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宮澤喜一

みやざわきいち

宮澤喜一とは、日本の政治家である。内閣総理大臣(第78代)。

1919年(大正8年)10月8日生。
大蔵省の官僚を経由して1953年に池田勇人の引きで政界デビュー。
その後多数の大臣職などを歴任、安倍晋太郎竹下登らとともに「ニュー・リーダー」と称されたグループの一人となった。

1991年に総理大臣就任するも、小沢一郎らのグループが離反したこともあり政権運営は上手く行かず、結局自由民主党が一時政権から退くきっかけを作ってしまっている。
総理退陣後は小渕恵三森喜朗内閣でも大蔵大臣などで入閣した。

2003年に若返りを図った小泉純一郎の要請もあり引退。
2007年6月28日に87歳で死去した。

人物的には政界きっての英語通であり通訳以上の英語力を持ち、後にフランス語も学んでいる。娘はアメリカ駐日大使だったクリストファー・ラルファーに嫁がせている。半面自身が東京大学出身であることを過剰に鼻にかける傾向(所謂学歴厨)があり、さらに酒が入ると放言癖が加速する悪癖もあったため番記者達や他の政治家達をキレさせたり鬱陶しがられたエピソードにはこと欠かず、「他人を怒らない」ことをポリシーとしていた竹下登をも怒らせている。
上記の性格は身内に対しても同様だったようで、タレントとなった孫娘のラルファー宮澤エマに「テストで90点を取ったから見せにいったら「100点以外の点数があったんだw」と笑われた」というエピソードが彼の死後「ダウンタウンDX」で暴露されている。
またサッカーを好み、2002年の日韓W杯招致を後押しした1人である。

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