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概要

修験道の開祖役小角と、加賀の白山に霊場をひらいた泰澄が山城国の愛宕山に登った際、この山の大天狗愛宕太郎坊と出会い、朝廷から許可を得てこの山の「朝日峰(あさひみね)」と呼ばれる場所に神廟を建立したのが愛宕山信仰の起源とされる。
第49代天皇光仁天皇の命により、この山の五つの場所に中国仏教の聖地である「五大山」になぞらえた愛宕五坊という五つの寺院が建てられた。
朝日峰の愛宕権現白雲寺・大鷲峰の月輪寺・高雄山の神護寺・竜上山の日輪寺・賀魔蔵山の伝法寺である。
山岳信仰の神としての愛宕山の神は神仏習合の思想のもと、菩薩の化身を意味する「権現」の名をつけて呼ばれ、「愛宕権現」さらに尊んで「愛宕大権現」「愛宕山大権現」と号された。この他の表記として「阿太子山権現」がある。

本地仏と垂迹神

本地仏は地蔵菩薩の武装形である勝軍地蔵。愛宕信仰においては神体として勝軍地蔵を模した仏像が設置された。脇侍としては不動明王毘沙門天が一般的だった。それらは神仏分離、廃仏毀釈により取り除かれることになるが、その一部は現存している。
明治時代に廃絶された白雲寺にあった勝軍地蔵像は現在、京都市西京区大原野の金蔵寺にある。

垂迹とされる日本神話の神としてはイザナミ、あるいはヒノカグツチが配される。
ヒノカグツチ同体説を記す文献として『雲陽誌』、イザナミ同体説を記す文献として『愛宕山両社 太々百味略縁起』がある。
この背景から現在でも、日本各地の愛宕神社にはヒノカグツチ、イザナミ、あるいは双方が祭神として祀られている。

図像表現

愛宕権現は本地である勝軍地蔵そのままな姿で描写され、また、白馬に騎乗した愛宕権現(勝軍地蔵)を中心とした「愛宕曼荼羅」が存在する。

愛宕権現の向かって左上に剃髪した比丘形の、一般的な地蔵菩薩。右上に僧正の服装をした愛宕太郎坊。向かって左下に毘沙門天。右上に不動明王。
この五人からみて下側に役行者と従者の前鬼後鬼を配する。
さらにその下には二頭の唐獅子がおり、向かって左側の獅子は一本の角を生やしている。

関連タグ

修験道の権現:蔵王権現 金毘羅権現

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