曖昧さ回避
ここでは1について説明する。
概要
1933年には世界初の水冷小型高速ディーゼルエンジンの自社開発に成功してから、発動機(エンジン)を主体として農機具や建設機械、小型船舶などの製造販売を行っている。
東京駅八重洲口に自社ビルを所有していることは有名で、2017年から建て替えを行っていた新社屋「YANMAR TOKYO」が2022年に完成した。
2013年より持株会社制に移行した。
社名の由来
社名のヤンマーの由来はオニヤンマやギンヤンマといったトンボの別名である『ヤンマ』から来ている。これは当初『トンボ』にするはずだったが、既にトンボを商標とした企業があった為トンボの別名であるヤンマをヤンマーにしたとのこと。
ヤン坊マー坊
上記業界関係者以外のPixiv利用者にとっては「ヤン坊マー坊天気予報」の一社提供スポンサーとして知られているものと思われる。放送開始は1959年。ヤン坊マー坊はこれをきっかけに誕生し、現在に至るまで同社のマスコットキャラクターとして活躍し続けている。
ヤン坊マー坊天気予報はゆうに半世紀を超える長寿番組であったが、1990年代の気象系業務の規制緩和をきっかけに、民間気象会社の発達や気象予報士などの気象系資格の登場により気象予報の環境が激変していった事から「役目を終えた」「気象(農業)にこだわらない次世代のイメージ戦略と業務形態へと社の在り方進化させるため」として2014年3月をもって終了した。
赤トラ
小林旭が歌うヤンマーのトラクターCM曲『赤いトラクター』はヤンマー社員が作詞している。
2006年に導入された藤商事の「CR 渡り鳥AKIRA」では「赤トラリーチ」があり、大当りが出ると赤いトラクターの曲と共に当時のCM映像が流れた。この映像にはヤンマーも協力をしている。
ヤンマー製の軽トラ
1960年10月から1962年5月にかけて、現在(2024年10月29日・JST)まで唯一、形式登録認定された「軽油で走る軽自動車」(ディーゼルエンジン車)である「ポニー」を発売したことがある。
ちなみに販売台数は650台。
ホビー化
昭和の時代にはダイヤペットやビッグワンガム等でYM系のトラクター(俗にいう赤トラ)がラインナップされていた。
近年ではトミカシリーズでトラクターやコンバインがラインナップされているほか、プラモデルメーカーのハセガワからは1/35スケールでトラクターのYT5113AとコンバインのYH6115Aが製品化されている。
訴訟問題
のちにチャンポンめんで知られる事になる兵庫県の製麺会社イトメンが1962年頃に「ヤンマー」の名の付くインスタント麺を販売し商標登録(麺類を対象)を出願し商標登録されたことで当時のヤンマーディーゼル側が特許庁に異議を申し立てて却下されるが、消費者が混同する恐れがあると表示差し止めの訴訟に踏み切った。
しかしながら神戸地裁、大阪高裁共ヤンマー社側の名称が広く認識されている等は認めるが(業種が異なるため)混同の恐れはないと判断しヤンマー社側の訴えを退けてイトメン社側の勝訴が確定した。
しかし、イトメンはその後(ヤンマー側の心情を慮るため、として)「ヤンマー」の名称の使用をやめている。
ちなみにイトメンが「ヤンマー」の名称を使用した理由についてはヤンマー社と同じ理由(当初はトンボラーメンとして発売していたが、トンボの商標が他社に使われていた)によるもので、そもそも何ゆえにトンボ(ヤンマ)を使おうと考えたかというとイトメンの本社が揖西村(現・たつの市)にあったため。揖西を含む「龍野地域」は童謡『赤とんぼ』の作詞者である三木露風(旧龍野町出身)の出身地である事から、これを由来にしたものであった。
なお、当時イトメンが出した「ヤンマーラーメン」の包装紙はこちらで見ることができる。
関連タグ
セレッソ大阪:ヤンマーディーゼルサッカー部の後身。公式サイト参照。
ガンバ大阪:前身の「松下電器産業サッカー部」(1980年・昭和55年)は、ヤンマーのBチームだった「ヤンマークラブ」(1972-1979年)の監督が活動停止をきっかけに設立。選手も5人移籍している。
天穂のサクナヒメ:ヤンマーが令和になってトレンド入りした理由。詳細はリンク先にて。