物語ができるまで
ものがたりができるまで
長いネタバレに注意。
2010年07月01日にニコニコ動画へ投稿された、小雨大豆と酔狂倶楽部制作【酔狂文庫:【ショートショート】物語ができるまで】内のショート動画『物語ができるまで』
物語(ネタバレ)のはじまり、はじまりに注意。
※メイン画・記事内の画像はイメージです。
物語ができるまで
昔々の大昔。まだこの世に鬼という生き物がいた時代のお話です。
物語の始まりの始まりは、大きな崖の上に造られたとある大名屋敷。
そこには桃色の髪が混じる黒髪の艶やかな長髪に色とりどりの十二単を身に纏う、一人の姫様がおりました。その姫様はたいへん美しく、その美貌は百集歌にも歌われるほど。
その評判から姫様は、人々から敬愛と親愛の念を込められ"百姫様(ももひめさま)"と呼ばれておりました。
この百姫様。美しいのは見目(みめ)だけでなく、心も大変美しいお方で―
そのため百姫様の元には毎週、いや毎日(まいじつ)、貴族、平民問わずに姫様への求婚を願う者が訪れました。
しかし当の百姫様(ももひめさま)は色恋沙汰にはあまり興味がないようで…
それはきっと百姫様が殿方よりも、お父上様とお母上様の事を…一番に愛しておられたからなのでしょう。
しかし……悲劇というものは突然に訪れるもの。
その百姫様のお父上様とお母上様が、ある日突然病に倒れてしまわれたのです。
さらにそれに重なるように悪天候が田畑を枯らし、
国中(くになか)を大飢饉が襲いました…。
都に住む者は病に侵され…。
また飢えに苦しみ、生人(いきびと)が死人(しびと)を貪る有り様…。
そして、この黒い影は百姫様(ももひめさま)のお屋敷をも飲み込んでしまいます。
お父上様とお母上様の病を治す薬は、非常に高価な物であったため、あっという間に百姫様の住まうお屋敷のお金が無くなってしまったのです。
しかし、いくら高価な薬を使えども、お父上様とお母上様の病は良くなる気配をみせません。だからといって、心優しき姫様がお父上様とお母上様を、そのまま放っておく事など出来るはずもなく…。
そこに現れたのは一人の大名を名乗る大男。
その姿は酷く醜く、その体は太って潰れた無花果(いちじく)のよう。顔はガマを牛車(ぎっしゃ)で引き潰したようにぐしゃりと崩れ…。
そして何よりその性格は……外形以上に酷いものでした。
しかし、その男にも一つだけ取り柄がありました。
それは大金持ちだという事。
" お金があれば、父上様と母上様を助ける事ができるかもしれない。"
そう思った百姫様(ももひめさま)は嘆くことも無く、そのさもしい男からの求婚を受け妻となる事を決めたのです。
こうして…
〝 百姫様の地獄が始まりました 〟
百姫様(ももひめさま)の夫となったその男は、百姫様の屋敷に居着くと毎日のように宴を開き、酒を浴びるように呑んでは大暴れ。
ある時は余興だと言って、庭に虎を放って庭師を襲わせ…
またある時は馳走だと言って、姫様の可愛いがっていた猫を鍋にしてしまいました…。
男は百姫様が悲しむ度に大喜び。
百姫様が嫌がる度に大暴れ。
そんな男の傍若無人な振る舞いに耐えらきれなくなりそうな時、百姫様は病で臥せるお父上様とお母上様の顔を見に行きました。
お二人とも布団から頭だけを出したままで、お父上様とお母上様は百姫様(ももひめさま)にこう言います…
『もう少しの辛抱だ。頑張りなさい。頑張りなさい百姫(ももひめ)よ。』
姫様はその言葉を支えに男へ尽くす日々を過ごします。
ある時、百姫様にとある変化が起きました。それは軽い目眩から始まり、気だるさに体が重くなり、姫様は遂に自分の身も病にかかってしまったのかと思いましたが…
そのお腹が膨れるようになって初めてその正体に気づきました。
そう。百姫様(ももひめさま)のお腹の中には、お子が宿っていたのです。それを知った姫様の心を真っ黒い気持ちが押し潰します。
" 我が身に宿ったい忌まわしい男の命。 "
けれども心優しき姫様がその命を憎む事など出来るはずもなく、ぐるぐると渦巻く重い気持ちの中、それでも百姫様はお父上とお母上を喜ばせようと、病で床に臥(ふ)せたままのお二人に子どもが出来た事を嬉しそうに伝えました。
しかし、お父上様とお母上様は百姫様(ももひめさま)のその話を聞くと…
『もう少しの辛抱だ。頑張りなさい。頑張りなさい百姫(ももひめ)よ。』
と、いつものように呟くだけ。
子が宿ったというのに『もう少しの辛抱』とはどういう事か?
今までその言葉を不思議に思った事はありませんでしたが、その時初めて百姫様は違和感を覚えました。そして姫様は、するするっとお父上様とお母上様の布団を捲ります。
するとそこには……
何もありませんでした。
そう。お父上様とお母上様の首から下は、腕さえ足さえ体さえ、その一切合切がすっぽりと無かったのです。
しかし、首だけのお父上様とお母上様は
いつものように呟きます。
『もう少しの辛抱だ。頑張りなさい。頑張りなさい百姫(ももひめ)よ。』
姫様は恐怖で悲鳴をあげました。するとその悲鳴を聞いてあの男が現れ、姫様と首だけのご両親を目の前にその男は呟きます。
「もっと早くに気づくと思っていたが。」
姫様は全てが信じられず、恐怖と絶望で混乱する中、ある事に気づきました。
それは小さな穴。
男の額に小さな小さな穴があいていたのです。姫様は放心しながらも、じっとその穴を見つめていると…
その奥から、にょきにょきと一本の大きな角が伸びてくるではありませんか。
そう。百姫様(ももひめさま)の夫となった男の正体は…
大きく醜い……赤鬼だったのです。
「ふっはっはっ 何とも愉快な光景であった。」
これが全ての元凶。
都に病を流行らせたのも、
空を操り大飢饉を起こしたのも、
そして、お父上様とお母上様を首だけにして操っていたのも、
全てはこの鬼が描いた事
「今まで欲しい物は全て手にいれてきた
金銀財宝。上手い酒に綺麗な女
そして、俺の子
鬼と人の間(あい)の子
とてつもない怪力の持ち主となるだろう」
「この力があれば、こんな小さな屋敷だけでなく、この国、この島、この世界を…
全てを儂は手に入れる事が出来るのだ」
それは絶望。この世界の絶望でありました。しかし、その赤鬼の言葉を聞いた姫様の内で何かが弾けました。それは吹いてしまえば消えてしまうような、小さな小さな灯火。
姫様は鬼の高笑いを背にしてすくりと立つと…
大きな大きなお腹をひと撫ですると…
お屋敷を飛び出し……
崖の上から飛び降りてしまったのです。
そう。これが百姫様(ももひめさま)に出来た唯一の抗い…。全てを手に入れようとする憎(にっく)き鬼への細やかな抵抗でありました…。
こうして赤鬼の夢は潰え、それと同じに姫様の命もまた……泡と消えてしまったのでした…。
これが『百姫様(ももひめさま)』と呼ばれた、一人の美しい女性の数奇で、悲しい悲しい物語…。
a・物語ができるまで 7:24~
と、長い(約12分の)前振りを酔狂な発想で小雨大豆と酔狂倶楽部が製作。
この御話は、とある英雄譚の始まりへと繋がるまでの物語だったのである…。
余談