概要
上海アリス幻樂団による「 音樂CD 」のシリーズである「ZUN's Music Collection」第七弾の「伊弉諾物質 ~ Neo-traditionalism of Japan.」に収録された楽曲のタイトルであり、同作中でマエリベリー・ハーン(メリー)が治療を求められた施設に関連したものでもある。
楽曲、作中のストーリーに登場するもののいずれもZUNによるものである。
楽曲
併記された英語タイトルは「Sanatorium in Mountain」
「伊弉諾物質」収録ナンバーの最初の曲である。
複数のテーマが様々な形に変容しつつ、妖しげに、時に切なく展開する曲。
メロディラインには同じくZUN作曲による「平安のエイリアン」と類似したフレーズが込められている。「平安のエイリアン」は東方Projectに登場する封獣ぬえのテーマ曲であり、ぬえはさまざまな怪奇と正体不明とから成る妖怪・「鵺」である。
ぬえに関連してはぬえの初登場した『東方星蓮船』EXステージの道中曲である「夜空のユーフォーロマンス」も前作「鳥船遺跡」に収録されている。
「鳥船遺跡」において同曲に重ねられたストーリーでは秘封倶楽部の二人は正体不明の「何か」と対面しており、「緑のサナトリウム」に重ねられたストーリーはこの「何か」との出会いの延長線上にあるものである。
「緑のサナトリウム」
作中登場する「サナトリウム」の所在地は「 信州 」の「 山奥 」。
先述のように「伊弉諾物質」はこの「緑のサナトリウム」の楽曲から始まるもので、サナトリウムからのメリーの「 退院 」に際して宇佐見蓮子が迎えに来るという場面から物語が始まる。
同作で登場したサナトリウムは「 社会 」が理解できないものを留め置く場所であるようであり、「衛星トリフネ」で負ったその怪我による「 病 」が「 管理外 」のものであるとみなされたメリーが隔離治療を強制されていた。
その内部については作中では具体的に描かれていないが、立地がどのような環境であるか、あるいは入院中の外部との接触可能性などについて、退院後のメリーや蓮子との会話でその一部が語られている。
特に退院後にメリーが語った「 誰とも会わせて貰えない 」、あるいは蓮子による「 完全に情報は遮断されていたのね 」(「伊弉諾物質」、イザナギオブジェクト)という言葉からは、高度に管理された強い強制力を有する施設である様子が窺える。
サナトリウムとは
サナトリウムとは、一般に長期療養を目的とした療養所を指す。
例えば身体疾患あるいは事故後遺症などの長期のリハビリテーションを要するケースや精神科疾患等の療養が行われる。認知症病棟など特定のアプローチに特化した、専門的な医療療養のパワーが特に結集される事もある。
今日では、長期にわたる療養生活を必要とするという点から、回復または日常生活可能と判断され退院した後の社会復帰支援に重点を置くものも増えている。
あるいはその性質からターミナルケア的な要素をより含むものもあるなど必要な療養のスタイルに応じて備える性質もまた様々なものとなっている。
トリフネとメリー
メリーと蓮子は前作「鳥船遺跡」で語られたストーリーにおいて人間の手から離れてしまった「 ミニ生態系 」を搭載した宇宙ステーション「トリフネ」へと二つの「 天鳥船神社 」を介して至り、そこで様々な体験をした。
しかしその最後に「 怪物 」に襲われ、メリーだけがその怪我を「 現実 」へと持ち帰ることとなった。
この怪我については「鳥船遺跡」の時点では「 病院 」において「 綺麗な傷で、別にバイ菌も毒も心配ない 」と判断されようであるが、「伊弉諾物質」における「緑のサナトリウム」に重ねられたストーリーでは、「 鳥船遺跡で怪我を負ってから、原因不明の病に冒されていた 」とあり、「伊弉諾物質」では先述のようなサナトリウムへの隔離治療へと至っているのである。両作品の間に何らかのストーリーがあった様子である。
ただし蓮子によればメリーを隔離治療へと至らしめた「 行動 」も「 いつもの事 」であるようであり、サナトリウムでの隔離療養へと向かわせたメリーに下された診断も蓮子から見れば適切なものではない様子である。
しかし、「 社会は不思議な者を受け入れないのだ 」(「伊弉諾物質」、ハートフェルトファンシー)。
隔離された「 緑の楽園 」から持ち帰った何かによって、メリーは隔離されたサナトリウムへとひと時隔離されたのである。
アガルタの風と伊弉諾物質
「伊弉諾物質」作中では面会も遮断されたメリーが具体的にどのような生活を送ったかは語られていない。
