事件被告人の実名及び犯行動機に関する記載は控えてください。
概要
2023年4月15日、岸田文雄内閣総理大臣が選挙の応援演説で和歌山県和歌山市の漁港を訪れた際、聴衆の中にいた被疑者に手製爆弾を投げ込まれた事件。
狙われた岸田首相自身は無事だったものの、手製爆弾の爆発で地元漁師と警官の2名が負傷したほか、前年夏の惨劇から1年も経たずに再び発生した事件は日本中を震撼させ、世界中に報じられた。
犯行の詳細
事件当日、統一地方選挙と同時に行われた衆議院議員補欠選挙での応援演説のため、和歌山県入りしていた岸田首相は演説会場だった和歌山市の雑賀崎漁港を訪れていた。
岸田首相が応援演説を開始する直前の当日午前11時30分頃、容疑者は岸田首相の約10m後方の聴衆の中に紛れ込み、1発目の爆弾を岸田首相の近くに投げ入れた。
投げられた爆弾は煙と閃光を上げながら岸田首相の足元に転がったが、付近にいたSPが咄嗟に爆弾を払いのけ岸田首相を素早く退避させた。
直後に容疑者は2発目の爆弾を投げようとしたが近くにいた地元漁師の男性がヘッドロックをかけて引き倒した所を周囲の聴衆やSPが加勢して取り押さえ、その後は和歌山県警により威力業務妨害の容疑で現行犯逮捕された。
報道映像をよく見るとこの時に容疑者がライターの様な物と2発目の爆弾を持っているのが確認出来るが、容疑者を取り押さえた漁師の話によると2発目の爆弾を決して手放さなかったという。
1発目の爆弾は容疑者が投げてから約50秒後に爆発したが岸田首相は既に退避しており、五・一五事件での犬養毅首相以来、戦後の日本国憲法施行下では初となる現職内閣総理大臣の殺害という最悪の事態は避けられたものの、飛散した爆弾の破片により聴衆と会場を警備していた警察官の2人が軽傷を負った。
犯行に使用された爆弾は鉄パイプに黒色火薬を詰めた物に導火線を取り付け、ライター等で着火するものだったが作りが稚拙だった為か、先述のように岸田首相に投げられてから爆発するまで50秒もの間があり、爆弾は完爆せずに容器の鉄パイプの一部が最大で30m先まで飛散し、破片により負傷者が出た。
その後、警察による家宅捜査では容疑者の自宅から金属製の筒や工具、黒色火薬の原材料となる物質などが押収されたほか、インターネットで容疑者が爆発物の製造方法を検索していた事が判明した。
なお、犯行には使用されていないが容疑者は岸田首相を襲撃した際、この爆弾2発の他に刃物も所持していた。
犯人についての発表
逮捕されたのは兵庫県川西市在住の無職の男K(当時24歳)。自宅で爆弾を製造した後、和歌山県の犯行現場まではバスや電車などの公共交通機関を乗り継いで移動していたとみられている。
また、容器者は後述するように現行の選挙制度に対して非常に強い不満を抱いていた。
選挙制度への不満
容疑者は事件前年夏に行われた参議院選挙の際に供託金を用意出来ず、年齢制限も相まって出馬出来なかった事で国を相手取った訴訟を起こしていた。
訴状では
「年齢の要件は何ら理由がなく、原告が社会的経験に基づく思慮が十分ではなく、その分別を有しないとされる差別である」
と主張したが2022年11月に請求棄却となった。
なお、警察の捜査によるとこの請求棄却と同じ時期に容疑者が火薬を製造していたとされている。
その後、同年12月に控訴した第2審では訴状で先述した選挙制度への不満に加え、
「既存政治家は国民の信任を経ずとも旧統一教会の組織票で当選し、利益を不当に独占し、国民に損害を与え続けている」
「岸田内閣は故安倍晋三の国葬を世論の反対多数の中で議会での審理を経ずに閣議決定のみで強行した。このような民主主義への挑戦は許されるべきものではない」
などと主張していたが逮捕された後の2023年5月25日に請求棄却となり、容疑者の敗訴が確定した。
SNS上での主張など
容疑者は2022年6月末に開設したTwitter(現・X)のアカウントでこの裁判の様子を投稿していたが、2022年8月12日に安倍元首相の国葬に関するニュースを引用し
