による作詞・作曲である。
DJがいかにブラック労働であるかを歌った「花のDJ稼業」が愛知県で愛唱されてDJ志願者を激減させ、愛知県のラジオはつボイが切り盛りしているという皮肉なことになった。
「レコードの針が飛ぶ」事故により「リラックスしたい 折角だから」の歌詞の「せっ」で「りらっ」の後にイってしまう、という手法をふんだんに使った「飛んでスクランブール」をCDで発表している。
出演番組
過去の出演番組
ハイヤングKYOTO(京都放送)
オールナイトニッポン(ニッポン放送)1977年9月~1979年3月(金曜1・2部→1978年10月より金曜1部担当)
声優の仕事
花のアナウンサー@プリンプリン物語