解説
原作はハリイ・ハリスンが1966年に発表した『人間がいっぱい』である。
監督は「海底二万哩」や「ミクロの決死圏」を手掛けたリチャード・フライシャー。
あらすじ
2022年、ニューヨークでは際限の無い人口増加によってあらゆる資源は枯渇。社会は荒廃していた。
人口爆発によって多くの人々が食品や住居を満足に得ることが出来ず、街はスラムと化し、「本物の肉や野菜」は一生のうち目にすることが出来るか否か、という超高級品に成り果てた。そして、その代わりとなる食品は「ソイレント社」が供給するクラッカー状の合成食糧のほかには、殆ど口にする事ができない有様であった。
一方で、特権的階級は巨万の富を以て、至上の価値を持つ「本物の肉や野菜」を味わう、極端な二極化社会となっていたのである。
ある夜、高級集合住宅で裕福な生活を送っていた弁護士のサイモンソン(ジョゼフ・コットン)が何者かによって殺害される。
殺人事件を担当する警察官 のソーン(チャールトン・ヘストン)は、同居人で相棒である老人ソル(エドワード・G・ロビンソン)の協力を得て捜査に乗り出すが、何度も妨害を受けた末に暗殺されかける。
執念深く捜査を重ねた末、ソーンはある真実に辿り着く。
事件の背景には……
原作との比較
原作小説「人間がいっぱい」は、人口爆発後の世界で主人公の刑事が小さな殺人事件を追いかけるという内容。
これに対して映画版は独自の展開が非常に多く、有名な結末部分も映画オリジナルである。
原作では「ソイレント」という単語は、ソイビーン(大豆)とレンティル(レンズ豆)に由来する造語で、植物性たんぱく質を用いた代用肉であり、普段から安価な炭水化物の食品ばかり摂っている庶民にとっては高級品で結構なご馳走とされ、ソイレントステーキやソイレントバーガーなどが登場している。
映画版には、大豆由来の合成食糧「ソイレント・オレンジ」が登場する。
一方、「ソイレント・グリーン」などというものは原作にはない(似たような形状の海草クラッカーは一般的な庶民の食べ物として登場する)。
原作にもプランクトンを素材にした食品は登場しているが、形状も名称もまったく違う「エナーG」という茶色い粒状の食品で、栄養価は高いがとてもマズい。
原作世界の状況
映画版に比べれば全体的には幾らかマシであり、市民の日常食は合成食品ではなく海藻クラッカーやオートミールなどで、かなり高価ではあるが豆乳や食用の淡水魚(ティラピア)くらいなら普通の市場でも売っている描写がある。
肉は市民の口には入らないものの、金持ちでさえ滅多に食べられないというほどまでに希少なものではなく、闇肉屋に行けば犬の足から牛のステーキ用肉まで売っている。
値段は200グラムほどのステーキ用牛肉で28ドル弱であり、ジャム一瓶が150ドルで牛肉はそもそも見ることすら難しいほど稀だという映画版に比べれば、まだマシな状況であることがわかる。
更に、一般市民であっても重病人がいる場合は、肉(大カタツムリの肉を加工したミートフレークだが)の配給が受けられるし、たんぱく質欠乏症の診断が下りた者に対しては、少量のピーナッツバターの配給もある。
アルコールも、ビールやウイスキーはかなり高価だが、ウォッカなら警官程度の身分でも買える。また主人公の同居人のソルが自家栽培したパールオニオンを添えてカクテル(ギブソン)を作るシーンがある。
現代への影響
原作におけるソイレントのようなものは、当時の欧米SF小説では「安価な家畜向け飼料を使って工場で大量生産されてる人工食料」といったニュアンスで、当時懸念されていた人口爆発を背景として割とよく登場する未来食の一種。
ただし、邦訳する際にこの映画の結末を見た人が誤解しないように「ソイレントxx」などの名前は避けることが多いそうな。
商品化(?)
2013年、ついにアメリカで本当にソイレントを作ってしまう人が登場した。
(外部リンク)肉や野菜を食べずに生きられるようにする新たな食品「ソイレント」とは
アレルギーフリー、大量生産可能、保存性良好、完全な栄養バランスを謳っている。
全世界からツッコミの嵐という形で反応があった後、製造元から原材料が発表された。
成分はオーツ麦・マルトデキストリン(トウモロコシ由来の多糖類)・玄米タンパク質分解物(必須アミノ酸9種)・キャノーラ油・魚油・食物繊維など。
映画のことは製造元も知っており、「ヒューマンフリー(トラウマ成分一切なし)なのでご安心ください」と公式に表明している。
ソイレントは粉末飲料とスナックバーが商品化されたが、食べて体調不良を訴える人が続出したため、2016年に販売停止となってしまった。
メーカーは内容物の藻類が体質に合わなかったことが原因と見ている。
完全栄養食への道はまだまだ長いようだ。