明正天皇
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めいしょうてんのう
明正天皇とは日本の第109代天皇。歴代で9人目の女性天皇である。
生没年 元和9(1624)年~元禄9(1696)年
在位 寛永6(1629)年~寛永20(1643)年
諱 興子(おきこ)。
第108代天皇・後水尾天皇の第2皇女。母は江戸幕府・2代将軍徳川秀忠の5女和子で、初代将軍・徳川家康の曾孫、3代将軍・徳川家光の姪に当たる。
歴代で9人目となる女性の天皇であり、寛永6年に父の譲位を受けて即位したが、称徳天皇以来859年ぶりの女帝即位となった。
これは後水尾上皇に皇子がいなかったことが原因であったため、即位時に主だった公家に対し「女帝即位は一時的なもの、皇子誕生の暁には譲位させる」との覚書が発布されており、あくまでもワンポイントリリーフ的な扱いとなった。
日本の歴史上、将軍家を外戚に持った唯一の天皇である。源頼朝や足利尊氏も自分の力を朝廷にも及ぼすために自分の娘を天皇の妃にしようと計画して失敗し、徳川秀忠に至ってついに自分の娘を天皇の妃にし、なおかつその子供を天皇の位に就けることに成功した(ただし、秀忠死去のことになる)。しかし、将軍家の血を引く天皇が実際に誕生したことで、反対に幕府内部に影響を与えることを警戒する事態を招き、これ以降将軍の娘を天皇の妃にする計画は立てられることは無くなった(天皇の娘を将軍の正室に迎えたことはある)。
在位中は後水尾上皇の院政が敷かれ、寛永20年に異母弟の素鵞宮紹仁親王に譲位した。
元禄9年、74歳で崩御した。
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