概要
2024年7月13日午後6時11分頃(日本時間では14日午前7時11分頃)、米国ペンシルベニア州バトラーで共和党から大統領選挙に再選を賭けて立候補していたドナルド・トランプ前大統領が演説中に銃撃された事件である。
この事件でトランプ氏は右耳上部に銃弾が当たって負傷し、さらに流れ弾に被弾して演説を聞いていた聴衆のうち1人が死亡、2人が重傷を負った。トランプ氏自身は銃撃を受けて直ぐに姿勢を低くしてしゃがみ込むとボディーガード達が直ぐに覆い被さって防御したため、右耳負傷以外無事に済んだ。
この事態に対抗馬の現職であるバイデン大統領は勿論、世界各国首脳も事件と容疑者に対する非難の声明を次々と発表、暗殺という手段や暴力による民主主義侵害を断じて許さない姿勢を鮮明とした。
容疑者
容疑者は地元ペンシルベニア・べセルパークに住む中産階級出身で、介護職に就いていた男(当時20歳)。
組織的背景がない単独犯と断定されている。
学生の頃より銃器に興味を持っており、地元の銃愛好家団体に加盟していた。
また、彼が銃撃時に着ていたTシャツは銃の使い方を紹介するYoutuberが販売していたものであった。
犯行詳細
事件前日に容疑者は父が保有していた「AR-15」を持ち出し、射撃クラブの射撃場で遠くにいる標的を想定とした射撃練習を行っていた。
事件当日にホームセンターで梯子、銃器店で実弾50発分をそれぞれ購入。車で現地に訪れていたが、集会会場入場口にある金属探知機周辺で不審な行動をしていたため警官にマークされてしまうも、直ぐに行方をくらましていた。また、SS(シークレットサービス)も距離計を持つ不審人物に気付いて警戒していた模様。
その後、容疑者はトランプ氏が演説中に会場から140m程離れた建物の屋根に梯子で登り、狙撃を試みていた。しかし、一連の様子は周辺にいた人々に目撃されてしまっており、付近にいた警官達に「不審な行動を取っている人物がいる」と通報されていた。駆け付けた1人の警官が梯子に登って容疑者を制止しようとしたが、彼は銃を向けて警官を威嚇し、警官が慌てて身を隠そうとして落下した隙に急いで狙撃を実行。トランプ氏に向けて8発程発砲したが、直後に現場で警戒に当たっていたSS狙撃班に射殺された。
この事件ではトランプ氏銃殺という最悪の事態は免れたものの、事前に容疑者をマークしていながら犯行を未然に防げなかったことで地元警察とSSに事件発生時の警備体制への批判が殺到し、当時のSS長官が「過去数十年で最大の失敗」であると認め7月23日に引責辞任している。
容疑者は犯行時に発信機の様なものを身に付けており、乗っていた車からは受信機が取付けられた爆発物が発見された。このことから、遠隔操作で車を爆破させ、会場が混乱する中でトランプ氏を狙撃することも計画していたと思われる。また、車からは購入分よりも倍近くの100発近い弾が込められた弾倉も発見されているが、こちらは何に使用する予定であったかは不明。
なお、容疑者は職場の上司に事件当日に休暇を申し出て、同僚には犯行翌日に出勤することを伝えていたことから、犯行後すぐに逃走して翌日には何食わぬ顔をして職場に出勤することを考えていたことが推察されている。
容疑者の素性等
職場同僚によると、容疑者は大人しい性格で職場でも政治的な話をすることは全くなかったらしく、共和党員でありながら民主党に所属するバイデン大統領の支持団体に寄付を行う等、政治に対しては中立寄りの立場を取っていたかあまり関心がなかったことがうかがえる。
一方で、旧知の者達からは、容疑者はスクールカーストでいうところの典型的なギークであり、理数系科目で表彰を受ける(特にプログラミングが非常に得意であったらしい)など成績優秀だったものの、反面人付合いは苦手であり、少年期はいじめられっ子で学校内で孤立していたという証言もあった。家族によると現在も付合いがある友人は特にいないようであったとのことで、成人後も社会的に殆ど孤立していたに等しい状態であった可能性が指摘されている。
また、容疑者が就いていた介護職は、所謂「エッセンシャルワーカー」と呼ばれる職種に当たり、決して安定した収入を得られる職業ではない。自身の強みである理数系知識を活かせる様な職業ではなく、収入が不安定な職に就かざるを得なかったことで、社会に対して鬱屈した思いを抱いていたり、自身の将来に対して漠然とした不安を抱いていた可能性もあり、いつしかそうしたネガティブな感情の矛先を、(半ば逆恨みに近い形で)政治家であるトランプ氏に向ける様になって行ったとしても不思議な話ではない。
