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クワトロ・バジーナ

くわとろばじーな

クワトロ・バジーナとは、『機動戦士Zガンダム』の登場人物。
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「他に食べる方法を知らんからさ。
 だから、いまだに嫁さんも貰えん」

「まだだ!まだ終わらんよ!」

人物

CV:池田秀一
アーガマのMS隊隊長にして、エゥーゴの創立に初期から携わった幹部の一人。
その正体は旧ジオン公国軍において「赤い彗星」の異名で呼ばれた男シャア・アズナブルその人である。
クワトロ・バジーナという名は「キャスバル・レム・ダイクン」「エドワウ・マス」「シャア・アズナブル」に続く4つ目の名前という意味合いを持つ。
リック・ディアス百式を駆り、カミーユ・ビダンと共にエゥーゴとして戦い続けた。

一年戦争の後にアステロイドベルトの小惑星基地「アクシズ」に身を寄せ、そこでハマーン・カーンと恋仲になるが、ザビ家再興を考えるハマーンと政治的な思想から対立し離別。地球圏への偵察を名目にアクシズから離れる事となる。
地球圏に帰還した彼は連邦軍士官「クワトロ・バジーナ」の軍籍を非合法に入手、連邦軍の一員として活動するが、そこで地球圏の腐敗を目の当たりにした事でブレックス・フォーラらと共にエゥーゴを結成するに至る。

反連邦を掲げる組織の立ち上げに携わったものの、本人はそれまでのしがらみから逃れたい一心でいちモビルスーツパイロットの立場に甘んじていた。
一方で、様々な状況から時にクワトロという仮面を外し、シャアという立場に戻ってアムロハマーンを始めとするかつての宿敵達と相対する場面も見られたが、カミーユカイレコアなどそこに不満を抱く者も少なくはなかった。
周囲は本人の思いとは裏腹に、シャアのネームバリューとその生まれからくるカリスマ性の発揮を期待しており、やがてダカールで発生したブレックスの暗殺を契機に、「シャア」としてエゥーゴの代表とならざるを得なくなった。

エゥーゴの代表となった後は、ダカールの連邦議会を占拠し、自らの正体がシャア・アズナブルであることを公表、ティターンズがそれまで秘匿していた悪行を全世界に知らしめ、これを批判すべく演説を行った。

[祝!誕生日] シャア・アズナブル 2017


その演説の後、グリプス戦役はアクシズを交えた三つ巴の戦いに突入する。指導者シャアとして行動しなければならなくなった結果、コロニーレーザーを潰す為にかつて反発したハマーンに屈するも同然で頭を下げる等、どこか痛々しい姿も見せる様になる。
自分の元を去ってティターンズに裏切ったレコアには「世界が自分を中心に動いていると思うな」と批判され、彼女を自分の元へ引き込んだシロッコには「ニュータイプのなり損ない」とまで見下されながらも、自らの信じる「ニュータイプによる人の革新」の理念を貫こうとしたが、戦役終盤において、ハマーンとの戦闘の最中で行方不明となる。

グリプス戦役後は地下へと逃れており、この際にダカールでリィナ・アーシタを助けて妹のアルテイシアに彼女を託し、スベロア・ジンネマンにはミネバ・ラオ・ザビを預ける等、その足取りの一部を垣間見る事が出来る。

しかし、ハマーン率いるネオ・ジオンが壊滅した後は、ネオ・ジオン再興の為に暗躍。その後、再びシャアを名乗り地球連邦に宣戦布告する事になる。

一説には、グリプス戦役終盤でカミーユの精神が崩壊した事を感じ取った結果、「ニュータイプによる人類革新」が幻想にすぎなかったという現実に絶望し、これを期に新生ネオ・ジオンの総帥になったとされている。

劇場版では、親を殺されたカミーユにシャア・アズナブルを知っているかと切り出すのがエマ・シーンであったため、自嘲気味に語っていた。

名台詞

TV版

「この感触…アムロ・レイ…?ララァ・スンか?」
第1話、グリプスの偵察中、ニュータイプとしてのカミーユを察知した時の台詞。

「連邦軍はいつになったらここが地球と地続きでないという事が分かるのだ!」
第2話にて。宇宙空間に浮かぶ巨大な気密容器であるコロニーに穴が空けば深刻なダメージとなるにも関わらず、そこに住むスペースノイドのことなどお構い無しにMSで発砲してくる連邦軍に対し、クワトロは嫌悪感を顕にする。

