概要
上海アリス幻樂団による「音樂CD」のシリーズである「ZUN's Music Collection」第六弾の「鳥船遺跡 ~ Trojan Green Asteroid」に収録された楽曲のタイトルであり、同作中に登場する「 宇宙ステーション 」を指す語である。宇宙ステーションとしての名称は「 トリフネ 」であり、「 衛星トリフネ 」は通称のようである。
楽曲、作中のストーリーに登場するもののいずれもZUNによるものである。
「鳥船」とは、作中に登場する語や描写などから日本神話に登場する「鳥之石楠船神」(トリノイワクスフネノカミ)に関連するものと思われ、この神は「天鳥船」(アメノトリフネ)とも呼ばれる。イザナギとイザナミの間に産まれた最初期の神々の一柱であり、空を飛ぶ事が出来る。
『古事記』では建御雷神(タケミカヅチ)の副使として葦原中国に派遣された他、『日本書紀』では使者が遣わされる際にも類似した名称の神(船)が登場している。
楽曲
英字タイトルでは「Satellite TORIFUNE」。
「鳥船遺跡」の最初に収録されている曲であり、同作のストーリーの導入にして、同作の雰囲気をまず印象付ける章立てとなっている。
重厚な導入に始まり、神秘性を帯びた高音が平行して展開される、無限の奥行きとを感じさせる楽曲。
ピアノの力強く美しい旋律には時に物悲しさも語られ、整然とした調和とざわめきとが限りない広がりを感じさせる神秘的な一曲である。
なお曲中のフレーズには、同じくZUN作曲による「綿月のスペルカード」(『東方儚月抄』、東方Project)のフレーズが一部織り込まれている。
秘封倶楽部の見た「衛星トリフネ」
前作「大空魔術」で月面旅行の話題を通して「月」の「 忘れられた世界 」である境界の向こう側にある「 月の都 」に想いを馳せた宇佐見蓮子とマエリベリー・ハーン(メリー)の二人が、今作では投棄された人工の衛星である「トリフネ」へと挑戦する。
「トリフネ」は一種のテラフォーミングのための生物実験を目的とした「 最適化された生態系 」を搭載しており、そこだけで完結する「 ミニ生態系 」としての機能が期待された衛星であった。
メリー曰く、「 宇宙に適応できるかどうかの実験で、色んな動植物を乗っけてた 」
しかし「 数年前 」、原因不明の機械トラブルによって人間の制御から離れ、放棄された。それ自体は「 宇宙の藻屑となった 」とされていたが、実際には有事の際の制御機能としての自動移動の仕組みが働き、地球と月の間のラグランジュポイント(後述)に移動した後、そこに存在している。
人間の手を離れた事でその内部の機能が稼働しているとは考えられていなかったが、メリーには「 ”中”の様子 」が見えており、本曲「衛星トリフネ」で語られるエピソードに始まり、様々な「衛星トリフネ」の今の内部が語られる。
そして「 夢 」であるのか「 現 」であるのか、二人はともに境界を越える事で、この「トリフネ」へと訪れるのである。
本作ではこの場所を通して本格的に、メリーと蓮子の二人による「境界の向こう側」の冒険と出来事とが語られることとなる。
メリーは今の「トリフネ」内部を「 余りに幻想的 」とし、蓮子もまたその光景に興味を惹かれている。また両者ともその内部を「 楽園 」という語でも例えており、メリーは「 緑の閉鎖楽園 」、蓮子は「 隔離された楽園 」と例えている。
ここで語られる光景は食糧などが合成品に置き換えられた蓮子やメリーの世界観と対比されるものでもあり、「衛星トリフネ」内部の「 無秩序な森 」(「鳥船遺跡」、デザイアドライブ)の様子は、続く「伊弉諾物質」においても「 全ての自然を創造し、管理したつもり 」(「伊弉諾物質」、緑のサナトリウム)になっているという二人が住まう世界と対比的である。
一方、「衛星トリフネ」において語られる二人の具体的な冒険譚であったが、本作中ではとある出来事が起こっており、そのエピソードがそのまま「伊弉諾物質」のエピソードへと直結している。
「伊弉諾物質」は、楽曲「緑のサナトリウム」からそのストーリーが始まる物語である。
天鳥船神社
これには航宙安全のような意図があった模様でこの神社は「 天鳥船神社 」と称されている。
作中では、逃れられぬ天災から生命の種子を残すために生物のサンプルを搭載して一時的なシェルターまたはコロニーの機能を果たしたというこちらも一つの神代の時代の物語であるノアの箱舟とも関連付けて考察されている。
「 人間はいくら科学が進もうとも、最後は神頼みなのだ 」(「鳥船遺跡」、天鳥船神社)
