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渡辺喜美

わたなべよしみ

渡辺喜美は日本の政治家。衆議院議員を6期務め、現在は参議院議員(2016~)。
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概要編集

1952年3月17日生まれ。栃木県西那須野町(現那須塩原市)出身。父親自民党の元衆議院議員で、副総理、農水、通産、外務、大蔵大臣を歴任した渡辺美智雄


経歴編集

自由民主党所属の議員として編集

大学卒業後、父の秘書を務めていたが、その死を受けて地盤を受け継ぎ、衆議院選挙に出馬し1996年初当選。2006年に第一次安倍内閣で内閣府行政改革・規制改革担当大臣を務め、翌年の改造内閣と福田内閣では金融担当大臣も務めた。

2009年1月に当時の麻生内閣と自民執行部に反発し離党。


みんなの党代表として編集

2009年2月に、脱官僚地域主権生活重視を掲げる国民運動体「日本の夜明け」を設立。8月みんなの党を結党し、代表に就いた。


第一次安倍内閣時代から、公務員改革、行財政改革を推し進めていて、みんなの党の党是の一つになっている。第二次安倍内閣では、政界再編をめぐって党結成時からの右腕であった江田憲司幹事長と対立を深め、江田ら反対議員を粛正し渡辺主導の体制を固める。渡辺が党内の反対の声を押し切って特定秘密保護法賛成を決めたが造反議員が続出し、みんなの党が分裂する事態となった。


さらに2014年春には化粧品会社DHC社長から8億円の借入金を受けていた事が発覚、収支報告書へ記載していなかった疑惑が持たれた。これに関して渡邊本人は「蚤の市の熊手を買った」など苦しい言い訳をして失笑を買い、怒ったDHC社長のさらなる暴露を招いて窮地に立たされついに党代表を辞任することとなった。


みんなの党解党後編集

2014年冬には党内の対立も激化したためみんなの党自体が解散。同年12月に行われた衆議院選挙には無所属で出馬。しかし借入金問題や解党時のゴタゴタのマイナスイメージが響き落選となり、父の代からの地盤を喪った。


おおさか維新の会日本維新の会所属の議員として編集

しばらく国政から離れていたが、2016年7月の参議院議員選挙では、自身の考えに近かったおおさか維新の会(選挙後に日本維新の会へ党名変更)の公認候補(比例ブロック)として出馬し当選。参議院議員として、国政への政界復帰となった。日本維新の会の副代表をつとめた。


都民ファーストの会との協力編集

2017年に小池百合子東京都知事率いる地域政党都民ファーストの会への協力、日本維新の会からの離党を表明し除名処分となった。当面は無所属で活動する。

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