曖昧さ回避
概要
本来の名前はスメアゴル。自分でも一人称としてそう呼ぶ。
ホビット族の系統の一つであるストゥア族に属するのだが、一つの指輪の魔力に影響され、痩せ細りながらもぎらつくような渇望に囚われた、ぬらぬらした両生類のような容姿になった。
日本語版では「ゴクリ」となっているが、これは物を飲み込む(英語の)擬音からつけられた「ゴラム(Gollum)」というあだ名を、対応する日本語の擬音で翻訳したものである。映画『ロード・オブ・ザ・リング』では、日本語吹き替え版でも英語名に合わせて「ゴラム」となっている。
※以下、名前を「ゴクリ」と表記する。
元は中つ国の内陸部、アンドゥイン川の流域に住んでいたホビットであった。
……のだが、その居住地は、サウロンから一つの指輪を奪ったイシルドゥアが討ち死にした場所のすぐ近くであり、それがスメアゴルの運命を狂わせる。
ある日、友人のデアゴルが一つの指輪を手に入れて、指輪に魅了されたスメアゴルはデアゴルを殺して、指輪を奪い取った。そして指輪の魔力に蝕まれた末に一族から追放され、霧ふり山脈の地底湖に住み着く。その頃には既に肉体まで変貌して、しきりに喉を鳴らす「ゴクリ」(ゴラム)と化していた。
『ホビットの冒険』では地底湖でビルボ・バギンズに出会い、謎かけを仕掛けるが、直前に指輪を手にしていたビルボに出し抜かれてしまう(ただし、ゴクリは謎かけの結果に構わず後で食い殺すつもりだった)。「どろぼう」に対する「いつまでも、にくむぅ!」という悲痛な叫び声を残しながら。それでもビルボはゴクリに憐みを感じ、ゴクリを殺さずにそのまま逃げ去った。
なお、『ホビットの冒険』の方が『指輪物語』より先に書かれているため、執筆時点ではこれより過去や未来の話の設定はされていなかった(多分)。
その後、指輪への執着と、指輪から離されて回復した気力で、ゴクリは奪われてしまった指輪を探し回る。なお、500年もの間を指輪に囚われていたが、これも精神的にタフなホビットでしかなし得ない業であり、歴代の長期指輪保持者が全員ホビット族なのも無関係ではない。
- というか、力の指輪の魔力を他の者達が把握していて、サウロンよりも質の悪い悪になり得たから指輪を避けていた、という意見もある。
『指輪物語』の頃には、サウロンに拷問を受け、スランドゥイルに一時的に捕まったりしてから、フロド・バギンズの一行を見付けて、その後をつけていた。モルドールへ向かうフロドとサムに捕まり、道案内をさせられる。
このとき、フロドから自分のかつての名を教えてもらったことで、彼を信頼する正直者のストゥア「スメアゴル」が、指輪に魅了された邪悪な存在ゴクリから、別人格として分かれて発現。一時的に多重人格の状態になった。が、スメアゴルが一度はゴクリを追い払ったものの、それでも指輪の力に勝てず再び執着し始めフロド達を裏切ってしまう。
そして滅びの山で、指輪を滅ぼす直前で魔力に屈して正気を失ってしまったフロドに襲い掛かり、指輪をフロドの指ごと食いちぎって、喜んで跳ねながら足を滑らせ、指輪もろとも溶岩の中へ消えた。
ゴクリの存在なしには一つの指輪を滅することは叶わなかったため、仮に歴史が違う道を歩んでいても(e.g.もしサルマンが闇堕ちしなかったら)、指輪の破壊には繋がらなかったのではないかという意見もある (参照)。
何よりも重要なのはビルボとフロドの両者が、ゴクリが厄介な存在であるにもかかわらず、彼を憐れんで情けをかけて殺さなかったことが巡り巡って指輪の破壊に繋がったことであり、この「情け」と「運命と偶然の相互作用」こそが『指輪物語』の重要なテーマでもある。
パロディ
ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!では月亭方正がヤマラムとして演じている。
別名・表記ゆれ
余談
- 実写映画版のゴラムは、原作での描写でも小柄で恐ろしさが減った感がある。これは、キャラクター性を重視した上での措置だとされ、スマウグにも似たような措置が取られた。
あまり知られていないが、原作ではゴラムは人間の子供や赤ちゃんを何人も食い殺していたらしい。
関連イラスト
「ゴラム」か「ゴクリ」で検索すると、全ての作品を探せるが、唾をゴクリと飲み込む無関係な作品も引っ掛かるので避けた方が無難。