以上のことから、犯行動機は政治的な意図によるものか、それとも心身の不安定さ等に起因する個人的な動機によるものかはハッキリしていない(容疑者自身が死亡したこともあり、未解明に終わる可能性が高い)。
なお、容疑者は高校時代に世界最大手の資産運用会社・ブラックロックの広告に出演していたことが判明しており、事件後にブラックロック社は該当する広告映像を削除している。
大統領選への影響
今回の事件が今後の大統領選にどこまで影響を与えるかは現時点では不透明であるが、トランプ氏にとって有利に働くであろうとする意見が優勢である。
これは、単に同情票が集まるだけでなく、銃撃直後に負傷しながらも立上がり、ガッツポーズを取って健在であることを示して見せたトランプ氏の姿が、米国人が求める“強いリーダー像”と合致するという見方があるため。本来銃撃されて自分の命が奪われかねない状況下では動揺してパニックに陥ってもおかしくなく、トランプ氏と距離を置いていた共和党員からもとっさにあの様な行動を取って見せたトランプ氏を評価する声が上がるようになり、支持が広がり始めているといわれている。
対して、対抗馬であるバイデン氏は、トランプ氏以上に高齢で、直前に行われた討論会でも言葉に窮する場面が目立つなど、“強いリーダー像”とはかけ離れた醜態を次々に晒してしまっていたことから、今回の事件の影響でますますトランプ氏との印象の格差が際立ったとする意見も出ている。
また、トランプ批判の切札であり実際トランプ政権最大級の汚点であったアメリカ連邦議会襲撃事件についても言及を避けざるを得なくなった。
バイデン陣営は事ある毎にこれを引合いに出して「トランプ氏が過激な言動で支持者を扇動したためにあの様なことが起きた」と非難して来たが、事件後は逆に共和党員やトランプ氏支持者から「トランプ氏をあたかも危険人物であるかの様に煽ったことが今回の事件を引起こしたのではないか?」「反トランプの方がよっぽど危険で暴力的じゃないか」と非難し返される事態にまで陥っており、最早ブーメランにしかならなくなったためである。
あろうことか、バイデン氏は事件直前に「トランプ氏を標的とすべき」との失言をしてしまっており(年齢以前の問題として、彼にもトランプ氏に負けず劣らず興奮すると口が悪くなる悪癖があった)、事件後に釈明に追われる事態ともなっている。
一方のトランプ氏も7月15日からの共和党大会に姿を見せつつ「とても勇ましい演説を用意したが、あの経験の後でそんなことはいえない」として、持ち前の「トランプ節」を封印し、攻撃的な態度自体を抑制する様になった。
彼の場合、代わって訴えたのは「団結」や「融和」であり、これもまたバイデン陣営の十八番を奪うものであった。
元々バイデン政権はインフレ抑制失敗など多くの政策的批判に晒されており、どうしてもイデオロギーや個人的資質を争点にせざるを得ない部分があった。それすらも今回封じられたこととよって八方塞がりとなったという見方が強まり、ネット上では大統領選は事実上終わった(トランプの勝ち確なので)といった書込みすら溢れ返った。
実際、本事件を受けて実施された緊急の世論調査では、元々やや優勢な傾向のあったトランプ氏が一気に15ポイント以上引き離したという結果も出ている。
市場の反応も重大事件の後とは思えない程良好で、特にバイデン政権が規制強化に乗り出していた仮想通貨や化石燃料といった銘柄の高騰が目立った。これは明らかに、政権交代を見据えた動きであると指摘されている。
イーロン・マスク氏の様な大物も(元々トランプ氏寄りではあったが)これを機に正式に支持を表明し、自身が持つX(旧Twitter)での盛り上がりにも一役買っている。同時に毎月4500万ドル(当時のレートで約71億円)の献金を行うとも表明し、精神・物質両面から強力なバックアップを始めている。
一方で、本人の心配もそこそこに選挙戦の分析を始めること自体に「不謹慎ではないか?」といった非難の声も上がっている。
トランプ氏の台頭自体、既存のメディアや知識人らに対する強い不信・不満があったと指摘されるところであり、それが今回の事件を経て再び過熱し、そのことによってまた(本人の訴えた意味とはやや違う形ではあるが)団結が強まるという循環が生じている。
この事件の影響かは定かではないが対立候補であったバイデン大統領(当時)が撤退を表明、カマラ・ハリス副大統領(当時)が民主党立候補として立候補した。
その後のトランプ氏は移民に対する失言などによる炎上で支持率が下落する事もあったが同年11月の選挙ではハリス副大統領に大勝し、4年ぶりに大統領の座に返り咲くこととなった。
陰謀論・都市伝説
自作自演説
