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自民党

じみんとう

日本の政党。正式名称は「自由民主党」(じゆうみんしゅとう)。政治位置は親米保守主義
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日本の自由民主党

自由民主党(Liberal Democratic Party of Japan)


党歌『われら』1955年に吉田茂政権の与党・自由党と反吉田党である日本民主党などが合同して結党した保守政党。中道寄りの自由党系保守の系譜と、右派寄りの日本民主党系保守の系譜が長らく派閥として存在していた。自民党の党首は総裁という役職で、初代総裁は鳩山一郎である。党の事務は幹事長が行う。

保守政党の大合同の目的としては1955年の日本社会党の左派・右派社会党の統一による一大革新政党の出現に対するものであったが、その後の日本政治においてほぼ一貫して日本の政権を独占し、1955年~1993年の38年間を自民党一党で総理大臣はすべて自民党所属の国会議員から選出させた。多党制民主主義を標榜する国家で20年以上同じ政党が政権党を継続するのは極めてまれで、日本国の自由民主党とメキシコ合衆国の制度的革命党だけともいわれる。

1993年に小沢一郎細川護煕羽田孜らが率いる非自民連立政権が次々と交代したあと、自民党はかつてのライバルであった社会党(及び新党さきがけ)と連立する異例の大連立を組んだ(自社さ連立政権)。しかし社会党の方針転換に反発した支持者が大量離党し、橋本龍太郎時代に再び自民党単独与党に復帰した。その後は公明党を連立政権に取り込むことで、自民党は自党の支持基盤の弱体化を補った。2009年の民主党による政権が3年続いた後、2012年(平成24年)12月の総選挙で政権与党に返り咲いた。自民党は再び自民公明政権体制を構築した。

全体としては中道右派の保守政党という位置づけであるが、親米・反共産主義・保守という基本線は一致しつつも、多様な勢力を含んでいる。吉田の旧自由党系の中道・穏健派(ハト派・経済発展重視・混合経済)の議員派閥と、鳩山の旧日本民主党系の右派・急進派(タカ派・保守イデオロギー重視・新自由主義)の議員派閥が凌ぎあっており、昭和の間は前者が、平成に入ってからは後者が、それぞれ自民党の主導権を握っているとされる。自民党の派閥は中選挙区時代は一つの政党に匹敵するぐらいの力を持っていて「領袖」と俗称される派閥トップへの就任が総裁へのステップだった時代もあったが、小選挙区制の導入後派閥の影響力が激減し、自民党の派閥は総裁の座を争うための集団からポスト獲得互助組織へと変質していった。

また、派閥全盛期は「派閥という少数政党による連立政権」とも言われるほどで、派閥力学によって総理・総裁の座が吹き飛ぶほどであった。一方で派閥体制が完全に構築される前にトップに上り詰めた佐藤栄作は、総裁任期4期を全うし(日本基準での)長期政権を築いたが、以後は総裁任期の連続3選が禁止された。この結果、2年というただでさえ短い総裁任期が連続2期までとなり、通常はどうあがいても4年以上総理を務められないという仕組みが出来上がった。
この仕組みにより佐藤の後継者たる三角大福中の全員が総理総裁を務めたが、4年の任期を打ち破ったのは任期最終盤で衆参同時選挙で衆院300議席越えの圧勝をもたらした中曽根康弘ただ一人であった(あくまで2期目の任期延長という形)。
一方で不祥事・参院選敗北・更には総裁選敗北など様々な理由で総理のクビが飛んでしまったため、「日本の総理は任期が短い」というイメージが世界的に定着するハメになる。こうした状態から総理・総裁分離論が飛び出すなど、総理大臣という存在の強化のための新たなプランも飛び出したが、実行に移されることは無かった。
その後小泉時代に総裁任期は3年に伸び、更に第3次安倍内閣期に連続任期3選までは許容されるようになったため、総裁の最長任期は4年→6年→9年となり、総選挙に勝ち続ければ諸外国並みの長期政権も可能になっている。この変化も、派閥の弱体化のみならず、政権交代の可能性が以前より高まったことなどを受け、党内政治だけで政権が決まらなくなったことや総理総裁の権限が大幅に強まったことも関係している。