「これが民主主義国のすることでしょうか。憲法で保障された普通選挙を行わず、供託金、年齢制限を課した制限選挙で選ばれた独裁者への弔慰の強要……。日本の民主主義は、もはや北朝鮮や中国と大差ありません」
と投稿し、その後2022年8月30日には岸田首相が留学生の受け入れ数を増やす事を計画しているとのニュースに触れて
「自国民より外国人を優遇する政治家は国賊と言います。このような政治家は本来、選挙で落とされます。しかし、国政選挙には300万円もの憲法違反の供託金を支払わなければ立候補できません。国民の為に政治を行う政治家を当選させるには、先ず、普通の国民が立候補できる環境が必要です。」
と投稿した。また、9月1日には
「#自民党気持ち悪い と多くの国民が感じていても、それは未来永劫続きます。なぜなら、被選挙権年齢・選挙供託金を課した、憲法違反の制限選挙が行われているからです。」
と書き込み、1週間後の9月8日には
「岸田首相も世襲3世ですが、民意を無視する人が政治家には通常なれません。世襲が蔓延る原因は、立候補するだけで300万円もの供託金を要求する違憲な公選法があるからです。」
などと投稿するなど、現行の選挙制度が憲法違反であるという持論を元に岸田政権への痛烈な批判も展開していた。
こうした投稿は2023年に入ってからも続いていたが、事件発生直前の4月11日夜に
「 憲法違反の選挙供託金・成人年齢以上の被選挙権年齢による、被選挙権侵害が現実問題として存在しています。
普通の国民が立候補出来ない現状の制限選挙下では、普通ではない世襲と、政党の言いなりの犬しか立候補出来ません。
まともな候補者がいなければ、投票数が減ります。
そして、投票数の分母が減った分、組織票や宗教票が幅を利かせることになり、一部の為の政治が行われ、世襲と腐敗が再生産されます。
と書き込んだのが最後となった。
なお、2022年9月24日に開催された兵庫県川西市の市政報告会には容疑者とみられる男が出席しており、同席していた自民党の市議会議員に対して選挙制度の改正を熱心に訴える様子が確認されていた。
また、逮捕後の取り調べでは一貫して黙秘したが、逮捕直後は供託金制度に関する裁判で弁護団長を務めた人物を自身の弁護人にするよう要求し、「弁護士が来てから話す」と供述していた。
しかしながら、容疑者が選挙制度に不満を持っていた事と犯行との因果関係は不明である。
容疑者の起訴
当初、和歌山県警は投げられた爆弾の威力が不明だった事などから先述したように容疑者を威力業務妨害罪で逮捕したが、のちの検証で犯行に使用された爆弾が殺傷力を有していたことが確認された。
鑑定留置を経て事件から約5ヶ月後の2023年9月6日に容疑者は首相や聴衆などに向けて爆弾を投げた殺人未遂及び爆発物取締罰則違反、正当な理由なく刃物を所持した銃刀法違反、火薬を許可なく製造した火薬類取締法違反、爆弾を投げ込み選挙活動を妨害した公職選挙法違反により起訴された。
裁判までの動き
事件発生から約1年半が経過した2024年11月13日、和歌山地裁は裁判員裁判初公判を来年2月4日に開くと明らかにした。
初公判を含む4回の審理が予定されており、同月19日に判決が言い渡される見通しである。
事件後の岸田首相の動静
事件現場から退避した岸田首相は和歌山県警の本部に向かったが、その後は予定変更することなく、和歌山県内の別の場所と千葉県内で応援演説を行った(演説に集まった方々を待たせているのに中止するのも申し訳ない、とのこと)。
予定を全て終えて東京へ戻った後は、理髪店へ散髪に赴いている。SNS上での反応は、テロに巻き込まれても何事もなかったかのように散髪へ行ったことで「テロ如きでは散髪の予定にすら影響を与えない」という姿勢を示した、と当日の行動を首相辞任後から再評価する声もある。
首相辞任後の2024年12月(動画では11月表記だがこれは表記ミスとのこと)に落合陽一と行なった対談では、事件当時の心境について岸田当人曰く、