しかしメリーはサナトリウムでの療養中に「 地底奥深くの不思議な世界 」を体験した。「 死 」の満ちるこの光景に、メリーは古事記における「 黄泉比良坂 」を連想している。メリーはこの場所で「 不思議な石片 」を手に入れ、さらにそれらを現へと持ち帰っており、この石片からメリーは「 いくつかの風景 」のビジョンを得ている。
そしてこの石片を通してメリーによぎるビジョンとメリーの「 予感 」とが「伊弉諾物質」のその後のストーリーを発展させ、「 イザナギオブジェクト 」へと物語が開かれていくのである。
「 地底には何か秘密がある。それもこの国の創世に関わる、何かとてつもない秘密だ。 」
(「伊弉諾物質」、アガルタの風)
サナトリウムで過ごした時間は、「 メリーのアンテナ 」(「伊弉諾物質」、CD帯)の感度を高めたのである。
それは同時にメリーだけに見えるビジョンとそこから様々な想像を広げるメリーに対しての蓮子の心の動きが語られるものともなり、蓮子の具体的な行動、あるいは決意、引いては二人の次なる行動へと志向させる起点ともなるのである(後述)。
なお、「黄泉比良坂」に関連して、「伊弉諾物質」ブックレットに描かれた葡萄、桃、筍は日本神話における「黄泉降り」においてイザナギが使用したもので、葡萄や筍はイザナミが逃亡するイザナギを捕えるべく放った配下の黄泉醜女(ヨモツシコメ)らに対して投じ、その足を止めさせたものである。両者とも元はイザナギの髪飾り(または髪飾りのパーツの一部)で、イザナギが地上に投じるとそれぞれの果実に変化したとされている。
イザナギはその後あの世とこの世の境界である黄泉比良坂まで逃げ切り、そこに生えていた桃の木(後に「オオカムズミ」と名付けられる)から果実をとって更に追手を払った。
ついにはイザナミ自身が追ってきたが、イザナギは千引の岩を用いて両世界を遮断、そしてこの大岩を挟んだ両者の最後の対話へと進むのである。
葡萄、桃、筍は、日本神話において生者の世界と地底世界を分かつ境界が誕生した際の象徴物の一つでもある。
これらもかつて使用されたイザナギオブジェクトの一つであろうか。
また「アガルタ」とは、世界中心部にある空想上の理想世界であり、世界観そのものであるとともに、都市名として語られる事もある。インド亜大陸及びスリランカなどで語られていた。
こちらも人々が想像した「 地底 」の世界の一つである。
メリーが覗いた「世界」
メリーは当初サナトリウムで体験した世界に不安を感じていたが、蓮子から伝えられた情報から自身が持ち帰った「 石片 」やその由来などについて「 何か確信 」を得た。
体験と想像を整理するかのように訥々と自問自答するようなメリーであったが、一方の蓮子はその様子についていく事が出来ず、「 ちょっと遠くに行ってしまった 」ような寂しさを感じていた。加えて「 メリーの能力の高まり 」に、とあるイメージを重ねている(「伊弉諾物質」、妖怪裏参道)。
しかし懸念と寂しさとを感じつつも同時に蓮子は「イザナギオブジェクト」からメリーが得るというビジョンを何としても共有したいと思い、これまでの夢などを介した方法とは別に、とあるやり方によってメリーと「 ビジョンを共有する 」事に成功している。
メリーもまた蓮子と共にその世界を体験することで先のような不安が消え、自身が見た光景が本当はどんなものであるかについてメリーなりの明瞭な確信を得た。
蓮子の「 カウンセリング 」(「夢違科学世紀」)は、蓮子がメリーと共にその世界を楽しみながら体験するありかたによって、メリーに影響を与え続けているのである。
そして蓮子もまた「 メリーと一緒 」(「卯酉東海道」)にミステリアスに挑む楽しみを感じているようである。
「伊弉諾物質」では終盤にかけて駆けるように二人の「 想像力 」は何処までも花開いてゆき、ともに次なる不思議へと想いを膨らませていくのである。
「 それは秘封倶楽部、不思議を受け入れたものだけが見える、別の日本の姿だった。 」
(「伊弉諾物質」、素敵な墓場で暮らしましょ)
二つの「緑」
「緑」のワードは前作「鳥船遺跡」にも登場している。
ただし本曲に重ねられた「緑」と前作の「緑」には込められたニュアンスなどに違いがあり、前作では「トリフネ」内部に繁茂した植物群について「 美しくも無秩序な緑の森 」、「 緑の閉鎖楽園 」などと例えられ、その天然のあるがままの風景について語るものである一方、「緑のサナトリウム」の楽曲で語られる「 森林 」は「 見かけだけの 」ものであり、それは「 絵に描いたジャングル 」となった都会である。
天然の植物が無い場所である。
一方、各作品で語られている主座のあるところはいずれもより広大な世界から隔離され、それぞれの形(または在り方)で「何かを守っている」ないしは「世界が閉ざされている」点が共通している。