日米安保条約を外交の基軸とし、とりわけ小泉政権がイラク戦争を支持して以降、アメリカ合衆国の世界戦略に積極的に協力する政治家の影響力が強まった。

圧倒的な保守政党

自民党は1955年以降日本国の与党をほぼ担当し、高度経済成長期以降の日本社会の枠組みを作り出した政党である。

都市部では戦前からの会社文化の制度改革を嫌う大企業の経営者層、地方では農家・林業・個人商店主など既得権益層の利益を代表する政党であり、全国の特権階層と結びついていることがその強さの源泉でもあった。

が、平成以降は業界組織との関係維持が不安定になり、地方産業よりもグローバル資本の利益を代弁する新自由主義色を強めるとともに、創価学会が母体の公明党との連立を維持していく体制をとることになった。(自公連立)

外国などからみた特徴

日本政治では選挙をするのにもかかわらず、同じ政党が独裁的要素を持つ政党でもないのにもかかわらず、保守政党というのみで、四半世紀も政権を持つというのは常識的ではないという風に見られることがあった。アジアでは中国や北朝鮮ベトナムシンガポールのような一党独裁国家がいまだに多いので、そういった国々とも共通する政治風土が自民党の長期政権を可能にしてきた可能性もある。選挙の結果だけを見ると日本人が政権交代を望んでいないという風にとらえられることもある。政権交代を望まないということは民主主義的にどうなのかということが問題になってくるわけである。

しかし、第一党とはいえ自民党の支持率自体は国民全体の中でそう高くはない。自民党が圧倒的に勝利し衆議院議席の3分の2を占めた2012年衆議院選挙でも、自民党の実際の得票は3割弱にすぎない。これは勝者が票を総取りする小選挙区制の特質によるものである。さらに棄権者が有権者の半数弱いるため、自民党の支持者は全有権者中の16%であり、国民の中の最大勢力である無党派層の半分にも及ばないともいえるわけである。

だから自民党が与党の座を追われたことは皆無ではないのだが、それは違う政党に支持が集まったからというよりは、従来の自民党型政治が行き詰まったためで、90年代の非自民政権は基本政策の違いに目をつぶって連立したため混乱して自社さ連立政権に移行、民主党政権もスローガンとした「政治主導」が迷走の末破綻したため、その度に自民党が政権に復帰している。(⇒自由民主党

2012~2016年の自民党

民主党政権(2009~12年)までの間、自民党は10数年ぶりに野党となり、谷垣禎一総裁(任期:2009~2012)のもとで右傾化が進んだ。自民党の三たびの政権復帰に伴い再び党総裁となった安倍晋三は第一次政権の屈辱を晴らすべく、再び『戦後体制からの脱却』を目標に、以前よりも強権的な性格を隠そうとしなくなった。以前からの懸案であった改憲では憲法9条の改変よりも97条などに定められている「基本的人権」を制限することを最重視するようになり、マスコミへの介入、共謀罪の導入するなど、より反動的な性格が強まっている。

その一方で、今度失敗したら二度と与党に上がれなくなることも自覚したのか、これまで頑なに拒んでいた返済不要の奨学金制度の導入や、子育て支援にも力を入れる事となり、以前よりは国民の声を反映するようになった。また、連立与党である公明党が中道政党であることがこうした動きにつながっている。しかし、「働き方改革」には労働時間の規制緩和が抱き合わせにされるなど、「強いものをより強くすれば、全体が豊かになる」という発想は変わっていない。

自民党の体質の変化

系譜の異なる保守政党が結集したという背景もあり、自民党には本来、親米と反共産主義という基本線以外の共通点はなかったといっていい。思想面では個人主義者から権威主義者まで、経済面では小さな政府論者から福祉国家論者までの幅があった。

