「少女」と「僕」の不十分な無関係。
僕はこの本を書くのに、10年かかった。
概要
講談社から2011年に発行された小説。著者・西尾維新の持ち味である「言葉遊び」「多彩なキャラクター」「キャラクター同士の掛け合い」「独特のネーミング」などの要素は少なく、他の作品に比べると異質な存在と言える。
カバーイラストは碧風羽が担当した。
後にはっとりみつるによってコミカライズ化。2015年に『週刊ヤングマガジン』(講談社)で連載され、単行本全3巻が発売した。
あらすじ
悪いがこの本に粗筋なんてない
これは小説ではないからだ
だから起承転結やサブライズ、気の利いた落ちを求められても、きっとその期待には応えられない
これは昔の話であり、過去の話であり、終わった話だ
記憶もあやふやな10年前の話であり、どんな未来にも繋がっていない
いずれにしても娯楽としてはお勧めできないわけだが、
ただしそれでも、ひとつだけ言えることがある
僕はこの本を書くのに、10年かかった
20歳の大学生「僕」と「少女U」の交流を、小説家になった30歳の「僕」が一人称形式で語っていく。
著者の西尾自身も十周年が近い(2002年2月デビュー)時に刊行され、作中での描写からあたかも私小説のような印象を与える作品だが…。
登場人物
「僕」
主人公にして語り部の男性で、自身のトラウマとなった出来事を語る。
10年前の大学時代に目の前で起きた交通事故をきっかけにUと出会い、彼女の自宅に誘拐・監禁されてしまう。
その理由は「Uを見てしまった」から。
「あなたは私を見たから」
「こうするしかないんです。閉じ込めて飼うしか」
そうカッターナイフを手に脅され、なぜか両親が家に帰ってこない、幼い誘拐犯との共同生活を送ることになるが…。
U・U(仮名)
「僕」を誘拐した少女。事件当時は小学4年生。作中では「育ちの良さそうな外見」と表現されるだけだが、カバーイラストや漫画版では黒髪ロングの美少女として描かれている。
一緒に並んで下校していた同級生が交通事故で亡くなり、その現場で行った自身のある行動を目撃した「僕」を自宅の物置に監禁する。
「僕」の印象通り礼儀正しい性格のようだが、ゲームをきちんとセーブしてからトラックに轢かれた友人に駆け寄ってその頭を抱いて泣き叫ぶ、挨拶に異様にこだわるなど、どこか奇妙な一面を見せる。
「ごはんを食べる前にはいただきますでしょう!」と、「僕」が食前の挨拶をしなかった時には癇癪を起こすこともあった。
ネタバレ
この先、物語の核心に関わるネタバレを含みます。「少女不十分」読後に閲覧してください。
誘拐当初は特に危害を加えられる訳でもなく、食事はUが学校から持って帰ってきた給食を与えられ、物置の中でペットのような生活を送っていた「僕」。
ある時にはUがいない隙に物置からあっさり脱出できたものの、彼女の家を見渡してただならぬ空気を感じ、そのまま逃げ出さず物置に戻ることにする。
それを繰り返すうちに二人の間には不思議と信頼関係が生まれ、給食を二人で分けるだけではお腹が空くためUにお使いを頼んだり、監禁で「僕」の臭いが気になった彼女にお風呂に入れられたりと、少しずつ監禁生活にも変化が現れていた。
だが、Uの家を探索する中で「僕」はある秘密を知ることになる。
それは、Uの部屋で見つけた1冊のノート。Uの両親は娘を厳しくしつけており、生活する上での「決まりごと」を自由帳に書いて守らせていた。一つひとつは特別な内容ではないものの、
「おはようございますということ」「いってきますということ」「いただきますということ」「テレビは一日一時間にすること」「自分の部屋は自分で掃除すること」「休日もいつも通りに起きること」「鍵をなくさないこと」「遊んだ時間の分だけ勉強をすること」「宿題をすること」「毎日お風呂に入ること」「人の話はしっかり聞くこと」「読みかけの本を出しっぱなしにしないこと」「ゲームをやりっぱなしにしないこと」「ペットの面倒をちゃんと見ること」…
など、尋常ではない文量で書かれているものだった。Uはノートに書かれたルールをその順番で守っており、「僕」が目撃した交通事故での対応もそのノートに書かれていたことを忠実に守ろうとしたことで、トラックに轢かれた友人よりもゲームのセーブを優先していた。