「迷いは自分を殺す事になる!ここは戦場だぞ!!」
相手が肉親故の迷いから撃てずにいるカミーユに通信で飛ばした一喝。

「シャア・アズナブルという人のことを知っているかね?」
両親を殺されて荒れるカミーユに対して。カミーユからは「尊敬しているが、組織に一人で対抗しようとして敗れた馬鹿な人」という答えが返ってくる。この後、あくまで他人としてシャアを持ち出すクワトロに、結局カミーユは部屋を出て行ってしまう。

「他に食べる方法を知らんからさ。だから未だに嫁さんも貰えん」
カミーユから何故軍人をやっているのかをたずねられた時の返答。あえて俗っぽい内容で答えてはぐらかしている。
嫁さんも貰えない根本的な理由は、死んだ昔の恋人が忘れられないからである。

「直接、刃物を持って殺さないからさ。手に血が付かない人殺しでは、痛みは分からんのだ」
第7話にて、30バンチの惨状を見たカミーユに何故こんな非道な事ができるのかと尋ねられた際の回答。
最前線で戦い続けてきたクワトロ(シャア)の言葉だけに重みがある。

「軍隊っていうのは、ああいったものだ。アーガマでは君に甘すぎた。反省をしている」
第9話で、ミーティングの遅刻について身勝手な言い訳をしまくったためにウォン・リーの修正でKOされたカミーユが、ロッカールームで意識を取り戻した際にかけた言葉。
ララァの時のようにニュータイプの素養があるという事でカミーユを特別扱いをしていたが、彼の場合は逆効果だったらしく増長を招いてしまい、自分の指導の至らなさをクワトロも反省していた。

「今の私はクワトロ・バジーナ大尉だ。それ以上でもそれ以下でもない」
第13話にて、正体を隠すシャアに真偽を問うハヤトに対しての答え。
一見格好良いこと言ってるように見えるが、実際はシャアの名に纏わるしがらみや重責から逃れたい一心でお茶を濁しているだけ。

「これが若さか…」
既にバレバレにも関わらず、上記の気取った言い回しで自身がシャアであることを見苦しく誤魔化し続けたことで、とうとうキレたカミーユから修正の鉄拳を顔面に食らわされ、涙をきらめかせながら吹っ飛んだ時の台詞。
しがらみや責任といった大人の事情を恐れ、知らず知らずのうちに臆病になっていたクワトロにとって、後先考えず自分の感情に素直に動くことができるカミーユの若さはあまりにも眩しかった。
なお、この時クワトロ(シャア)27歳

「君を笑いに来た…そう言えば、君の気が済むのだろう?」
第15話にて、カラバに合流したアムロに「何故、地球圏に戻ってきたのか?」と問われて。
軟禁状態を理由に今まで何も行動を起こさなかったアムロの不甲斐なさを批判した言葉だが、内心ではアムロの心境を理解してはいた。

(どうしたのだ、アムロ君。こうして若者たちも戦っている。あの時の血の騒ぎはなくなったのか?)
無断出撃から帰還したカツをハヤトが修正する傍らで、逃げ出すようにその場を去っていったアムロの背中を眺めながら呟いた独白。
口では何だかんだと辛辣な言葉で尻を叩いていたが、内心では彼の再起を信じている事が伺える。

「今日の都合で魂を売った人々の決定などは、明日にも崩れるものさ」
第24話にて、フォンブラウンにおける議会により、地球連邦軍がティターンズの管轄下に置かれる法案が決定する瞬間を眺めて。
連邦の信念の無い腐敗した体制にうんざりしてはいるが、そのお陰でエゥーゴが逆転できるチャンスもまだあるのだ。

「よくもミネバをこうも育ててくれた!偏見の塊の人間を育てて何とするか!」
アクシズの指導者としてミネバに対する教育、というよりクワトロ(シャア)のミネバに対する将来の期待をハマーンが踏みにじったことに激昂した際の怒りの一言。
クワトロはここでハマーンに掴みかかろうとして彼女の護衛に止められており、しばらく後のアクシズ脱出時に彼女と対峙した際には「死んでもらう」とまで言い切っている。クワトロ(シャア)が本気で怒りを剥き出しにした、シリーズを通してみても珍しいシーン。