党内では思想や人脈でつながった派閥が自民党内部の政党的性格を有しており、熾烈な派閥闘争を繰り広げていた。そのため、自民党で主導権を握る派閥が変わると政策が大きく変わることも珍しくなく、それが擬似的な政権交代の役割を果たし、自民党の自浄作用に一役買っていた。そうした政治思想面の幅の広さを有しつつも、組織としてはまとまっているという一面が民衆の自民党支持につながっているのだが、一党独裁体制下の政党でもあるまいに、選挙ではなく非公式な派閥間の権力闘争で政策が決まるというのは民主主義の政党として問題はないのかという声があがることもある。

しかし、55年体制崩によって二大党制による政治体制が期待されるようなり、小選挙区制の導入され執行部に権限が集中することになる。
特に小泉政権以降は「官邸主導」が強調され、(党、官僚、司法などへの)人事権を武器にした官邸と党執行部への権限集中が著しい。また、党内タカ派派閥の代表格であった清和政策研究会が党内主導権を握ったことにより新保守主義一本やりの政党に落ち着きつつある。このことについては、自民党外部にも政権交代を担えるだけの勢力が存在しなくなったこともあり、アメリカからの外圧以外に首相を抑えられる手段が弱まっていること、あまりに官邸に権限が集中したことにより、首相と近しい人物との癒着、腐敗が蔓延しかねないこと、などへの危惧が示され、「官邸独裁」などと批判的に捉えられることがある。

党指針

立党宣言(1955)

  • 民生の安定
  • 公共福祉の推進
  • 自主独立
  • 平和の確立
  • 議会民主政治
  • 個人の自由と人格の尊厳
党綱
  • 民主主義
  • 文化的民主国家
  • 平和と自由
  • 自主独立。
  • 公共の福祉
  • 個人の創意と企業の努力
  • 経済の総合計画
  • 民生安定と福祉国家。
性格(1955)
  • 国民政党として階級政党(右派・左派勢力党)に反対
  • 平和主義政党として国際連合憲章の精神にのっとり世界平和に努力
  • 真の民主主義国家として基本的人権を尊重し、階級独裁や共産主義に反対
  • 議会主義政党として、闘争や破壊を排し伝統や秩序を保持しつつ現状改革
  • 福祉政策の実現を図る政党として社会主義経済と独占資本主義を廃し、自由企業を基に生産増強、社会保障、完全雇用、福祉国家を実現
使命(1955)
  • 社会主義や共産主義などは反米勢力
  • 日本国憲法や戦後民主主義は日本を弱体化させる。正しい民主主義と自由こそが必要であり、自由民主党は憲法改正で国民の負託に応える。
政綱(編)(1955)
  • 国民道義の確立と教育の改革
  • 政官界の刷新
  • 経済自立の達成
  • 福祉社会の建設
  • 平和外交の積極的展開
  • 独立体制整備

党綱(編)(2005)
  • 新しい憲法の制定を
  • 高い志を持った日本人を
  • 小さな政府を
  • 持続可能な社会保障制度の確立を
  • 世界一、安心・安全な社会を
  • 食料・エネルギーの安定的確保を
  • 知と技で国際競争力の強化を
  • 循環型社会の構築を
  • 男女がともに支えあう世界を
  • 生きがいとうるおいのある世界を

綱領〈現状認知〉(編)(2010)
天皇
  • 天皇を下に日米同盟を機軸とした外交政策で平和な日本を作り上げた
反左翼
  • 反共産・社会主義、反独裁・統制的統治は達成した
文化
  • 文化の喪失、経済成長の鈍化、財政悪化、少子化などの現実に対処するために、もう1つの立党目的である「日本らしい日本の確立」が重要とした
自由
  • 護り続けてきた自由は市場原理主義でも無原則な政府介入主義でも無いとして、自立した個人の義務と創意工夫、自由な選択、他への尊重と寛容、共助の精神からなる自由とした。
保守進歩主義
  • 我が党は常に進歩を目指す保守政党である

政策の基本的考え

  • 新憲法の制定
  • 自主防衛
  • 自助自立する個人の尊重
  • 市場経済
  • 地域社会と家族の絆
  • 公正な政策
  • 財政の効率化と税制改正
  • 我が党は誇りと活力ある日本像を目指す


