ピクシブ百科事典

大典太光世

おおでんたみつよ

天下五剣の一つに数えられる名刀。 足利将軍家の秘蔵の品で、後に前田利家の下に渡る。 抜群の切れ味を誇るほか、強大な霊験を宿している。
目次[非表示]

大典太光世とは、日本刀でも名のある一振りの太刀である。

概説

平安時代の名工・三池典太光世(みいけでんたみつよ)の作。
長さ66.1cm、銘は「光世作」。深く反り込んだ堂々とした佇まいから「大典太」の号が与えられた。
のちに「天下五剣」の一つに数えられた。

三日月宗近と並ぶ足利将軍家の宝刀で、将軍家の没落により豊臣秀吉に献上され、さらに秀吉が前田利家に与え、以後は前田家の家宝となった。
現在は国宝に指定され、石川県立美術館に保管・展示されている。

逸話

切れ味

江戸時代になって試し切りが為されたことがあり、試し切り用の罪人の遺体を三つ重ねたところ、二つ目までを切断して三つ目の背骨で止まったという。
童子切安綱の「遺体を六体重ねて輪切りにした」という異常な切れ味を誇った逸話に比べるとインパクトは薄いが、“製作から700年経ってこの切れ味を保っていた”と考えると恐るべき入れ味といえよう。

前田家所蔵の経緯

前田利家が大典太を得たのには以下二つの逸話が存在する。

肝試し

あるとき、武将たちの間で――
伏見城の千畳敷(≒大広間)を深夜に歩くと、何者かに刀のを掴まれ身動きでくなる」
…という、怪談が広まり始める。
そして秀吉と利家、加藤清正がこの噂を聞き付けた際、利家が――
「怪談に怯えていて大名が務まるものか。俺が行って確かめてやろう」
…と、豪胆にも自ら肝試しを決行。
清正から軍配を借り(一説に自身の扇子)、それを置いて帰ってくると宣言した。
親友の身を案じた秀吉は、お守りにと大典太を持たせて利家を見送った。
結局、何も起こらず、以来怪談も消え去っていった。
居城である伏見城の怪談を払拭してくれた礼として、秀吉は利家に大典太を授けたという。

病魔払い説

あるとき、利家の娘・豪姫が重い病にかかり臥せってしまった。
これを不憫に思った利家は、秀吉に頼み込んで大典太を借り、豪姫の枕元に守り刀として置いた。すると病は三日後には好転し、利家は大典太を秀吉に返却する。
ところが、大典太を返した途端に姫の病は再発。
仕方なく利家はまた秀吉に大典太を借り、病が好転すると返却し……、とこれを繰り返し、さすがに秀吉もこの堂々巡りを煩わしく思ったか、古くからの誼として大典太を利家に贈り、以後豪姫は病から脱して健やかに過ごしたという。

700年の霊験

大典太光世には、「病魔を払った」のような不思議なパワーを示す逸話があるが、もう一つその霊験を示す逸話がある。

前田家は大典太のために特別な蔵を建造し、そこに祀るように保管した。
時折、が蔵の屋根に止まろうとするのだが、屋根に降りると雀はそのまま急死して屋根から落ちていったという。それゆえに、大典太の蔵の周りは雀の死骸がよく転がっていたらしい。

関連タグ

武器
日本刀 天下五剣

pixivに投稿された作品 pixivで「大典太光世」のイラストを見る

このタグがついたpixivの作品閲覧データ 総閲覧数: 14583658

コメント