蓮子とメリーの二人は「トリフネ」へのアクセスに際して「トリフネ」内部にあるこの「天鳥船神社」と、地上の、二人の活動圏にある「天鳥船神社」とを結ぶということを行っており、同じ神を祀る二つの神社が、「 38万Km 」の隔たりを越えて、両者を繋いだのである。
また楽曲としても、同名の曲が「鳥船遺跡」には収録されており、楽曲の「天鳥船神社」には「Space Shrine」との英語タイトルが付されている。そして曲の間に他の二曲を挟んで「天鳥船神社の結界」(英語タイトルでは「Space Shrine in Dream」)へと続くのである。
このとき、両二曲の間にある曲は「夜空のユーフォーロマンス」と「ハルトマンの妖怪少女」の二曲。
両曲は「鳥船遺跡」等と同様に上海アリス幻樂団の作品である東方Projectにおいて使用された曲(いずれもZUN作曲)で、「鳥船遺跡」作中で両曲に重ねられたエピソード中でも、東方Projectでそれぞれの曲に深く結びついたキャラクターに関連した様々なフレーズがエピソード中に散りばめられている。
「天鳥船」に見る東方Projectにおける「神」と日本神話
先述のように「天鳥船」は日本神話に登場する神であるが、「ZUN's Music Collection」と縁深く語られる東方Project側の設定においては日本神話に登場する神々の一部が何らかの形で登場するケースがある。
例えば八坂神奈子や洩矢諏訪子は神代の時代から存在がある神々であり、今の二人が祀られる守矢神社には表面上「建御名方神」(タケミナカタ)が祀られている。
先述のものとも関連する日本神話における「国譲り」のエピソードでは「建御名方神」と「天鳥船」の両者が登場している。
アメノトリフネに関連しては、天照大神(アマテラス)が下界平定のための使者としてタケミカヅチをアメノトリフネとともに派遣しており、そして下界へと降りた後、タケミカヅチを主体として大国主(「ダイコク様」とも)らと「国譲り」を交渉した。その際にタケミカヅチらに「 最後まで抵抗した武神 」(『儚月抄』)が、先述のタケミナカタである。
この他の天鳥船等については本記事最下段の「参考」も参照。
この他東方Projectと神々に関連して、博麗霊夢や綿月依姫が様々な神々をその身に降ろしてその力を借りており、特に霊夢は複数の作品でその神々が何を語ったかも伝えている(『儚月抄』、『東方茨歌仙』)。
「宇宙に浮かぶ幻想郷」
先述の通り「衛星トリフネ」は人類の手を離れたものの一種の生物圏として機能している。
ただしその内部の重力は不安定であるようで、訪れた蓮子は1Gよりも低い重力帯を経験している。
また内部の生命現象に関しては蓮子曰く、「 閉鎖空間だから遺伝子異常も起きやすい 」状態にあるようである。
なお、「トリフネ」によるテラフォーミングの目的地は他の惑星ではない。
「トリフネ」に起きた事故の原因は「 コンピュータのバグ 」とされているが、一方で「 バックアップからは原因を特定できなかった 」ともあり、事故後のラグランジュポイントに向けた自動移動も停止させることはできなかったようである。
そもそもの本計画自体については、作中の記述や「トリフネ」内部に設置された設備の一部などから日本のプロジェクトであったようである。
作中には事故後接触不能となった「トリフネ」を指しての比喩が、「鳥船遺跡」の呼称の由来であるとも語られている。
作中では関連する計画が、制御から離れた「トリフネ」をどう捉えているかも語られているが、それはあくまでメリーと蓮子が見た「今のトリフネ」を知らない人々の視点である。
この視点が語られるエピソードと重ねられた楽曲のタイトルは「宇宙に浮かぶ幻想郷」(Paradise Torifune)であり、ここがすでに人間の手が触れない、一つの「 楽園 」として、独自の世界を歩み出している事を連想させるものとなっている。
ラグランジュポイントと「鳥船遺跡」
ラグランジュポイント(ラグランジュ点)とは天体力学の用語であり、重力と質量に関連した天体軌道にまつわるものである。
ある天体とその周囲を周回する別の天体の間の質量・重力帯の関係性、そしてそこに両者の天体質量に比べて極めて質量の小さい物体が加わった三者でモデルケースを語る事が出来るもので、大きな質量の天体二者の距離の間で相対的に極めて小さな物体は二者の間にある特定のポイント(点)の重力帯に留まる。このポイントがラグランジュポイントである。
