概要
1841年1月にイギリス海軍が香港に上陸し、植民地とした際に設立。ロンドン警視庁の成立の次いで2番目の現代警察機関であり、アジア初の現代警察機関である。
初期の頃は警部以上の幹部警察官は殆どイギリス人だったが、香港が中国に返還されてからはイギリス人警察官の辞職が相次ぎ、代わって香港人が要職に就くようになった。現在は上級幹部から現場の警察官まで香港人が占めているが、イギリス人幹部は少数だが現在も在籍している。
1967年、文化大革命の煽りを受けた左翼活動家が暴動を起こし(六七暴動)、香港警察は殉職者を出すなど多数の犠牲を払いながらもこれを鎮圧、香港内の治安維持に努めた。この暴動鎮圧に盾と警棒を駆使した対処法を初めて取り入れ、また催涙ガス弾の積極的な使用も行った。この手法はイギリス本国にも逆輸入された他、催涙ガスの使用は当時香港領事の日本の警察官僚・佐々淳行氏によって、過激化の一途を辿る学生運動に苦戦する日本警察機動隊の新たな戦術に取り入れられた(※1)。
この六七暴動に対処した功績を讃えられ、英国女王エリザベス2世から「Royal(王立)」の称号を与えられた。香港が返還されるまで、香港警察は「王立香港警察(Royal Hong Kong Police)」と名乗っていた(※2)
2001年から2006年にかけて、現職警察官による連続殺人事件が発生。被害者は警察官2名と銀行の警備員3名であり、犯人の巡査も被害に遭った警察官の必死の抵抗によって射殺された。犯人の巡査は昇任試験で上位の成績を叩き出した他、勤務態度も優秀な警察官だったことから香港市民に衝撃を与え、事件にインスパイアされた映画も制作された。
※1……佐々氏は当時の香港警務處處長(英国人)から羽田闘争で警視庁が800人を超す負傷者を出したことを、「4万人いる警視庁の警察官を1日千人怪我させていくと何日もつのかね?」と皮肉られた。これも機動隊の催涙ガス使用を後押ししたとのこと。
※2……「香港皇家警察」や「皇家香港警察」との表記も見られる。
組織
香港警察は甲部門、乙部門、丙部門、丁部門、戊部門、国家部門の 6つの部署が設置されている。
甲部門(行動處)は、日々のパトロールを行う「警察総区」の他、水上警察に相当する「水警総区」、暴動鎮圧を担う警察機動部隊が所属する「行動部」、緊急事案に即応する「衝鋒隊」等を有する。
この他、後方支援を担当する「支援部」、交通警察部門の「交通総部」がある。日本でいう地域部、交通部、警備部を合体させた部署。
乙部門(刑事及保安處)は捜査担当部門。
「刑事部」は経済犯罪を捜査する「商業罪案調査科」、サイバー犯罪担当の「網絡安全及科技罪案調查科」、香港の組織犯罪やマフィアを取り締まる「有組織罪案及三合會調查科」、捜査に関係する情報を調査し各部門に提供する「刑事情報科」などなど、多種多様な部署を要する。もちろん、鑑識課相当の「鑑證科」もある。
「保安部」は要人警護等政治色の強い事案を担当し、映画作品によっては日本の公安部の様な描かれ方をしている。
丙部門(人事及訓練處)は警察人事を担うほか、若手警察官を育成する「香港警察学院」、警察音楽隊等を有する。
丁部門(監管処)は日本警察でいう警務部、総務部、通信司令本部を合体させた様な部署。苦情相談も受け付けている。
戊部門(財務、政務及策画処)は警察財政や政策等を担う。
国家部門(国家安全處)は、2019年の香港逃亡犯条例反対デモにきっかけに制定された「国家安全維持法」に基づき、香港内の政治的主張や反政府、反中国的思想や発言を取り締まる部署。
「国家安全維持法」は戦前の日本に存在した「治安維持法」に相当するため(もっとも、共産主義思想を取り締まった「治安維持法」とは逆に、共産主義を拒否する香港民主派を弾圧するための法律なのだが)、この部門は「特別高等警察」がよりタチの悪いものになった白物と言えよう。
階級
香港警察はトップである警務處處長が指揮する。