一部では、トランプ氏が支持拡大を狙って行った自作自演ではないかという陰謀論も出ているが、冒頭で述べた通り、銃弾は右耳に被弾しており、後数cmずれていれば確実に頭部に命中していた可能性がある極めて殺意が高いものであったため、その可能性は低い(そもそも自分のみならず、他人も巻き添えとなる様な形でのプロパガンダ等誰もやりたがらないであろう)。
実際、使用された銃は少し練習すればズブの素人でも100m先のコインを撃ち抜ける程高精度なものであった(AR-15は米軍で制式採用されているM16シリーズ最初期モデル)。
しかし、トランプ氏が一命を取り留めたのは、容疑者が偶然射撃サークルに入部拒否される程のド下手であったこと(とはいえ、少なくとも1年前から地元の射撃クラブに所属していたので、事件当時はある程度銃器の扱いには慣れていたと考えられる)、その上警官が迫っていたことで余裕がなく、慌てて乱射したこと、トランプ氏が銃撃が起こる直前に、偶然手元の資料を見るために顔を動かしたことで銃弾直撃を免れたことなど、奇跡的な要素がいくつも重なったためである。
トランプ氏は「もし、あの時顔を動かしていなかったら、私はこの世にはいなかったであろう」と述懐している他、「考えもつかぬこの出来事を防いだのは神のみ」とも語っている。
元々、上記の議会襲撃にも関わったとある界隈を中心にトランプ氏は神が使わした光の戦士であるとする捉え方があったが、今回の件を受けてそれが一般のキリスト教徒間にもある程度共有されることとなり、「陰謀論者」のレッテルすら彼らから反トランプ側に貼り替わった節がある。
キリスト教徒側にとっても、近年は進化論・中絶・同性愛等を巡って熱心な信者程批判されがちな中で、珍しく堂々と主張出来る「奇跡」が起きたと一種の神格化を進める向きは強く、このまま一転攻勢が始まるとの期待も多く寄せられている。
安倍元首相がトランプ氏を助けた?
更に関連して、現役中に蜜月関係にあり、2年前凶弾に斃れた安倍晋三元首相が守護霊としてトランプ氏を守ったとする説も流布した。
これについては発端となったインフルエンサーが早々に「ネタばらし」を行っているものの、日本人や親日派を中心にその後も一定程度信じられた。
それでなくとも安倍氏の命日は本事件の5日前と非常に近かった上、国の指導者を経験した(米国大統領と内閣総理大臣)政治家が、選挙演説中に男性から銃撃されたという類似性から日本国内では件の事件を連想したという人も多く、一方を評価する人はもう一方も評価する傾向が強かったこともあって、こうした話が受入れられやすい土壌が整っていたと考えられる。
他方で、これらの反動を受けるかの様に、バイデン氏と共に岸田前総理も株を下げるという思わぬ「流れ弾」が飛んでいる。
彼も当然非難声明を発表していたが、バイデン氏と良好な関係を築いた一方、「アベノミクス」批判や「安倍派」解体など安倍政権を否定するかの様な政策をしばしば取って来た経歴が、今の空気に水を差す、トランプ氏の相手に相応しくないと反岸田派や安倍氏支持者達から目を付けられた模様である。
岸田氏も選挙活動中に発生した暗殺未遂からの生還を経験しているが、当時から安倍氏やトランプ氏の様な盛り上がりは見られなかった。この温度差には、色々と示唆に富むものがある。
外国勢力の関与説
なお、事件発生直前にはイランがトランプ氏暗殺を画策しているという情報を米当局が掴み、SSとも共有していたが、本事件との関連はないとされている。
写真
事件直後にAP通信より、青空にはためく星条旗をバックに警護隊に覆い被さられながらも拳を振りかざして懸命に聴衆を鼓舞しようとするトランプ氏を写した写真が発信され、事件を象徴する1枚として世界中で話題となった。
この写真を撮影したカメラマンはAP通信所属のエヴァン・ヴッチ氏。過去にピューリッツァー賞を受賞したこともある、ジャーナリストの間ではかなり有名な人物である。
彼は以前より、鍛え上げられた己の肉体を生かした反射神経と機動力、それに加えて一瞬で完成度の高い構図を捉える判断力を備えた凄腕のカメラマンとして高い評価を得ていた。
今回撮られた写真もまた、「今年の1枚」「今年のピューリッツァー賞候補」との声が多い。
また、その構図から民衆を導く自由の女神を連想したという意見も多く見られた。
サブカルチャーへの影響
- SNS上
件の写真の影響からか、X(Twitter)上では、一時「#ピューリッツァー賞と思う画像」というハッシュタグがトレンド入りした。また、ここPixivにおいても、事件直後にこの写真を元にした時事ネタ系イラストが数多く投稿された。
一方で、死者が出ている事件を茶化す様なことをするのは不謹慎ではないかという批判の声もある。
- Mr.President!