三者の関係性において相対的に質量の小さな物体がラグランジュポイントに静止するにはその小さな質量物にかかる力(他の二者の天体引力や遠心力)が釣り合っている事などが必要となる。
「トリフネ」は地球と月の重力の拮抗する場所に、両天体間からみて相対的に静止しているのである。
ラグランジュポイントは5点あるとされ、各ポイントは「L○」(L1~L5)と表記される。この内L4、L5はL1~L3とは異なる角度に方向している。その位置は、大きな質量の天体二者を直線的に配置した際、それぞれの天体を向い合せにした各々の60角度の方向に存在する。
L4及びL5は「トロヤ点」(trojan points)とも呼ばれ、関係する二者の天体とポイントを結ぶモデル図が正三角形(各点60度×関係三者の各点=180°)を描く事から、「正三角形解」と呼ばれる事もある。
「トロヤ点」に小惑星群が存在している場合、この小惑星群は「トロヤ群」(Trojan asteroid)と呼称される。この呼称は木星と太陽間におけるL4またはL5の小惑星群を指す特定的な語として用いられる事も多いが、一般的な天体間(例えば太陽-地球間)におけるL4、L5の各ポイントを指すものでもある。
地球のトロヤ群は2010年10月発見の「2010 TK7」(2011年7月の観測結果で正式に発表)。
これは太陽-地球間におけるL4の小惑星群(地球のトロヤ群)である。
作中では「衛星トリフネ」が5点あるラグランジュポイントの何処に静止しているのかは語られていないが、作中に散りばめられた周辺の言葉から想像するに、「トリフネ」は地球と月の間のL4またはL5に存在するのかもしれない。
「鳥船遺跡」の副題は先述のように「Trojan Green Asteroid」であり、収録曲である「トロヤ群の密林」及びその英字タイトルである「Trojan Green Asteroid」と「トリフネ」の今の実情とも関連したものとなっている。
天界と宇宙ステーション
「鳥船遺跡」作中では、そのあとがきにおいて原作者ZUNによって自身の幼少期の頃の「 宇宙ブーム 」が回想的に語られているが、「ZUN's Music Collection」以外の上海アリス幻樂団の作品を見る時、ZUNが宇宙、とりわけ宇宙ステーションについて語った機会として「ZUN's Music Collection」と同様に音楽を収録したサウンドトラック作品である「全人類ノ天音録」(『東方緋想天』サウンドトラック)がある。
本作品中の記述において特筆的な事は、東方Projectに登場する「天界」の性質が「宇宙ステーション」と重ねられて語られている事にある。
同記述中では、天界にみる天候の安定性、「 地上を見下ろす 」という立地的観点、種々の理由による到達困難さにみる秘境性などが「宇宙ステーション」にも通じるものとして語られている。
さらに一歩進んだ想像として、仮に両者の交流が断絶し、加えて地球側が宇宙ステーションを感知できるような文明性を失ったとしたら、人々は宇宙ステーションをどのように感じるだろうか、という視点も語られている。
「鳥船遺跡」において、宇宙ステーションである「 トリフネ 」は人間の手から離れ「 断絶された生命の楽園 」となった。「 ミニ生態系 」が独自の発展を見たこの世界もまた、大地から見上げる一つの「天界」なのかもしれない。
「鳥船遺跡」の段階の蓮子とメリーの住まう世界では人間は宇宙ステーションを認知できなくなるような「 文明の衰退 」をみてはいないが、「 遺跡 」となった「 トリフネ 」もまた、東方Projectの世界観が交錯するときには「天界」のような伝説的に語られる存在ともなり得るのかもしれない。
なお、『緋想天』に初登場した天人である比那名居天子は、天界に住まいながらもその地の様に飽きており、これが『東方緋想天』での騒動に至ることとなる。天子は以後も地上を訪れており、例えば『東方文果真報』では天界と地上の違いを身を以て体感している者ならではのコラムを文々春新報に寄稿しているなど、蓮子やメリーの視点とはまた違った形で天と地の両方のリアルタイムを体験している。
また天子は『東方憑依華』時はとある事情から地上で活動しており、この時はストーリー中での直接の接触はないものの同作の自由対戦モードにおいて宇宙ステーションが実在する現役の外の世界の住人である宇佐見菫子との交流を見ることができる。この際天子は自らの住まう天界よりも高い宇宙空間に人間が進出していることを受けて次のように語っている。
「 天界より高いところに住んでいる人間がいるんだって?
