概説
宇治の橋姫とは、橋姫に分類される神の一柱である。
『平家物語』剣巻に詳細に記されており、生きて鬼神と成り果てた女性として描かれている。
平家物語での「橋姫」
元は然る貴族の娘であったが、あるとき一人の女性に激しい嫉妬を覚え、憎悪を募らせるようになる。そこで彼女は呪詛の神と知られる貴船神社の神に幾日も詣で、「ある女を呪い殺したい、どうか私を鬼にして下さい」と願い続けた。
その必死な姿を憐れんだ貴船の神は、彼女に「姿を変えて宇治川に二十一日のあいだ浸かりなさい」と神託した。
それからというもの、娘は「白装束に、髪を五つに結い上げ角に見立て、顔に朱を体に丹(鉛丹)を塗って己を赤く染め、頭に三つ脚の鉄輪(鍋や茶瓶を火に掛ける台)を逆さに乗せて脚に松明を差し、口にも両端に火を点けた松明を加え、五つの火を伴い、夜ごと大和大路を南へ走って宇治川に浸かる」という凄まじい荒行を敢行。
そのおぞましさに彼女を見て頓死した人まで現れる。
そうして荒行を完遂し、とうとう彼女は鬼へと堕ちた。
鬼となった娘はまず目的の女性を憑き殺し、続いて彼女の恋人である男を、そして女性の親類縁者のことごとくを、そして遂には暴走して目につくすべての人間を殺しに殺し、様々なものに姿を変えて数多の人間を血祭りに上げた。
ある夜、一人の武士が馬に乗って堀川の一条戻橋を通りかかり、鬼は武士を次の獲物に定めた。
鬼は人間の美女(雪肌で紅梅柄の着物を着てお経を持った姿)に化け、武士の気を引いた。
武士は「渡辺綱」を名乗り、五条まで送ってくれると約束。そこでしばらくしたころに、美女に化けた鬼は自分を都の外にある家まで送って欲しいと頼み、渡辺綱はそれを快諾する。
それを機と見て鬼は変化を解き、綱の髪を掴んで中に飛び上がり「愛宕山へ向かいましょう」と言って宙を舞い始める。慌てた渡辺綱だったが、名刀髭切を佩いていることを思い出し、髭切で鬼の片腕を斬り落としてしまう。
鬼は悲鳴を上げながらそのまま飛び去り、綱は北野天満宮に落下して難を逃れた。
翌日、綱は主人である源頼光に事の次第を話し、鬼の腕を渡す。
驚いた頼光は知り合いの陰陽師である安倍晴明に相談すると、「綱殿を七日七晩家に籠らせ人に会わせないようにして下さい。そのあいだに私が腕を封じておきましょう」と腕の処理を引き受けてくれた。
以降、その鬼が都で暴れることはなくなったという。
余談
橋姫神社
宇治川の橋の袂には「橋姫神社」が鎮座している。
祭神は瀬織津媛(セオリツヒメ)であり、本来は厄払いの神社だが、瀬織津媛が「厄神」と畏れられる“オオマガツヒ命”と混同されることもあって、宇治の橋姫と同一視される。
橋の守り神とともに“悪縁切り”の御利益があるとされている。ただしカップルや婚礼の列がこの前を通ると、橋姫に妬まれて縁を切られるとされ、避けて通るようにする迷信も存在する。
後世への影響
宇治の橋姫が敢行した呪術は、丑の刻参りの原形としても知られる。
また能にも「鉄輪」という演目があり、この伝承を基にしている。