概要
女優になることを夢見る女性朝日奈奈々は、尊敬していた演技の先生を未確認生命体=グロンギに殺されてしまう。無念の死を遂げた先生の為にも努力を重ねていた奈々だが、彼女が受けたオーディションの課題は「好きな人を目の前で未確認生命体に殺されたときの芝居」だった。
更に、同じオーディションを受ける女性から「実際に先生を殺された経験が演技の役に立ちそうで良かったね」という悪質な嫌味を吐かれてしまう。
その嫌味に深く傷ついた奈々は、普段の朗らかな様子からは想像できないほど激怒し、「誰かを殺してやりたいと思ったことってある?」、「(嫌味を吐いた女性を)引っ叩きにいってもいいですよね!?」などと発言するが、奈々の知人である五代雄介=仮面ライダークウガは、「許せないねそれは……」「だから行くべきだと思う!」と、奈々の憤りに共感しながらも、
「でも、俺はこれ(拳)を使ってすごく嫌な気持ちになった。大事なのは『間違えてる』ってことを伝えることじゃないかな?」「こう(殴)したら、こう(殴)来るかもしれないだろ?そしたら、またこう!こう!(殴り合い)ってならない?」
と続け、暴力を振るっても問題は解決しないことを伝えようとした。
彼は悪質なグロンギとの戦いで憎悪に支配された経験があり、憎しみに支配されたまま暴力を振るうことの危険性と虚しさを、身を持って味わっていたのである。
しかし、雄介がクウガとしてグロンギと戦っているという事情を知らず、彼のことを暴力とは縁遠い気楽な人間だと思い込んでいた奈々は、雄介の言葉を誰にでも言える他人事の慰めと受け止め、「さっきから五代さんの言ってること、綺麗事ばっかりやんか!!」と絶叫してしまう。
雄介もまた「うっ……そ、そうだよ!」と彼女の指摘を半ば認めながらも語った。
「でも!だからこそ現実にしたいじゃない!本当は綺麗事が、いいんだもん!!これ(拳)でしかやり取りできないなんて、悲しすぎるから!!」
誰よりも暴力を嫌いながら、人間と同質の存在であるグロンギを殺害する形でしか人々の笑顔を護れない雄介。彼は自分の言葉や考えが綺麗事に過ぎないことを自覚しながらも、奈々が暴力に手を染めたり、言葉で分かり合える人間との対話を拒絶することを善しとはしなかったのである。
幸い、雄介の痛切な言葉は奈々の心にも届き、彼女は暴力的衝動を押し殺して件の女性と対峙。対話の末に和解を成し遂げている。
……また余談だが、最終決戦の最中に変身を解除された雄介は、涙を流し、悲痛な泣き顔を浮かべていた。綺麗事が通じないグロンギとの闘いの中、彼は常に流される涙を仮面で隠していたのだ。
優しさと本音の間で
殺戮を繰り返し、人々から笑顔を奪うグロンギから皆を守るために戦い続ける雄介だが、本来彼自身は他者を傷つける暴力を嫌う性格である。
それは敵であるグロンギ相手でも例外ではなく、例え人々を守るという理由があっても力を振い敵を殺すことに本質的な抵抗感を抱え続けていた。
また自分の身体が生物兵器に変わっていく事に対する恐怖も感じているはずなのだが、皆に心配をかけまいと人前では笑顔を絶やさず「大丈夫」とサムズアップをしてみせていた。
皆の笑顔のために嫌いな暴力を振るい、恐怖に耐える――この強く、優しい心が雄介の魅力である。
だが、ゴ・ジャラジ・ダとの戦いでは、相手のあまりにも残虐なゲゲルのやり口に憤り、それまで心の奥に溜まっていた怒りや憎しみが爆発。
初めて“誰かを守るため”ではなく“誰かを殺すため”に戦った。
そしてこの時雄介は“黒い4本角のクウガ”の幻を目撃。
その姿は、激情に身を任せ殺意をぶつけるために敵を屠った数秒前の自分自身と重なっていた。
この出来事は彼の心に大きな傷を付け、戦った後に笑顔もサムズアップもなかった。
そしてこれ以降、雄介は憎しみに飲まれることを本能的に警戒するようになり、碑文の警告で黒いクウガの存在とその発動条件を知ってからは戦闘中も怒りや憎しみに注意するようになった。
実際、ゴ・バベル・ダの挑発紛いの台詞を聞いた時に湧き上がった怒りを抑えた事もあり、OPでも手枷のような演出が加わっている。
こういった自身の優しさ故の苦悩を抱えながら「みんなの笑顔を守る」という決意のために戦い続けた彼の心中は察するにはあまりある。
特に終盤、他人の心ない言動に傷つき殺意を覚えてしまった奈々に投げかけた綺麗事とも取れるこの言葉は、優しい綺麗事から最も遠い暴力の中に身を置き続けなければならない自分自身への言葉でもあったのかもしれない。
劇中では彼の心の強さ、優しさといった面が多く描かれ、ある種現実味のない人格者のように捉えられてしまいやすいが、随所で垣間見せる他人を元気づけるための強がり、そして上記の幻影や綺麗事の件からも分かる通り、あくまで彼は過酷な現実の中で理想を捨てず歩き続け同時に傷ついている一人の青年でしかないのである。
蝶野潤一にぶん殴られた椿秀一は、潤一に向けてこのような言葉を送っている。
「俺を殴ってどんな気がした? 嫌な感じがしただろう?それをあいつはずっとやってるんだよ。体が自分のものじゃなくなるかもしれないっていう恐怖の中で弱音も吐かず、みんなの笑顔を守るためにな」
関連タグ
ン・ダグバ・ゼバ:未確認生命体第0号であり、劇中では笑顔を浮かべながら五代と殴り合う等、皮肉にも「これ(拳)でしかやり取りできない相手」とも呼べる。
ハートの主張、可愛くてごめん(漫画):雄介のこのセリフを真っ向から否定してしまった恐ろしい世界線。あちらでもまた「本当は綺麗事の方がよっぽどいい」「でも綺麗事はこの世界じゃ通用しない」という強い風刺とメッセージが込められていた。雄介がこの恐ろしい世界線を見ていたら、果たしてどうなっていたのであろうか……。
涼海ひより・こちらは雄介とは真逆にラスボスとの殴り合いを経て、皮肉にも「綺麗事を本当に実現してしまった」人物。黒いクウガのようなものにはならなかったが、あちらも雄介と同じく暴力を嫌う人物でもある。
本願ぼこり:雄介のこのセリフを曲解すること。本台詞は綺麗事そのものを肯定しているわけではない。