ほほう、打ち落としてやろうか 」
(天子、『憑依華』、自由対戦モード対菫子勝利セリフ)
加えて天子は鈴仙・優曇華院・イナバとの対話において月の都についても言及している。月の都もまた「天界より高いところ」の存在であるが、こちらについては月の都を珍重するような発言をしているなど、天子にとっても月の都は人間の手によるものとはまた違った位置づけであることがうかがえる。
「 月の都と縁を切ったんだって?
そんな勿体ない話あるもんか 」
(天子、『憑依華』、自由対戦モード対鈴仙勝利セリフ)
二次創作では
「鳥船遺跡」は、これまで主にメリーの夢での体験や日常を通した二人の様子などといった場面が語られる事の多かった蓮子とメリーの二人について、オカルトサークルとしての秘封倶楽部の活動のリアルタイムさが「蓮台野夜行」よりもさらに詳細に語られた事もあり、「鳥船遺跡」はこれまでの作品より一歩踏み込んだ秘封倶楽部の姿が見出された。
同時にその境界の向こう側の「 ミステリアス 」(「夢違科学世紀」)がただの幻で無い事も二人の体験を通してより深く語られ、続く「伊弉諾物質」にストーリーが直結した事で、本作は更に特殊性を増したのである。
二次創作においては「トリフネ」へと至った二人の想いなどが様々に想像され、その行間部分に多様にアプローチされている。共に楽園と例えた自然そのものを体験する二人の様子が生き生きと描かれる事もある一方で、その終盤に向けての物語の展開から、この冒険譚が今後の二人にどう影響するのかなどを想像するアプローチも多い。
そして「伊弉諾物質」発表以後は、同作での蓮子とメリーの心の揺らぎやすれ違い、あるいはそれを越えた(ないしはひと時考えないようにした)様子を創作の基としてストーリーが描かれるとき、「衛星トリフネ」が回想的に描写されるなどのアプローチも生まれている。
また、「トリフネ」自体に視点を置くアプローチもあり、「トリフネ」という一個の生物的生命圏そのものに疑人的に視点を置くものや作中では語られていない「トリフネ」開発者、あるいは同作に登場する秘封倶楽部以外の存在、はたまた「トリフネ」に祀られた「天鳥船」に視点を置くなど、物語の主体者のありかたも多様なものとなっている。
この他、東方Projectの世界観とミックスするという視座において、「トリフネ」が人々から忘れられ幻想へと入り、例えば東方Project側の月の結界内部へと至るなどのストーリーもある。
「 断絶された生命の楽園 」である「トリフネ」は、かつて天界と地上とを行き来したアメノトリフネをその守り神としつつ、忘れられた生物たちを乗せた箱舟として、もう一つの楽園である幻想へと流れ着くのである。
二次創作アレンジ曲
曲名 | サークル名(アーティスト名) | 登場年 | 備考 |
---|---|---|---|
ラグランジュポイント | cold kiss / ZYTOKINE | 2012 | |
torifune | はにーぽけっと | 2012 | |
衛星トリフネ | DDBY | 2012 | 「二人の演奏会-鳥船遺跡からの帰り道-」収録 |
戦場のキャンパスライフ | 梶迫小道具店 | 2012 | 世界秘封病学会「秘封モラトリアム」収録 |
ミステリートレインに乗って | monochrome-coat | 2013 | |
the Unleash feat.普透明度 | ぴずやの独房 | 2013 | |
エリドゥの天梯 | スタジオネネム | 2013 | |
Bon voyage | 以呂波屋 | 2013 | |
Flarna | 硫酸ポリオミノ | 2014 | |
天空幻想 ~flying fantasy~ | あ~るの~と | 2014 | |
2014 | |||
ヒカレウタ | TUMENECO | 2015 | 牛に引かれて善光寺参り との複合 |
My Select | 暁Records | 2015 | 車椅子の未来宇宙・衛星カフェテラスとの複合 |
Let it all out of you | FELT(Vo.Vivienne) | 2015 | |