處長を補佐する警務處副處長は管理部門担当と現場作戦部門担当の2名体制であったが、2020年の国家安全維持法の制定に伴い、新たに国家安全担当の副處長が設置された。
警務處處長 | 警視総監 |
---|---|
警務處副處長 | 副総監たる警視監 |
警務處高級助理處長 | 警視監 |
警務處助理處長 | 警視監 |
総警司 | 警視長 |
高級警司 | 警視正 |
警司 | 警視 |
総督察 | 警部 |
高級督察 | 警部 |
督察 | 警部補 |
見習督察 | 警部補 |
警署警長 | 巡査部長 |
警長 | 巡査部長 |
高級警員 | 巡査長 |
警員 | 巡査 |
警察官は一般的には巡査採用であるが、日本のキャリア制度のように警部補採用も行なっている。
なお、日本警察の階級は香港の警察映画を参考に記事筆者が「これだろう」と当て嵌めたものであり、映像作品によっては上記とは異なる翻訳がなされていたりするので注意されたい。
過去の汚職と名誉回復
1960年代から1970年代にかけての王立香港警察は汚職が蔓延していた。当時警察内で絶対的な権力を持っていたイギリス人はその立場を利用して多額の賄賂を受け取るなどして私腹を肥やし、そいつらにペコペコしている中国系巡査は市民から金銭を巻き上げるなどチンピラ紛いの行為を平然と行なっていた。特に香港の暴力団である「三合会」などの犯罪組織との癒着が横行しており、警察官でありながら「三合会」の構成員を兼ねている者もいたほど腐敗しきっていた。マフィアを取り締まる立場なのにマフィアのように振る舞う警官たちには「黒警」という不名誉なあだ名が付けられ、市民を恐怖に陥れていた。もちろん、全員が全員汚職に手を染めていたわけではなく、警察官として真っ当に職務に励んでいる者もいた。
警察内部に汚職取締部を設置したが効果は見られず、それどころか汚職取締部の警察官が汚職に手を染めていたのだからとんでもないことである。
だが、あるイギリス人総警司が汚職で受け取った多額の賄賂を持ってイギリス本国に逃亡し、香港での汚職で逮捕することができなくなったことで遂に香港市民の不満が爆発した。
そこで香港政庁(返還前の香港政府。現在の香港特別行政区政府)によって1974年に警察とは独立した汚職捜査機関「 廉政公署」が設置され、賄賂でボロ儲けしているイギリス人警官やチンピラ中国系巡査が次々逮捕され、ようやく警察官の犯罪は減少した。廉政公署設立のきっかけになったイギリス人総警司も逮捕され、香港に送り返された。
その後、廉政公署の厳しい捜査や取り締まりに警察官が反発し抗議デモを行うなど小さな揉め事が発生しつつも、少額の賄賂や比較的軽微な悪さは大目に見るということで双方納得し、警察の浄化は進んだ。
余談だが、ジャッキー・チェン主演の警察映画では、市民からの信頼回復に四苦八苦する刑事たちが描かれてたりする。
こうして、警察ぐるみの犯罪、汚職は無くなり、アジア最高水準と評されるようになった香港警察だったが……
デモ隊の弾圧
香港返還後の2014年の反政府デモ「雨傘運動」、2019年に発生した「逃亡犯条例」での抗議の際には中国共産党に従う香港政府のためにデモ隊を徹底的に弾圧したことで知られる。
「雨傘運動」におけるデモ隊との衝突では、平和的な抗議活動に対し警棒や催涙ガスを使用した過激な取り締まりを行い、強行姿勢を見せていた当時の警務處處長が非難された。
それから5年後の「逃亡犯条例反対デモ」においては、デモ隊が過激化するに連れて警察よ取り締まりも暴力的となっており、機動隊が無抵抗の参加者を襲撃し無差別に警棒で乱打したり、拘束する際に過度な暴力を振るう場面が見られた。
これらの「鎮圧」の域を逸脱した「弾圧」を主導したのは警察内部に少数残っているイギリス人警視であり、イギリス本国からも批判の声が上がった。