- 「『切迫感』とか『深刻さ』は不思議と感じなかった」
- 「『自分が狙われた』とか『命が危ない』とかそういう切迫感がなかった」
- 「総理大臣がこういう目に遭ってるんだ、と意外と客観的に……(笑)」
と語っている。
事件への反応
政界の反応
事件後、岸田首相は自身のTwitterに
「いま私たちは、私たちの国にとって民主主義にとって最も大切である選挙を行っています。この国の主役である皆さん一人一人の思いをしっかり示して頂かなければなりません。その思いで私は街頭演説の場に立ち続けます。この大切な選挙を、ぜひ国民の皆さんと力を合わせて、最後までやり通す覚悟です」
と投稿。与党の政治家だけでなく野党の党首たちも全員が岸田首相の無事を祈ると共に、容疑者を非難するコメントを出している。
容疑者への反応
逮捕直後は選挙活動中の政治家を手製の武器で攻撃した点や、SNS上で宗教団体からの組織票や安倍元首相の国葬を批判していた事などを根拠に安倍元首相の暗殺に影響を受けた模倣犯と見られていたが、取り調べでは黙秘したままで何も供述しなかった事もあってか世間からの関心は次第に低くなっていき同じような犯行にもかかわらず、安倍元首相を暗殺した容疑者に強い共感や好意を寄せたり犯行を美化する者が現れたのとは全く逆の結果となった。
事件翌年の2024年11月、容疑者は自身の弁護人を通して
「取り調べを受けた際、過去にひきこもりだった事を検察官に揶揄されるなどの暴言を受けた」
と明かした。当然ながら検察の対応を「不適切」と指摘する声も上がったが、SNS上での反応の大半は容疑者の主張を「事実陳列罪」と一蹴して冷笑するものばかりだった。
選挙結果
この事件の舞台となった和歌山県では、先述のとおり統一地方選挙と並行して小選挙区・旧和歌山1区の補欠選挙が行われており、自民党は門博文を公認候補として擁立していた。
自民党はこの事件を起爆剤にして支持の拡大と票の増加を狙い和歌山県を拠点とする重鎮・二階俊博や二階の盟友である小池百合子東京都知事が熱烈な応援を行っていたが開票の結果、関西地区で勢いをつけている日本維新の会公認候補・林祐美に約5000票差で落選した。ちなみに他の補選4つはいずれも自民党が勝利している。
事件の影響
この事件の影響により、翌月のG7サミットではそれまでのサミットよりも警備体制が強化された。
警察庁は要人の警護強化は元より、宮内庁は皇宮警察と連携し、天皇陛下を始め皇族方の警護を強化した。
また、選挙での演説中の政治家を狙った事件が相次いだ事を受け、金属探知機を使用した身体検査の実施や群衆との距離を保つ為のフェンスの設置等の対策が行われるようになった。
しかし後に政治に関するスキャンダルと不祥事が相次いで発覚した影響か、不満をぶちまける形でテロを支持する輩が目立ち、テロのリスクと危機は年々増す一方でもある。
余談
本事件の解決に寄与した漁師は名前や顔を公表していないものの、彼が着ていた赤いベストが話題となり、ワークマンの「防寒ウィンドシェルベスト」と特定された。
話題になり本品を求める者が増え、品切れになったほどだった。
なお、岸田首相は事件後に電話越しで彼に謝意を伝えていたがこの翌週、直接彼にお礼を述べに再び和歌山を訪問している。
関連タグ
- 安倍晋三銃撃事件:この事件の前年に和歌山県の隣県である奈良県で発生した、選挙遊説中の安倍晋三元首相が自作銃で撃たれ死亡した事件。犯人が単独犯だった点や、銃と爆弾という違いはあれど応援演説中の首相経験者が火薬を使用した手製の武器で攻撃された点などの類似性があり、本事件の容疑者は安倍元首相の暗殺に影響を受けた模倣犯ではないかと指摘された。
- ドナルド・トランプ暗殺未遂事件:国は違い現職ではなかったものの、大統領経験者が選挙活動中に暗殺未遂に遭った。
- 永田町襲撃事件:この事件の約1年半後に発生した、自民党本部と首相官邸が攻撃された事件。この事件の容疑者の思想的背景は不明だが、本事件の容疑者と同様に選挙での供託金制度を批判していた。