Flying High | K2 SOUND | 2015 |
関連タグ
天文学 ラグランジュポイント(※)
※ピクシブ百科事典ではゲームメーカーのコナミによる同名のゲーム作品について記述されている。
参考
鳥之石楠船神
鳥之石楠船神は先述の通り古事記、日本書紀のいずれにおいてもイザナギとイザナミの直接の子であり、初期のエピソードである神産みの物語においてその生誕が語られている。
その具体的な存在は神とも船ともされている。
日本書紀では「天磐豫樟船」(アメノイハクスフネ)とも呼ばれる。
植物の楠(クスノキ)で作られた船の神格でもあり、イザナミとイザナミによって実子である蛭子(ヒルコ)を流す際に用いられている。ヒルコ流しは古事記にも見られるが、古事記ではヒルコが乗せられたのは「葦の舟」とされており、鳥之石楠船神がこれに関係したとの記述はない。
日本書紀でのヒルコのその後は不明ながら、時代を経て以後は各地の伝承としてヒルコの信仰が生まれるようになる。例えばヒルコをエビス神(「恵比寿」、またはそのまま「蛭子」)と理解する信仰など、ヒルコは後々オリジナルの信仰体系で祀られることとなる。
日本書紀の記述と各地の信仰との長い行間を読む場合、アメノイハクスフネは水に沈むこともなく溺れることもなく、どこかの岸辺にヒルコを送り届けたのだと言えるだろう。
「自らの脚で立つことが出来なかった」というヒルコが後に神格へと至る原初の歩みには、アメノイハクスフネの、足を立てる事すらかなわない混沌とした水の上を渡る力と、根を下ろすことを許される攪拌の後に生まれた陸地まで渡り切る力が不可欠な役割を果たした。
捨てる神あれば拾う神あり、されど捨てられ、拾われるまでの合間を守り結んだものが誰だったのか、という問いに、日本書紀を通す立場ではアメノイハクスフネの名前を知ることができるものとなっている。
「鳥船遺跡」作中では衛星トリフネ内部に建立された「天鳥船神社」について先述の通り安全祈願の神頼みというニュアンスの他に、「衛星トリフネ」自体が大洪水を生き残って洗い流された後の大地で再び命が栄える為にサンプリングされた動物たちを守り続けることとなったノアの箱舟ともイメージを重ねられていたのではないかとしているが、流されたヒルコとヒルコを乗せたアメノイハクスフネという構図もまた放逐されながらも大きな加護の下でやがて来る光を待つという境遇に共感するものがある。
なお、同様に日本書紀に登場する巨大な船として「天磐船」(アメノイワフネ)がある。
天磐船は饒速日(ニギハヤヒ。邇藝速日命とも)の文脈で登場する。
ニギハヤヒの登場は神武天皇(神倭伊波礼毘古命 / カムヤマトイワレビコ。イワレビコとも)の神武東征の時代。やはり天から地上へと神々が降る際に使用されている。
天磐船とニギハヤヒ
ニギハヤヒはイワレヒコ(後の神武天皇)以前、やはりアマテラスの加護の元地上へ降るという、これに遡る天孫降臨と同種の謂れをもつが、いわゆる「天孫降臨」で語られる瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)らの文脈には登場しておらず、これとは別の系統で天磐船で高天原から地上へと降ったのではないかとされている(参考1)。
ニニギノミコトはイワレヒコの祖。天孫降臨からは179万年以上が経過している。
なお、古事記側の天孫降臨には先述の天鳥船神(アメノトリフネ)が建御雷神(タケミカヅチ)とともに登場する。
日本書紀では、イワレヒコが東方の美しい土地に先行して天磐船で降臨したものがあると聞き、そこで都を建設しようと東征を開始する。この天磐船で降りたものこそニギハヤヒである。
つまりニギハヤヒの支配地域は神武東征の目的地でもある。
ニギハヤヒを奉ずる豪族の支配地域にイワレヒコらの軍勢が入ったため、ニギハヤヒを奉ずる長髄彦(ナガスネヒコ。古事記では「那賀須泥毘古」など)らがこれと対峙し、武力的な衝突となった。
戦線は長引き膠着し互いに損害をだしていくが、やがてその膠着状態を見たアマテラスら高天原の助力を得たイワレヒコが劣勢を巻き返してナガスネヒコ勢力を押し返していく。