また、日常的に虐待を受けており、「僕」が(不可抗力で)Uと共に入浴した時には身体中の青痣や切り傷を見ている。
さらに、帰る気配のなかったUの両親は自宅の二階でお互いの首を絞め合って亡くなっていた。今まで「僕」が感じていた独特の雰囲気は死臭だったと思われる。また、両親がこうなった詳細についても一切明かされていないのだが、恐らくはUの教育に失敗してしまった原因をお互いに擦り付けあった末の喧嘩が拗れた為だろうと「僕」は推測している。
二人についてUは「パパとママはいなくなった」と話し、毎日その遺体がある部屋に挨拶して学校に行き続けていた。食事は冷蔵庫にあったもので済ませ、生肉もそのまま食べていたようだが、それも尽きてからは学校の給食だけで生活していたという。
全てを知った「僕」はUの元を去る前に様々な物語を聞かせているが、それぞれ西尾維新作品が元になっている。
「少女不十分」での紹介 | 該当作品 |
---|---|
言葉を頼りに生きる少年と青い髪の天才少女の物語 | 戯言シリーズ |
妹を溺愛する兄と曖昧を許せない女子高生の物語 | 世界シリーズ |
地球を救おうとする小学生と夢見る魔法少女の物語 | 新本格魔法少女りすか |
家族愛を重んじる殺人鬼と殺しに惹かれるニット帽の物語 | 人間シリーズ |
化け物を助けた偽善者と彼を愛した吸血鬼の物語 | 物語シリーズ |
映画館に行くことを嫌う男と彼の十七番目の妹の物語 | ニンギョウがニンギョウ |
感情のない大男と感情まみれの小娘の物語 | 刀語 |
挫折を知った格闘家と挫折を無視する格闘家の物語 | 蹴語 |
売れてしまった流行作家と求職中の姪っ子の物語 | 難民探偵 |
奇妙に偏向した本読みと本屋に住む変わり者の物語 | なこと写本 |
失敗ばかりの請負人と振り回される刑事の物語 | 哀川潤の失敗 |
意志だけで生き続けるくのいちと見守られる頭領の物語 | 真庭語 |
そして、監禁生活七日目。近隣住民からの通報によってUの自宅に警察が踏み込み、長く短い監禁生活は終わりを迎える。同時にUは保護され、「僕」は本格的に小説家としての道を歩むことになった。
エピローグでは現在の「僕」こと柿本が、新しく担当になった女性・夕暮誘(ゆうぐれゆう)と顔を合わせ、“初めての挨拶”を交わすところで物語が終わる。
「こんにちは。私は夕暮誘といいます」
「これからよろしくお願いします。楽しいお話を沢山聞かせてくださいね」
不自由帳
以下、ネタバレ注意
監禁生活を送る中で「僕」が見つけたノートのこと。Uの両親が自由帳に「決まりごと」を書き、自分の娘に守らせるためのものだったが、多くのルールで縛り付けるような内容から「不自由帳」と称されている。以下の内容はほんの一部とのこと。
- 『おはようございますと言うこと。』
- 『いただきますと言うこと。』
- 『ごちそうさまと言うこと。』
- 『いってきますと言うこと。』
- 『いってらっしゃいと言うこと。』
- 『お帰りなさいと言うこと。』
- 『初めましてと言うこと。』
- 『ありがとうございますと言うこと。』
- 『お邪魔しますと言うこと。』
- 『こんにちはと言うこと。』
- 『さようならと言うこと。』
- 『テレビは一日一時間以上見ないこと。』
- 『自分の部屋は自分で掃除すること。』
- 『廊下を走らないこと。』
- 『ちゃんと学校に行くこと。』
- 『人からお金やお菓子をもらわないこと。』
- 『休日もいつも通りに起きること。』
- 『鍵をなくさないこと。』
- 『遊んだ時間の分だけ勉強をすること。』
- 『宿題をすること。』
- 『毎日お風呂に入ること。』
- 『人の話はしっかり聞くこと。』
- 『読みかけの本を出しっぱなしにしないこと。』
- 『ゲームをやりっぱなしにしないこと。』
- 『ペットの面倒をちゃんと見ること。』
- 『謝られたら許してあげること。』
- 『パパやママの見ていないところでも、ちゃんといい子でいること。』
- 『悪いことをしたら罰を受けること。』
- 『親には従うこと。』
- 『親を尊敬すること。』
- 『自分の正体を知られないこと。』
関連イラスト
関連タグ
リコーダー:作中では本来の用途ではなく、Uが「僕」が乗る自転車の後輪に投げ込み、わざと転ばせるために使用している。