マーク

正式な党章は菊花紋章である。ただ、国民に対して親しみやすさに欠けると思ったのかあまり使われず、昭和時代では「緑色の像」がシンボルマークとして使われた模様。しかし、このことは2014年現在ではほぼ知られていない。(もしかすると旧自由党系のほうのマークに近いのかもしれない。)

現在の自民党は〈黄色の太陽の下に青と緑の人型がバンザイをしている意匠〉をシンボルマークとしていることが多い。由来は「明るい太陽のもとで、自由にのびのびと暮らす人びと」を描いたとのこと。さいたまAA(画像右)の元ネタでもある。

ロゴ



ネット上の評判

中国朝鮮韓国)に対する強烈な嫌悪感を持ち、左派の政党やメディアに反感を抱く勢力からは、右派色の強い議員を多く抱えている自民党はおおむね好意的な評価を受ける傾向にある。自民党側もネットサポーターズクラブを創設するなど、ネット支持層(ネット右翼含む)を取りこむべく積極的に動いている(自民党に限った話でもなく、民主党、日本共産党などでも同様である)。

ただし、こうした勢力全てが自民党を支持しているとまでは言い難い。中道寄りの議員や親中派・親韓派の議員が少なからぬ影響力を持っていたこと、代々の総理総裁が河野談話・村山談話等を踏襲することで日本の戦争責任を認めていること、そしてアメポチ(アメリカの犬の意)と称されるほど過度にアメリカ寄りの外交姿勢などに不満を持つ声も多く見られる。

所属議員の扱いでも、右派寄りの議員(派閥で言えば現町村派の「清和会」や現伊吹派の「志帥会」などに所属する議員)には好意的な声が寄せられやすい一方で、中道寄りの議員(派閥で言えば現額賀派の「平成研」や現古賀派の「宏池会」などに所属する議員)に対しては、民主党議員に対するのと同じ程度の批判や非難が向けられることも珍しくない。

また、ネット上では漫画・アニメ・ゲーム・ネット等に対する表現規制に反対する声が極めて大きいが、自民党は青少年の健全育成を名目として表現規制に積極的であり、この点については批判を受けることが多い(この問題については、日本国憲法に謳われている表現の自由を重視し、反対姿勢を明確にしている日本共産党や社民党が評価を受けることが多い)。

pixivでの扱い

pixivでは2ちゃんねるニコニコ動画ほどは右派圧倒的優位の風潮が浸透していないこともあり、風刺絵や批判的な趣旨のイラストも少なからず見られるものの、民主党政権下の2009年〜2012年頃を中心に所属議員を応援する趣旨のイラストが数多く投稿されている。

関連タグ

自由民主党
韓国自由党大韓民国における、自民党と似た立場にある保守政党)
中国国民党中華民国における、自民党と似た立場にある保守政党)

現職国会議員

/今井絵理子/佐藤ゆかり/世耕弘成/鈴木貴子/石井浩郎/甘利明
杉田水脈/高市早苗

総理大臣経験者(引退済み)

吉田茂 鳩山一郎 石橋湛山 岸信介 池田勇人 佐藤栄作 田中角栄 三木武夫 福田赳夫 大平正芳 鈴木善幸 中曽根康弘 竹下登 宇野宗佑 海部俊樹 宮澤喜一 橋本龍太郎 小渕恵三 森喜朗 小泉純一郎 福田康夫



元自民党所属の政治家、もと政治家

引退

石原慎太郎 /亀井静香 / 鳩山由紀夫 / 細川護熙 /河野一郎 野中広務 /谷垣禎一 /山崎拓

他党に移籍

自由党:小沢一郎
民主党:田中真紀子
無所属:岡田克也/渡辺喜美

故人

羽田孜 /与謝野馨 /浜田幸一 /中川一郎 /中川昭一/園田博之
河野洋平 金丸信 安倍晋太郎 渡辺美智雄 /

外部リンク

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