劣勢となったナガスネヒコはイワレヒコに対して使者を送り、信奉するニギハヤヒが天磐船による天降りを成した真実の天津神であり、天津神を名乗るイワレヒコは偽物であると否定しようとした。
このときナガスネヒコ側はかつてニギハヤヒがアマテラスから下賜された神宝も示すが、イワレヒコも同様の神宝を所持しており、両者いずれもが本物であったために一方を否定し他方の真実性を得ようというナガスネヒコの主張は通らなかった。
この両者の真実性を見たニギハヤヒ本人はイワレヒコもまた天津神であると認めたがナガスネヒコがそれを認めず戦いを続けたため、交渉継続不可能と判断したニギハヤヒがナガスネヒコを粛清し、以後ニギハヤヒはイワレヒコに従った。
共に天にあった神々ながらもニギハヤヒがイワレヒコにすすんで従属したのは、イワレヒコがアマテラス直系の子孫であり、一方のニギハヤヒが神ながらもアマテラスの系ではなかったためとされている。ただしニギハヤヒの出自については諸説ある。
こうして武力面での神武東征は成され、その後の神武天皇即位へと至るのである。
古事記でもニギハヤヒを奉ずるナガスネヒコとイワレヒコとの戦争があるが、こちらでもニギハヤヒはイワレヒコの出自を認め、イワレヒコに従っている。
ニギハヤヒは物部氏の祖ともされ、それはすべての物部氏のルーツともされている。
物部氏にとってニギハヤヒは主祭神のひとつでもある。
東方Projectには物部氏に連なるキャラクターとして物部布都があり、そのスペルカードには<天符「雨の磐舟」>などをもつ。弾幕ごっこでは弾幕アクションを含め木船に乗ることがあるが、いずれも物部氏とその祖であるニギハヤヒの伝承に触れるものでもある。
また神武東征では後にアマテラスが戦線が膠着した状態のイワレヒコ勢力を支援することとなるが、その際には葦原中国平定(大国主と国譲り)に活躍した武甕槌(タケミカヅチ。先述の「建御雷神」と同)に助言を求めており、タケミカヅチは布都御魂(フツノミタマ)をその神力と併せてイワレヒコに貸し与えている。さらにアマテラスはその後イワレヒコの軍勢が山道での行軍に苦心した際には八咫烏(ヤタガラス)を遣わしてその先導をさせている。
神武東征にまつわるエピソードを通して見ても、東方Projectではニギハヤヒから連なる物部氏をはじめ守矢神社の表面上の主神としてのタケミカヅチ、霊烏路空に降ろされたヤタガラス、あるいは依姫がその身に降ろしたアマテラスと、次元は違えどもそれぞれ縁のある者が登場している。神話世界の人間関係は互いに案外近い場所にある。
「天磐船」に関連した実際の神社として日本書紀に見る天磐船を御神体とする神社である磐船神社(いわふね-。大阪)がある。現存する天磐船は高さと幅が12メートルという巨岩。
磐船神社は物部氏が代々管理していたが、蘇我氏との対立による物部氏の衰退があったり神仏習合の受容などがあったりと様々な歴史を持つ。神仏習合がなされて以後、時代の風潮として廃仏毀釈の思想が興ったこともあったが、磐船神社では影響を受けることなく今日でも神仏習合がなされている(下記外部リンク「磐船神社」を参照)。
東方Projectにおける布都も仏教と因縁を持つが、布都が仏教伝来初期の人物とされることもあって大分状況は異なり、磐船神社が歩んだ歴史との間でストレートに対比することはできない。
布都に関する詳細は「物部布都」記事を参照。
また磐船神社には東方Projectにも神授の力やセリフ(代弁)等を通して登場がある「住吉神」も祀られている。住吉神は航海の神であり、磐船神社の祀る天磐船は天からの航海を成した神宝であることから天磐船の使用者であるニギハヤヒは航空の神としての信仰もあつめる。
余談ながら、ニギハヤヒとは異なる天孫降臨である古事記に見るタケミカヅチやアメノトリフネらの天孫降臨の際に船が降り立ったとの伝承を持つ神社には椿大神社(つばき-おおかみやしろ。猿田彦大本宮とも。三重)があり、その参道中腹脇にその到着地点として「御船磐座」(みふねのいわくら)がある。
天から神々を運ぶ船という同種の機能を持つとともに、それを表すものである名称もまた「天磐船」と「御船磐座」と似たものともなっている。