例えばトリフネ内部の「緑」は「有害な太陽風吹き荒れる無の世界」から遮断され、サナトリウムは「管理外の物」(了解不能な否定されるべきもの)を隔離することで社会を守っている。
この他いずれも「電波」が届かず、自由な連絡または通信が困難である点も共通している模様である。
なお先述のようにメリーは退院後にはその「 調子 」がより向上しており、蓮子の情報からイザナギオブジェクトについてのイメージを得られた際には蓮子から「 いつにも増して電波ね 」(「伊弉諾物質」、アンノウンX)と言われるほどその能力が開放されたものとなっていた。
この他、「伊弉諾物質」と「鳥船遺跡」はブックレットにおいてストーリーが語られるページの背景部分に同じく植物のシルエットデザインが用いられており、これもまた「緑」を想像させるものである。ブックレット背景は毎作品異なるものが用いられてきたが、この両者は共通したものを使用している。
秘封倶楽部の登場する「蓮台野夜行」以降、植物的デザインが押し出されているのはこの二作品に特徴的なものでもある。
二次創作では
「緑のサナトリウム」に関連した二次創作においては、メリーがサナトリウムに入院している間に体験した事、あるいは退院後に入院していた間のことを蓮子に語る際に回想的に描写されるなどの形で登場する事がある。
メリーが「イザナギオブジェクト」に手にするに至る「夢」などにアプローチする際には、その導入として同施設内部が描かれる事もある。
また「鳥船遺跡」と対照的に描く事で「緑のサナトリウム」との両者の特性をより鮮明に描くものもあり、その際のイメージとしては先の「鳥船遺跡」が曲線的な世界観かつ色彩パターンが豊富であるのに対し、鋭角的・直線的で色彩に乏しく描かれるなどの作風の差異によって両者を対比的に描くなどのアプローチもある。これはイラスト等絵画表現におけるものだけでなく小説的アプローチのいずれにおいてもみられる。
上海アリス幻樂団の作品である東方Projectとのミックスにおいては、「緑のサナトリウム」はじめ「伊弉諾物質」の舞台が「信州」ということもあり、この地に縁のある守矢神社の面々などがクロスする事がある。特に、人間でもある東風谷早苗が幻想郷へと至る前、このサナトリウムを介してメリーと出逢っていた、などのストーリーでは、幻想郷をはじめとした東方Project側の面々との接点の少ないメリーや蓮子において特筆的な交流の機会と捉えられることもある。
なお早苗ら守矢神社の面々は人々が神々を信じなくなったためにその信仰を得る事が出来なくなり、自身の存在性を確立するそれらの信仰を得るために幻想郷へと至っている。
「 人はいつから不思議を受け入れなくなったのだろう 」(「伊弉諾物質」、日本中の不思議を求めて)
一方「緑のサナトリウム」を含む「伊弉諾物質」は古い日本の姿、神代の時代にその視点が開かれていく物語でもある。そして現在から太古を俯瞰し、メリーと蓮子の二人が「 神様が消えた理由 」を見つけ、「 神様の墓場 」を現実のものとして動かし始めようとする物語でもある。
この古き時代は、今は守矢の神々でもある八坂神奈子や洩矢諏訪子の時代でもあるのである。
「緑のサナトリウム」は、これを導入点として両者の縁を結び合わせる一つの要素となるのである。
ただし両原作においては蓮子とメリーの二人と物語が進行している幻想郷の今日時点との時系列的なつながりについては明確には語られていない(2015年4月現在)。
二次創作アレンジ曲
曲名 | サークル名(アーティスト名) | 登場年 | 備考 |
---|---|---|---|
Laninamivir | monochrome-coat(Vo.めらみぽっぷ) | 2012 | |
未来にむすぶ | Siestail | 2012 | |
ナイトエンド | TUMENECO | 2012 | 妖怪裏参道も含む |
Green Garden | Aftergrow | 2012 | |
D.I.D feat.綾倉盟 | ぴずやの独房 | 2013 | |
目が覚めた頃に | 天狗ノ舞 | 2013 | |
Breakdown into the Electron | 荒御霊 | 2013 | |
緑の箱庭 | pikapika | 2014 | |
社の樹 | Siestail | 2014 | |
did | サリー | 2014 | |
月躁 | ジャージと愉快な仲間たち | 2014 | |
水面 | 剥色徒領 | 2015 | |
ナイトエンド (Adameggs Remix) | Adameggs | 2015 | 妖怪裏参道も含む |