「私はザビ家とは関係ない。私は、いつも独りの男だった」
レコアから「ザビ家再興が目的ではないのか?」と尋ねられた際の答え。
両親を早くに喪い、妹・アルテイシアとも離別、ガルマ・ザビとの友情は彼の一方通行に等しく、心を許した恋人ララァにもすぐに先立たれた彼の心は孤独に苛まれていた。
ただ、クワトロとしてはそんなつもりは無かったのだろうが、恋人までとは行かずとも曲がりなりにも男女の仲にあるレコアに対して「自分はいつも独りだった」というのは、彼女の存在を蔑ろにしているにも等しいあまりに迂闊な失言であった。しかも本心を漏らしているだけに、余計にタチが悪い。
この発言が、レコアがクワトロに愛想を尽かしてティターンズのシロッコの下に走ることになった遠因とも取れる。

「サボテンが、花をつけている…」
第34話にて、レコアがヤザンに撃破されて消息を絶った後、無人となったレコアの部屋でカミーユに彼女をぞんざいに扱っていた事を非難されて殴られた時に、彼女が育てていたサボテンの鉢を見て呟いた台詞。
あまりの脈絡の無さからガンダム史上でも特に意味不明な台詞として取り上げられる事が多いが、実はコレ、サボテンの花がレコアの充足感を暗喩する言葉となっている。「レコアがエゥーゴにいた時には咲かなかった花が、ティターンズに渡ったタイミングで咲いた」というのがポイントである。
レコアはまだ死んでいない事、そして結局エゥーゴで花を咲かす事が出来ず自分の下から去ってしまった事をクワトロは察する。

「戦いの中で人を救う方法もあるはずだ!それを探せ!」
第36話、フォウと戦う事を拒むカミーユに対して。
台詞の意図としてはカミーユを戦わせる事だが、そこにはかつての自分の経験ゆえの願望もあったのだろう。なお、当のカミーユからは「あるわけないだろ! クワトロ大尉のいう事の方がよっぽど理想論!」と返されている。

「同じ、か…」
「カミーユ。かわいそうだが、君はまだ死ねない体だ。戦士は、生きている限り戦わねばならんのだ…!」
フォウの遺体を抱えて咽び泣くカミーユを見て、搾り出した言葉。
かつての自分とアムロ、ララァと同じ悲劇がまた繰り返されてしまった。

「私はかつて、“シャア・アズナブル”と呼ばれていたことがある男だ!」
第37話での、ダカール演説での台詞。ブレックス准将が暗殺されたことで、半ばなし崩し的に正体を明かさざるを得なくなってしまったためか、覚悟を決めたというよりはどこかヤケクソ感が漂う。

「地球の重力を振り切った時、人は新たなセンスを身につけた。それがニュータイプへの開花へとつながった。そういう意味では、確かに宇宙に希望はあったのだ」
第38話にて、ダカール演説後、アウドムラのシャトルで宇宙に戻る際、重力圏を出る際の加速Gを感じながら同乗するカミーユに語った言葉。
一昔前の人々はこの何倍ものGに耐えながら、希望の大地があると信じて宇宙に出た。自分たちを宇宙に追いやった地球のエリートを憎む事より、その方がよほど建設的だと考えたからだと。

「新しい時代を作るのは老人ではない!」
シロッコとハマーンを倒すための捨石になろうとしていたカミーユを一喝して。
カミーユはクワトロに世界を救ってほしかったが、クワトロはカミーユが自分と共に世界を救う事を望んでいた。だが…。

「まだだ!まだ終わらんよ!」
ハマーンと戦闘で、追い詰められた時の台詞。

外部作品

「いくら希望を見出しても、地球の重力に魂を引かれた者達のエゴに押しつぶされ、結局はこんな哀しみだけが繰り返されていく……ならば!
PS版『機動戦士Ζガンダム』のシャアシナリオのEDにおける台詞(Gジェネレーションシリーズでも使われている)。
カミーユの精神崩壊を感知し、「ニュータイプによる人類革新」という望みを打ち砕かれて絶望したクワトロは、新生ネオ・ジオン総帥「シャア・アズナブル」となる…。

なにも考えず走れ!!
ガンダム無双にて。

関連イラスト

クワトロ大尉
クワトロ・バジーナ



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機動戦士Ζガンダム リック・ディアス 百式 シャア・アズナブル 池田秀一

ジャミル・ニート

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