また、デモ隊に囲まれた警察官がショットガンを向けたり、至近距離での実弾発砲など、取締りの範囲を逸脱した暴力行為が問題となった。デモに参加した若者に発砲する場面は動画で撮影され瞬く間に拡散された。
その他にも、黒シャツのデモ隊と正反対の白いシャツを着た集団がデモ隊を襲撃した際には、警察の現場到着が不自然なほど遅れたり、「三合会」構成員にデモ隊の襲撃を支持していたという噂が流れ始め、デモ隊や香港独立派の市民からは再び「黒警」と揶揄されるようになった。
その中、警察側には不自然な点が見られている。
デモ参加者が男性巡査の制服の階級章に表示されている個人識別番号をデータベースで確認したところ、明らかに別人の女性警部がヒットしたり、デモの鎮圧に来た機動隊員が香港で広く話されている広東語ではなく北京語で会話をしていたり、言葉が通じない警察官が目撃されたりしている。
このことから、香港警察を支持している中国が秘密裏に派遣した中国人民解放軍の兵士や、中国の機動隊である人民武装警察部隊の警察官が香港警察になりすましている疑惑や、中国から移住してきて警察に採用された「中国に愛国心を持つ」中国人警察官がデモ隊に過激な暴力を振るっているという憶測もある。
現在の評価はほぼ真っ二つであり、独立派の市民からは中国の手先として忌み嫌われ、親中派の市民からは英雄と評されている。
中国共産党は香港警察を一貫して支持しており、「雨傘運動」の鎮圧を主導した当時の警務處處長は中国公安部の重役に栄転し、「逃亡犯条例反対デモ」においてデモ隊にショットガンを向けた機動隊の巡査部長は中国でのパレードに招待されている。
その一方で、かつて汚職が横行する中で真っ当に職務に励んだ警察官がいた様に、日々過激になる取り締まりに疑問を抱いたり、デモ隊に共感した警察官も多数見受けられる。
中には退職してデモに参加し、「元警察官」という立場上他のデモ隊からの風当たりも強い中で香港の民主化を信じる者、組織に残り「黒警」と罵声を浴びながらも市民に寄り添う警察官であり続けると覚悟を決めた者もいる。
現状
「国家安全維持法」施行後、イギリスをはじめヨーロッパ各国からは銃器や特殊車両等の供給を完全にストップされており、装備は中国製が増えてきている。
対する香港警察も、警察官のパレードに中国式更新を取り入れるなどイギリス文化の排除を進めている。…しかしイギリス人幹部はまだ在籍しており、制服も階級制度も依然イギリス式のままなのだが。
上記の悪法に基づき、香港内外の思想や発言にも目を光らせており、反中国的論調の香港の新聞社のトップを逮捕、廃刊に追い込んだ上、中国政府や香港政府に異を唱える者がいたら密告を奨励するなど、返還時にイギリスと約束した「高度な自治の保証」もへったくれもない取り締まりを行っている。
…まぁ、「高度な自治の保証」は中国/香港側が反故にしたようなものなで、警察が独断でしているわけではないのだが。
また、香港警察公式Youtubeチャンネルでは、警察活動情報の他、コントを交えながらの警察組織の紹介、映画級のクオリティの広報動画、デモの鎮圧に出動する警察官のドキュメント等の動画が投稿されている。
悪化しているイメージの回復が目当てなのか、それとも警察を支持する親中派市民や中国人向けなのか……どちらにせよ、連日報道されていた過度な取り締まりや暴力的鎮圧を目の当たりにした後なので、動画のクオリティはともかくやってることはイタい。
その他
犯罪から市民を守るために日夜戦う香港警察は映画やドラマの題材になることも多く、ジャッキー・チェンの「ポリス・ストーリー」シリーズに代表されるアクション映画から、「インファナル・アフェア」三部作のようにシリアスなものまで幅広く登場している。
また、イギリス陸軍のSASを参考とした「SDU(特別任務連)」という特殊部隊を有することから、日本のミリタリーマニアの知名度も高い。
関連項目
ジャッキー・チェン - 香港警察といえばこの人と言っても過言ではない。