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鬼女紅葉

きじょもみじ

伝説上の鬼女。長野県の戸隠、鬼無里、別所温泉などに伝わる伝説に登場する。
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曖昧さ回避

  1. 信濃戸隠山の鬼女
  2. 1を基にした『陰陽師(ゲーム)』の登場人物。⇒鬼女红叶

概要

平維茂に退治されたといわれる伝説上の鬼女。享年33歳。
長野県の戸隠(とがくし)、鬼無里(きなさ・現、長野県長野市)、別所温泉などに伝わる伝説。

室町時代から江戸時代にかけて、能や浄瑠璃、歌舞伎では「紅葉狩」(もみじがり)という題名でこの伝説は描かれつづけ、平維茂が戸隠山におもむき、そこで出会った紅葉見物の美しい女性たち一行に出遭うという展開を設けている。その女性たちの正体が戸隠山の鬼、鬼女・紅葉であるとする。
能をもとにして作られた河竹黙阿弥による歌舞伎『紅葉狩』(1887年)は、紅葉に相当する鬼の名を更科姫(さらしなひめ)としている。

明治中期に出版された『戸隠山鬼女紅葉退治之伝』では、紅葉は伴氏の子孫であるとされ、第六天魔王の力を持つ鬼とされる。都で源経基に寵愛され一子を宿すが、戸隠の地へ流される。
里の者に尊崇されるいっぽう、徒党を組んで盗賊を働き、冷泉天皇の勅諚によって派遣された平維茂の軍勢により、退治される。紅葉の一生を詳しく描いており、紅葉の出所や戸隠以前などを示している紅葉伝説はこの本の出版以後、『大語園』などその内容を典拠としたものが多い。

物語

937年(承平7年)のこと、 子供に恵まれなかった会津の夫婦(笹丸・菊世)が 第六天の魔王に祈った甲斐があり、 女児を得、呉葉(くれは)と名付けた。 才色兼備の呉葉は豪農の息子に強引に結婚を迫られた。 呉葉は秘術によって自分そっくりの美女を生み出し、 これを身代わりに結婚させた。
偽呉葉と豪農の息子はしばらくは睦まじく暮らしたが、 ある日偽呉葉は糸の雲に乗って消え、 その時既に呉葉の家族も逃亡していた。
呉葉と両親は京に上った。ここでは呉葉は紅葉と名乗り、 初め琴を教えていたが、源経基の目にとまり、 腰元となりやがて局となった。 紅葉は経基の子供を妊娠するが、 その頃御台所が懸かっていた病の原因が 紅葉の呪いであると比叡山の高僧に看破され、 結局経基は紅葉を信州戸隠に追放することにした。

956年(天暦10年)秋、まさに紅葉の時期に、 紅葉は水無瀬(鬼無里)に辿り着いた。 経基の子を宿し京の文物に通じ、 しかも美人である紅葉は村人達に尊ばれはしたものの、 やはり恋しいのは都の暮らしである。 経基に因んで息子に経若丸と名付け、 また村びとも村の各所に京にゆかりの地名を付けた。 これらの地名は現在でも鬼無里の地に残っている。
だが、我が身を思うと京での栄華は遥かに遠い。 このため次第に紅葉の心は荒み、京に上るための軍資金を集めようと、 一党を率いて戸隠山に籠り、 夜な夜な他の村を荒しに出るようになる。 この噂は戸隠の鬼女として京にまで伝わった。
ここに平維茂が鬼女討伐を任ぜられ、 笹平(ささだいら)に陣を構え出撃したものの、 紅葉の妖術に阻まれさんざんな目にあう。 かくなる上は神仏に縋る他なしと、観音に参る事17日、 ついに夢枕に現れた白髪の老僧から降魔の剣を授かる。 今度こそ鬼女を伐つべしと意気上がる維茂軍の前に、 流石の紅葉も敗れ、 維茂が振る神剣の一撃に首を跳ねられることとなった。

呉葉=紅葉33歳の晩秋であった。

関連リンク

紅葉伝説 Wikipedia
鬼女紅葉(きじょもみじ) - 長野県の昔話 - 民話の部屋 | フジパン
鬼女紅葉 | 日本昔話紹介-言霊

関連イラスト

鬼女紅葉『緋色の血姫』
鬼女となるべし夕紅葉


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