事件の約8年前の2016年10月に発売されたアクションゲームで、プレイヤーが大統領のボディガードを務める主人公を操作し、ロナルド・ランプ大統領暗殺を防ぐという内容。
発売当時は不自然なロケーションやデタラメな物理演算によるキャラの滅茶苦茶な挙動等からバカゲーとしての評価が強く、大して注目されていなかったが、今回の事件を受けて一気に再評価の流れが進むという珍妙な事態が起きており、YouTube上でも実況動画が多数アップロードされることとなった。
事件2日前に特報映像(予告編第1弾)が公開されたが、その中で大統領が銃撃され、負傷するシーンがあったことから、「映画の中で発生したことが現実となった」と一部で話題となった。
歴代米国大統領をモデルとしたと思われるキャラが登場しているだけあって、トランプ氏も幾度か登場しており、就任前2001年の実業家時代にもモデルとした登場人物が狙撃されて殺されている(「殺人劇の夜」)が、大統領就任後2017年に描かれた「夢の国」でも現役大統領として登場、こちらもゴルゴ13に狙撃対象となったが殺されてはいない、というのも、この話では狙撃されながらも大統領の力強い姿を見せて支持率アップを目論んだ側近が、いわば自作自演で依頼したもので、今回の事件との共通性が指摘されている。また今作収録の単行本発売は事件直前の2024年7月5日であった。
2度目の暗殺未遂事件
この事件から2ヶ月後の9月15日、再度トランプ氏に暗殺魔の手が襲い掛かった。
フロリダ州パームピーチ郡ゴルフ場でトランプ氏がプレーしていた際、ゴルフ場フェンス外側よりコープを取付けたAK-47を構えていた男がいるのを警戒中のSSが発見。威嚇射撃を受けた男は車に乗って逃走したが約40分後に高速道路を走行していたところを逮捕された。
トランプ氏は当時、容疑者から400m前後離れた場所にいたが直ぐに避難し「私は無事で元気である」とする声明を出した。
容疑者
ニューヨークタイムズによると容疑者はハワイ州在住の男(当時58歳)。
事件当日深夜からゴルフ場近くの屋外にライフルと食料を持ち込んで待機し、SSに発見されるまで半日近くトランプ氏を待ち伏せしていたとされる。
容疑者は2022年にロシアからの軍事侵攻を受けたウクライナに渡航し国際社会からの支援を訴える運動に参加したり、ウクライナ軍に外国人義勇兵として入隊しようとしたが年齢を理由に拒否されるなどウクライナ情勢に強い関心を持っており、ウクライナへの軍事支援に消極的なトランプ氏の姿勢を批判していた。
2016年大統領選ではトランプ氏に投票していた様であるが、ウクライナ政策に失望して態度を変えたと推定されており、前年に自費出版した本ではトランプ氏を「馬鹿」「間抜け」と評し2021年1月6日に発生した連邦議事堂の暴動について
「ドナルド・トランプとその輩によって強行された災難」
「民主主義が目の前で崩壊した」
と批判した他、トランプ氏が在職中バラク・オバマがイランと結んだ核交渉を廃棄したことに伴う怒りを表して
「イラン、済まない」
などと綴っていた。
余談
7月の事件について、かつてロナルド・レーガン暗殺を試みて失敗したジョン・ヒンクリーも犯人を非難する投稿をSNSに行っていたが、それに対する反応は(多少の差異はあれど)「お前が言うな」というべきものであった。
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