概要
公安部は、警視庁の部のひとつであり、その名の通り公安部門を担当する。
公共の安寧を守ることから『公安』と名付けられた。
参事官は2名。うち1名がキャリア警視長、もう1名が都採用のプロパー(叩き上げ)警視正。
日本の警察において、公安警察は警備公安と呼ばれ、警察庁警備局長(キャリア警視監)を頂点とする体制がとられている。
各都道府県警察の公安捜査部門は警備部内に設置されている、公安課(国内情勢担当)ないし外事課(国外情勢担当)が、警備局長の命令に基づいて活動を行なう形となっている。理由として、各警察本部の警備部長には地元採用のノンキャリア警視正であることがほとんどであるうえ、公安警察での経験が少ない警察官が着任することも多く、経験豊富な警備局長が命令を下す方が理に適っていることが挙げられる。
警視庁においては、日本の首都・東京を管轄する国事警察の色があることや、警備部自体の担当任務が膨大であるなどの理由から、日本の警察本部で唯一、独立した部としての体制をとっている。先述したようにキャリア組の公安部長がいるものの、警備局長から現場に指令が下されることに変わりはない。
警備局長による指令
警察法には、警察庁長官は各警察本部を指揮監督すると明記されている。(警察法16条2項)
対して、内部部局の長たる警備局長には各警察本部の部課を指揮する権限は存在しない。あくまでも、警備局内の局務の指揮のみが警備局長に委ねれられている権限である。(警察法20条)
一方、各警察本部警備部の予算権限は警察庁にあることや、大規模警備(あさま山荘事件など)・警衛(天皇陛下の行幸など)に際しては、警備局から幕僚が派遣され、主導権を握ることが多い。幕僚警察官は、警察庁採用のキャリア組のほか、各警察本部から警察庁に引き抜かれた警察官も含まれる。このことからも、法律上は横並びであるものの、事実上は上意下達の組織となっていることが窺える。
法律上の問題をクリアするため、実際には、警備局長名による内部文書によって命令が下されることが通例である。他の各内部部局(刑事局や生活安全局など)から各警察本部に対して下る命令も、同様の形をとっている。
余談だが、チヨダ、ゼロと通称される部隊の指令も、こうしたベールに隠された形で下るとされる。
変遷と活動の変化
【国内情勢担当】
- 戦後、合法化された日本共産党が昭和26年(1951年)に定めた51年綱領を基に行なった火炎ビン闘争に代表される、過激なデモや不法行為の取締りが設立経緯であった。血のメーデー事件なども発生。共産党は方針転換として、敵の出方論を採用し武装路線を一応放棄する形をとった。一方で、火炎瓶闘争をきっかけとして様々な不法行為を繰り広げた団体は規模を拡大してゆくこととなる。
- その後、団体は新左翼と称され、第一次安保闘争(60年安保)などの学生運動を繰り広げるなか、先鋭化・過激化した団体が極左暴力集団へと変化してゆく。特に国内外で活動する日本赤軍への警戒が主目的となっていた。国内においても、渋谷暴動事件や連続企業爆破事件など、さまざまなテロ事件が頻発する。さらに、成田空港建設の反対運動に、極左暴力集団が介入したことにより成田闘争が激化する。
- このような中、学生運動家の視察・取締りに長年あたっていた一方、昭和末期になると成田闘争は終焉を迎える。さらに反皇室を掲げる団体も、昭和天皇の崩御や、昭和から平成への御代替わりが終了して以後、急激に沈静化することとなる。
- しかし、宗教団体であるオウム真理教事件が地下鉄サリン事件など、終末思想(ハルマゲドン)によるテロを次々と起こすこととなる。これまで、認識していなかった新たなるテロ集団の発生に伴い変革が求められることとなった。
- 近年では、オウム真理教・後継団体が活動形態を変えつつ信者を集めているほか、中核派はYouTubeやTwitterといったSNS上で支持者を集めるなどしているため、警戒感を強めている。
- 2020年代に入ってからは社会に対する不満や鬱屈を抱え込んだ人物が過激化し、インターネットの情報などを参考に単独で武器を製造して要人を襲撃する事件が相次いで発生した。このような形態の犯罪者はローンオフェンダーと呼ばれており、組織的背景を持たないことから事前に発見するのは非常に困難なため治安上の大きな脅威となっている。こうした情勢から、2025年春を目処に公安部にローンオフェンダー対策専門の部署が設置される予定である。
【国外情勢担当】
- 外事警察と呼ばれ、諸外国の工作員や潜入工作員"スリーパーセル"、土台人による諜報活動などを取締るのがこの部署である。
- 昭和の時代、米ソ冷戦の真っ只中においては、ソ連大使館などに勤務するKGBやGRUスパイの視察・取締が主任務であった。法制度上の問題はあったものの、本邦の外事警察官各々が習得していた捜査水準は総じて高かったと評されている。特にデッドドロップやライブドロップなど、工作活動の物的証拠を掴む技術に長けていたようだ。宮永スパイ事件も、当初は、警視庁外事第一課ソ連大使館担当の捜査員が、定期的に訪れる日本人を不審に思い、行動確認"コウカク"を行なったために発覚した事件である。
