概要
ガルマを謀殺したシャア・アズナブルがガルマの国葬の中継を酒場で視聴していた際、彼の兄ギレンが発した「諸君らが愛してくれたガルマは死んだ!何故だ!?」との芝居掛った演説に対して答えた台詞である。
親友でもあり、また、父の仇であるデギン・ソド・ザビの息子でもあったガルマを偲んだ、シャアの複雑な心情があらわれた台詞とも言える。
名台詞の宝庫である機動戦士ガンダムの中でも最も有名な台詞の一つであり、公式非公式を問わずパロディされることも非常に多い。
なお上述のギレンの演説の返しであることから、ここで言っている「坊や」とはストレートに、シャアを無警戒に信じ過ぎた結果命を落としたガルマのことを指して嘲っているという解釈が一般的で、パロディネタにおいてもほぼその説が適用される(さらに別の場面でシャアがガルマを密かに「お坊ちゃん」呼ばわりするシーンがある)が、それとは真逆に「親友の命よりも自分の復讐心を晴らすことを優先したシャア自身の自嘲」とする説もある。
実際、シャアと同い年でジオン・ズム・ダイクン暗殺時にはまだ子供だったガルマがその陰謀に関与しているはずもなく、彼を殺害してもシャア自身にとってそこまで大きな意味はなかったと思われ、このシーンでもどこか意気消沈した様子だった。
さらに言えば当時シャアの直属の上司であったドズル・ザビは、それまでの功績からシャアを部下としてかなり評価して重用していたにもかかわらず、ガルマの戦死を知ると一転して彼を守れなかったシャアの処刑を主張しており、結局はデギン公王の裁定により左遷となったものの、直後にキシリア・ザビに拾われていなかったら現場から離れることを余儀なくされていた可能性が高い。この辺りの事情を踏まえて考えると劇中におけるシャアのガルマ謀殺は「ザビ家への復讐」という目的を遂行する上では計画性や実利が殆どなく、逆に自身の軍での立場や命を危うくするリスクばかりが伴う、かなり衝動的な行動であった可能性が示唆されている。
ア・バオア・クー攻防戦において兵に先んじて脱出しようとするキシリア・ザビを謀殺する際にも、キシリアに対して『弟の元へ送ってやる』ではなく、既にこの世に居ないガルマに対して『自分からの手向けである』と念じていたり、また後年シャアはドズルの遺児でザビ家最後の生き残りであるミネバを「無関係な子供」として復讐の対象とは見做さなかったばかりか終始慈しみの感情を持って接していたが、ガルマを手にかけた経験が影響した可能性もある。
総評すると、ザビ家という陰謀渦巻いて当然である権力者の家系にありながら「友人だから」という理由で自分を妄信してしまったガルマの純粋さへの嘲笑と、そんなガルマを「友人なのに」ほぼ無関係の復讐に巻き込み、にもかかわらず自棄酒をしながら嘲笑して強がって見せる自分への自嘲が入り混じったセリフと見ることができるだろう。
台詞の真意についての明確な答えが示されず、様々な解釈や考察ができるという特徴は「若さ故の過ち」などとも共通しており、シャア・アズナブルという複雑なキャラクターを象徴する名台詞の1つといえる。