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概要

ジェームズ・アール・カーター・ジュニア(英語:James Earl "Jimmy" Carter, Jr.、1924年10月1日 - )は、アメリカ合衆国の政治家。第39代アメリカ合衆国大統領。ジョージア州議会上院議員、同州知事を歴任した。所属は民主党。東西冷戦時代の大統領でありながら対話による平和外交を打ち出した異例の大統領である。

経歴

1924年10月1日にジョージア州プレーンズに誕生した。1946年6月に海軍兵学校を卒業し、海軍では潜水艦部門に配属されて原子力潜水艦の開発にも携わった。この時カナダの研究所で発生した原子炉暴走事故の処理に参加して被曝している。その後は1953年7月に父親が死去し、1961年12月に海軍を退役した後はピーナッツ農家を継いで成功を収めた。

1963年1月にジョージア州議会上院議員、1971年1月に同州の州知事に就任し、1期4年を務めた。州知事時代は人種差別問題の解決・行政改革・教育格差是正に取り組み、左右に偏らない穏健的な姿勢が当時注目を集めた。そして州知事退任後は連邦議会議員経験の無い異例の経歴で、1976年アメリカ合衆国大統領選挙に出馬した。これがどれほどの事か日本で例えるなら、全国的な知名度がほぼ無い都道府県知事が総理大臣候補になるようなものである。その為この知らせを聞いた時、カーターの母親はカーターがどこかの会社の社長になると勘違いしたという(英語で「大統領」と「社長」には同じ単語の「President(プレジデント)」が使われるため)。

1976年11月に大統領選挙が実施された時は低い知名度が如実に現れ、対戦相手の現職のフォード大統領に対抗できるか不安視されていた。1974年8月にフォードの先代のニクソン前大統領が汚職により辞職した影響から、地方農家出身というクリーンなイメージがある出自が好感を持たれ、世論調査を使った情報収集で世間の求める政策を的確に出す事に成功して大統領選挙に勝利した。1977年1月20日の就任時には、連邦議会議事堂からホワイトハウスまで初めてパレードを実施して好評を得た為、それ以降の大統領就任式で恒例行事となっている。

大統領

1977年1月20日に大統領に就任した。在任中は内外政策での度重なる失敗により、2期目の再選を目指した1980年アメリカ合衆国大統領選挙では、共和党の大統領候補であるカリフォルニア州のロナルド・レーガン前州知事に敗北し、1981年1月20日に1期4年で大統領を退任した。

政策

内政

中東情勢悪化による石油危機を原因とした不況・1979年3月の原発事故などの内政問題の対応に当たり、エネルギー省と教育省の創設・航空業界の新規参入規制の緩和などを行った。

外交

1979年1月に台湾に追いやられて弱体化した中華民国と断交し、大陸部分を実効支配する社会主義共和国の中華人民共和国と国交樹立を果たして同国を訪問した他、1978年9月に対立関係にあった中東のエジプトイスラエルの和平協定である『キャンプ・デービッド協定』を仲介した。他にも、ニクソン時代から行っていたソ連との対立解消を目指す交渉活動(通称は“デタント”)の継続による大規模軍縮や諜報機関(CIA)の予算削減など「人権外交」と呼ばれる穏健的な外交を行った。

中東

1979年2月にイランでパフラヴィー政権が革命によって打倒され、同年12月にアフガニスタンで発生した内戦にソ連の介入を許すなどした為、野党の共和党などからは「弱腰外交」と批判された。

特にイランのパフラヴィー政権の崩壊は、カーターの大きなイメージダウンへの引き金となった。崩壊後の1979年11月に亡命したイランの元皇帝をアメリカに入国させたため、イランの過激な学生が現地のアメリカ大使館を占拠して大使・職員及びその家族を人質に立てこもる事件が発生した。カーターは革命により樹立された新政権がこの事件の解決を放置した為、アメリカ軍による武力解決を計画・実行した。しかし作戦中に死亡事故が発生して作戦は失敗に終わり、それどころか武力解決を計画していたことがイランにバレた為に解決の為の交渉が更に難しくなってしまった。なお、この事件は1981年1月20日に人質の全員解放をもって解決した。

大統領退任後

1981年1月の退任後は慈善活動の他、大統領経験者という立場からアメリカと外交問題を抱える国々へ派遣されることが多くなった。

具体的には北朝鮮への核開発凍結・拘束されていたアメリカ人の解放交渉・断交以来初のキューバへの大統領経験者訪問と同国の指導者フィデル・カストロとの会談・南スーダン独立投票の監視などがあり、2002年12月にはこれらの功績からノーベル平和賞を受賞した。

現職時代と対象的な退任後の高い外交実績から『史上最強の元大統領』という賞賛と皮肉の混ざった異名を持っている。

2022年現在、存命中の大統領経験者としては97歳と最長寿となっている。

その他

1998年4月には建造された海軍の潜水艦に「ジミー・カーター」の名前が付けられた。これはカーターが大統領経験者で唯一潜水艦の搭乗員を経験している為である。

関連項目

アメリカ合衆国
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