- また、温海事件や西新井事件に代表される北朝鮮スパイの視察・取締も並行して行なわれていた。北朝鮮による工作活動として、中学生である横田めぐみさん拉致事件などの日本人拉致事件が挙げられるほか、在日朝鮮人(土台人)への接触も頻繁になされていた。当時、大阪府警警備部外事課長(警視)であった、佐々淳行は著書『亡国スパイ秘録』にて、以下のように推論を述べている。
ひとつ考えられることは、彼らの狙いが対日諜報活動だけでなく、対日南北朝鮮人を獲得し、お隣の韓国に革命・諜報・破壊工作員として送りこむ「対韓非公然活動」もまた、重要な任務なのだろう。
『亡国スパイ秘録』(文春文庫)P120より引用。※佐々淳行の遺作。
- 西新井事件においては、日本人拉致実行犯の関係者を逮捕し、温海事件においては乱数表や暗号文など工作活動を示す証拠物品を一時押収するなどの成果を上げている。だが、法制度の穴を突かれ被疑者を証拠物品もろとも北朝鮮に送り返すという結果に終わってしまったが…。
- アメリカとロシアという超大国同士の冷戦が終結した一方、アジアを巡る情勢は緊迫感を増してゆく。近年では在外邦人の人質事件や、アルカイダなどの警戒に代表されるように、国際テロ警戒の重要度が増している。
- このほか、産業スパイへの警戒も行なわれている。かつて、警視庁公安部が取締った事案のひとつに東芝ココム事件が挙げられるが、近年では、ネットワーク経由での情報流出の懸念も高まっている。国際テロや産業スパイ対策など、様々な角度からの変革期が訪れている。
編成
国内情勢担当
- 公安総務課:課内総務や破壊活動防止法に基づく調査指定団体(日本共産党)、オウム真理教や後継団体、市民デモなどの視察を担当。テロ事案の捜査も所掌のため、公安機動捜査隊(下記)の運用を統括する。通称コウソウ。
- 公安第一課:日本赤軍など、極左暴力集団の視察を担当。麻生幾氏の著作によればチョウドメが通称とされる。
- 公安第二課:革マル派や、労働争議の視察を担当。国鉄分割民営化に際し、多発したゲリラ事件の捜査を主とした。
- 公安第三課:国家主義団体、民族主義団体、右翼団体の視察を担当。街宣車(街宣右翼)による、拡声器騒音の取締などは、機動隊内に編成される騒音取締部隊と連携して行なわれる。
- 公安第四課:資料、統計、特命捜査を担当。
- ※機動隊騒音取締部隊:警視庁機動隊10個隊内に編成される部隊。移動騒音測定車や、騒音測定器、集音マイクなどで、街宣車から流されるアジ演説の音量を測定する。
- 東京都においては『拡声機による暴騒音の規制に関する条例』や『国会議事堂等周辺地域及び外国公館等周辺地域の静穏の保持に関する法律』に基づき、規制がなされる。
国外情勢担当
- 外事第一課:諸外国による、外為法(外国為替及び外国貿易法)、関税法、外事関係法令違反(以下『法令違反』と評価。以下同じ)のうち、他の分掌ではない捜査を担当。
- 外事第二課:アジア地域による、法令違反の捜査を担当。
- 外事第三課:北東アジア地域(特に北朝鮮)による、法令違反の捜査を担当。
- 外事第四課:外国人によるテロリズム(国際テロ"コクテロ")の捜査を担当。
公安部の附置機関
- 警視庁サイバー攻撃対策センター
公安総務課隷下の執行隊
- 公安機動捜査隊"公機捜":公安部に設置される、唯一の執行隊である。都内において発生したテロ事件、爆発物や不審物、NBCテロ事案、大規模デモ行進の視察などに臨場する。また、大規模な警備に際し、突発的警備事案への対策として前進待機することもある。
- NBCテロ事案に際しては、公機捜のみならず、機動隊(一機、四機、五機、特車)内に編成される化学防護部隊と連携して対応する形がとられる。近年、五機には、公機捜に配備されるものと同様の装備資器材を搭載したNBCテロ対策車が配置されたほか、放射性物質にも対応した放射線防護車が四機に配置されるなど、公機捜のみならず機動隊の体制強化もなされている。
- 地下鉄サリン事件や東日本大震災における原発事故においても臨場したほか、異臭騒ぎにも臨場することがある。警視庁が行なう、公開テロ対策訓練や、年頭部隊出動訓練などにも参加するため、公安部内でも比較的、目にする機会が多い。(トップ画像も、公機捜の隊員である)
別名
ハム(公安の"公"の字を分解すると、ハ・ムになることより)
ソトゴト(外事警察の隠語)
余談
- 警視庁以外の道府県警では公安警察は警備部の下に有り、名称も「公安課」の場合と「警備第一課」の場合が有る。
参考動画・文献
『【直撃】Aleph(アレフ)って何?警視庁公安部長に聞いてみた(2022年3月18日)』
『“革命”を目指す若者たち!ニッポンの過激派の今【田中哲郎の“カゲキな解説”】(2020年8月18日)』
『亡国スパイ秘録』(文春文庫) 著佐々淳行
『激動の990日 第2安保警備の写真記録』(警視庁)
『極秘捜査』(文藝春秋) 著麻生幾
『カルマ神仙教事件 上・中・下』(講談社文庫) 著濱嘉之
関連タグ
関連人物
濱嘉之:警視庁公安部に所属していた経歴を持つ作家(退官済)。内閣情報調査室への出向経験も持つ。"カルマ神仙教事件"、"警視庁情報官"など。
麻生幾:公安を舞台にした小説の作家。"ZERO"、"極秘捜査"、"宣戦布告"、"外事警察〜その男に騙されるな〜"など。
佐々淳行:元・キャリア警察官。警視庁公安部外事課長代理〈警視〉、外事第一課長〈警視正〉などを歴任。"私を通りすぎたスパイたち"など。